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タッグチームが生むブランド価値:プロレスに学ぶシナジーとマーケティング戦略(1)

『プロレス&マーケティング第100戦』記念号


 経営学者の野呂一郎先生が、プロレスの歴史や文化を通じてマーケティング戦略を考察し、独自の視点を提示している『プロレス&マーケティング』シリーズが『第100戦』を迎えました。このシリーズでは『何号』ではなく『何戦』と数えることが特徴的です。これは武道家でもある野呂先生独自の感性と、執筆に対する真摯さを如実に示しています。

 このシリーズは、プロレスの事例を用いてマーケティングの本質や戦略を解説するものです。野呂先生は、2001年に『プロレスの経済学:自由競争(なんでもあり)時代、最強のビジネスモデル』を上梓して以来、四半世紀にわたってプロレスを通じて経営学・経済学・社会学などを再考し、逆にプロレス的手法を企業経営や日本経済、さらには社会に応用することで好影響を与えようという壮大な取り組みを続けてきました。その取り組みの一環が『プロレス&マーケティング』シリーズです。

 この試みを行っているのは、たとえばTwitter上で孫正義氏に『政商』と発言しておきながら、いざ対談の場で孫氏から『たいがいにせい! 利益は1円もいらない!』と厳しく叱責されると、反論もできずに尻込みしてしまう——そのような、日本国内ですら通用しないディベート下手なMBAではありません。

 野呂一郎先生は米国エッジウッド大学でMBAを取得し、英国国立ウェールズ大学大学院MBAプログラムの教授歴も有する国際的な経営学者です。日本には海外で学んだ中途半端な経営理論をそのまま国内に持ち込み、うまく活用できない人が多く見られます。しかし国際的な経営環境は激変しており、米国でMBAを取得し、英国の大学で経営学の教授を務めるほどの経験がなければ、時代遅れの海外理論を日本へ導入するだけになりかねず、それは日本にとって弊害となるのです。

 野呂先生のユニークな点は、『プロレス&マーケティング』理論だけでなく、『日本発の経営学を発信せよ。』といった発想にもあります。以下のコラムでは『新卒一斉採用、年功序列、終身雇用といった構造的・文化的に容易には変わらないシステムを秩序立てればよい』と述べ、日本的HRM(人的資源管理)を『日本が輸出すべきソフト資産』と位置づけています。かつてなら笑い飛ばされていたような主張も、生成AIの普及に伴う大量失業やベーシックインカム制度の真剣な検討が進む今だからこそ、その価値が再評価されるのです。

 また『日本的消費者論』や『武道経営論』といった一見突飛な発想も、生成AIが広まる現代だからこそ、その先見性や意義がより明確になっています。

 こうした野呂先生独自の提言の意義が理解できない方は、もしかするとプロレスに関する基礎的な教養が不足しているのかも知れません。そこで、以下に『もし力道山の日本プロレスがなかったら』という世界線を想定し、その影響を考えてみましょう。

もし力道山の日本プロレスがなかったら

復興の象徴を失った日本
 戦後の日本は、敗戦によって経済的・精神的に疲弊していました。本来であれば、力道山が戦後復興の象徴として国民に希望を与え、経済成長の原動力となるはずでした。しかし、この世界線には力道山も日本プロレスも存在しません。

 その結果、テレビの普及は遅れ、人々は統一的な価値観や希望を見出せず閉塞感に包まれます。復興を象徴するヒーローが不在のため、不満と不信が増幅して経済復興の足掛かりも見つからず、社会全体が停滞していきます。

高度経済成長の失敗
 プロレスが存在しないことでテレビの普及は限定的となり、製造業が成長するためのマーケティング基盤も整いません。世界から孤立した日本は『ものづくり』に専念しても輸出力を高められず、経済成長の波に乗り遅れます。
 広告業界の発展も阻まれ、消費文化は未成熟。企業は競争力を失い、海外企業に圧倒され、街から希望が消えていきます。

左翼運動の急速な拡大
 国民的娯楽であるプロレスやテレビが普及しなかったため、戦後の精神的復興も叶わず、人々の不満は社会への反発へと転化します。そのエネルギーを受け止めたのが、急進的な左翼運動でした。

 冷戦の影響を受けて日本国内に共産主義思想が浸透し、新左翼運動が活発化。プロレスなどによって解消されるはずだった国民感情は、過激な政治活動へと向かいます。

 この『日本プロレス不在の世界線』では、1960年代の安保闘争が暴力的な革命闘争へと発展し、新左翼は労働者や学生の支持を得て全国に勢力を拡大。1970年代に入ると過激派は政府転覆を試み、自衛隊や警察も力を失い、国は混乱の極みに陥ります。

三島由紀夫の行動不発
 この世界線でも三島由紀夫は『伝統の喪失』に危機感を抱いていましたが、社会はすでに左翼思想一色で、彼の主張は理解されず孤立。自衛隊駐屯地での演説や割腹自殺といった劇的な行動も起こりませんでした。こうして三島は左翼勢力によって封じ込められ、社会から忘れ去られます。

1972年:あさま山荘事件の結末
 あさま山荘事件では、連合赤軍が全国的な支持を得ていました。極左思想が主流となったこの世界線では、警察や機動隊は世論を恐れ、対応を躊躇。結果、連合赤軍は山荘から解放され、革命を象徴する勝利を収めます。

 この事件を契機に日本は正式に極左体制へと移行。連合赤軍は労働組合や学生運動を組織化し、『日本人民政府』を樹立します。

極左化した日本の現代
 現在、この世界線の日本はマイナンバーチップを強制的に埋め込むなど、統制経済下で国民生活を管理し、文化的自由を制限しています。娯楽や芸術はプロパガンダ手段に過ぎず、テレビは『人民の教育』を目的とした番組のみを放送。創造的な表現はほぼ消滅しています。

 経済的にも世界から孤立し、貧困と停滞が続きます。極端な平等主義のもと、国民は最低限の生活を強いられ、不満を口にすることは許されません。

 本来の世界線で日本が誇っていた製造業や技術力も喪失し、国際市場での存在感は消滅。輸出品は共産圏向けの粗悪品ばかりで、競争力ある産業は皆無です。

 もし力道山の日本プロレスがなければ、日本は精神的・経済的な復興に失敗し、極左思想の台頭によって悲惨な極左国家として世界から孤立する――このシナリオは、プロレスという『希望の象徴』の重要性を改めて浮き彫りにしています。

 プロレスが日本経済にこれほど影響を与え得ると理解すれば、逆転の発想として、プロレスを活用したマーケティングや経営学、経済学、社会学の発展、さらには国際政治力の強化によって、日本が世界をリードできた可能性すら見えてくるはずです。

プロレス人気低調に伴うバブル経済の崩壊

 力道山からジャイアント馬場へと受け継がれる全日本プロレス、アントニオ猪木を源流とする新日本プロレスが存在する現実世界線を振り返ってみましょう。

 日本の不動産バブルが崩壊したのは1990年3月27日に大蔵省銀行局が総量規制を実施したことが直接的な原因とされています。同時期、日本ではゴールデンタイム(19~22時)でのプロレス中継が1990年代後半から2000年代初頭にかけて消滅しました。この時期、プロレス中継の視聴率低下に伴い、ゴールデンタイム放送は終了したのです。

・新日本プロレス『ワールドプロレスリング』はテレビ朝日でのゴールデンタイム放送から、1990年代後半に深夜枠へ移行。
・全日本プロレス『全日本プロレス中継』も日本テレビでの長年の放送が、2000年に視聴率低迷により終了しました。

 こうして1990年代後半から2000年代初頭にかけてのプロレス人気低迷とゴールデンタイム放送終了は、その後の『失われた30年』とも呼ばれる日本経済の長期停滞と奇妙なほど合致しています。逆説的ながら、適切な『プロレス景気刺激策』を講じ、国際的に有効なマーケティング&プロレス理論を取り入れることで、長年続く日本経済の低迷を打開できる可能性もあるのです。

つづく…

武智倫太郎

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