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日産不要論:日産を救済すべきではない理由

はじめに
 ホンダと日産の経営統合を検討する前に、両社の時価総額と販売台数を比較してみましょう。ホンダの時価総額は約440億ドル(6.7兆円)、日産は約100億ドル(1.6兆円)で、ホンダの時価総額は日産の4倍以上に達しています。一方、2023年の販売台数はホンダが398万台、日産が337万台と、販売台数に大差はありません。

 販売台数が僅差であるにもかかわらず、これほどの時価総額の差が生じている理由は、日産の利益率が極めて低いことにあります。また、日本の製造業における中間管理職の多くが、売上と利益の違いを正確に理解していないケースが散見されます。この問題は製造業に限らず、大手石油会社や大手電力会社にも共通しています。

 たとえば、大手石油会社の取締役の中には、新入社員時代に石油精製所で勤務し、精製所やガソリンスタンドの店舗管理の知識・経験はあるものの、企業経営の経験がほとんどない人も少なくありません。一方、電力会社では、経営上『コスト』という概念そのものが欠如しているとさえ言えます。電力会社の仕組みでは、原料となる化石燃料などの価格が高騰しても、それを電気料金に上乗せすることで必要な費用と利潤を確保できるため、コスト削減や効率化の意識が育ちにくいのです。

 これは『総括原価方式』と呼ばれる仕組みで、電力会社が設備投資や燃料費などの必要経費に一定の利潤を上乗せして電気料金を設定できるものです。安定供給を担保する一方で、コスト削減インセンティブが働きにくいと批判されてきました。こうした課題を緩和し、競争原理を導入する目的で電力自由化が段階的に進められ、大口需要家から始まり2016年には家庭向けも全面自由化されました。

 しかし、燃料価格の急騰や卸電力市場の高騰などの影響を受け、新電力の事業継続が難しくなる例も増えています。その結果、契約していた利用者が突然供給元を失い、新たな電力会社を探さざるを得なくなる『電力難民』と呼ばれる状況が生まれています。電力自体が完全に途絶するケースはまれですが、契約変更の煩雑さや料金の大幅な上昇が大きな負担になるのです。

 さらに、私が経営コンサルタントとして関与した総合商社の取締役の中にも、売上と利益の区別がついていないケースが見られました。この事実には驚きを禁じ得ません。

 こうした状況は、日本の産業構造が長きにわたり売上至上主義に依存してきた歴史を反映しており、経営の本質が軽視されている証拠でもあります。この売上至上主義はGDP至上主義とも通じるものがあります。売上やGDPの規模はわかりやすい指標ではあるものの、それ自体が経済や企業の真の健全性を示すわけではありません。

 日本ではこうした基本的な経営の知識や視点が欠けているため、マスメディアも正しい認識を持ち得ていません。NHKや日本経済新聞などは『ホンダと日産が経営統合すれば、トヨタ、フォルクスワーゲンに次ぐ世界第3位の自動車製造・販売グループが誕生する』など、表層的な報道を繰り返しています。

 さらに現在の議論の多くは『日産をいかに救済するか?』に終始し、思考停止の状態に陥っています。本来問われるべきは『なぜ日産を救済しなければならないのか?』という根本的な問いであり、さらに踏み込めば『日産は本当に必要なのか?』という視点です。しかし、『日産不要論』という主張はGoogle検索でさえ見当たりません。この事実には驚かざるを得ません。

 日産再生の話題に関連して、石油会社、電力会社、総合商社について説明をしたのは、EV(電動自動車)には以下の4種類が存在し、これらの車種が石油会社や電力会社と密接に関連しているためです。

(1) BEV(バッテリー式電動自動車)
・充電インフラが電力会社および送電会社に依存しています。

(2) HEV(ハイブリッド自動車)
・既存のガソリンスタンドの数に影響を受けます。なお、日本国内のガソリンスタンドの数は、自動車の燃費向上に伴い急激に減少しています。

ガソリンスタンド数や急速充電スタンドの推移をさぐる

(3) PHEV(プラグインハイブリッド自動車)
・電力会社、送電会社、およびガソリンスタンドに依存します。

(4) FCEV(燃料電池自動車)
・主に水素ステーションの整備に依存しており、これが電力会社、石油会社、総合商社などの関与を必要とします。

救済の前提条件の検討

『日産を救済しなければならない』という前提条件は、日産の倒産が単なる一企業の問題ではなく、裾野産業である部品メーカーの連鎖破綻を招き、日本経済に致命的なダメージを与える可能性がある、という考え方に基づいています。この思考停止的な前提が広く共有されています。

 確かに日産から受注している部品工場にとって、日産の倒産は大きな不安材料でしょう。しかし、日産は長年、部品単価の切り下げ政策を取り続けており、こうした町工場は『生かさず殺さず』の状態に置かれています。このため、事業の継承者を見つけることも難しい状況が生じています。

 そのような工場にとっては、日産以外の企業と取引関係を築くほうが、将来的により安定し、持続可能な経営が期待できるかもしれません。

日産不要論の提唱

 ここで提唱したいのが『日産不要論』です。日産が救済されずに倒産した場合を想定し、早めに対応策を講じることで関連事業が発展する可能性を模索すべきです。一方で、何の対策も取らなければ、売掛金の回収ができずに日産と共倒れするリスクが高まる懸念があります。

『日産不要論』は単に倒産を受け入れるという消極的な立場ではありません。むしろ、関連企業が新たな取引先を見つけ、事業の多様化や効率化を進める契機と捉えるべきだという主張です。日産の倒産を悲観的に捉えるだけでなく、その後に訪れる変革の可能性に目を向けることが必要とされているのです。

 日産自動車が直面する経営危機は、ホンダや日本政府による救済を求める声を生んでいます。しかし、ホンダも日本政府も日産を救済すべきではありません。以下に、その理由を明確に述べます。

1.ホンダによる救済は競争原理を歪める
 ホンダが日産を救済することは、自動車業界における健全な競争を阻害します。ホンダと日産は直接競合する存在であり、市場シェアや顧客層での競争が業界全体の発展に寄与しています。もしホンダが日産を救済すれば、ホンダ自身の経営資源が無駄に浪費され、革新や市場拡大への投資が滞る恐れがあります。

 さらに、日産の負債や低迷したブランドイメージを引き継ぐことは、ホンダの財務健全性を損ない、長期的にはホンダの競争力そのものを弱体化させるリスクを伴います。

2.日本政府による救済は無責任な先送り
 日本政府が公的資金を使って日産を救済することは、納税者の負担を不必要に増大させるだけでなく、経営危機の原因である構造的な問題の解決を先送りするだけです。日産の経営不振は市場環境の変化や経営戦略の失敗によるものであり、政府の介入がこれを根本的に解決することはできません。

 また、公的資金による救済は他の競争力のある企業に対する不公平感を生み、経済全体の効率性を低下させる可能性があります。これは日本経済の健全な成長を阻害する要因にもなり得るでしょう。

3.日産の問題は内部で解決すべき
 日産の経営危機は、長年にわたる過剰な拡張政策や品質問題、技術革新の遅れによるものです。これらの問題は日産自身が責任を持って解決すべきであり、外部からの救済に頼るべきではありません。倒産や再編を通じて事業のスリム化や経営の抜本的な改革を図るほうが、結果的には自律的な再生への道となるでしょう。

 倒産は決して終わりではなく、事業再生の一環として健全な企業運営への道筋を提供するものです。日産が市場競争を生き残れるかどうかは、日産自身の手に委ねられるべきです。

 この局面で活躍するのが、武智倫太郎による『日産の弱者戦略』です。

4.他企業や新興勢力へのチャンスを作る
 日産が市場から退場すれば、そのシェアや資産は他企業や新興勢力に引き継がれる可能性があります。これにより、自動車業界全体に新しい競争と革新の機会が生まれるでしょう。ホンダやトヨタといった既存の大手企業はもちろん、新興EVメーカーがその空白を埋めることで、より強力で持続可能な産業構造が形成される可能性が高まります。

 一方、国家による自動車産業への保護主義政策は、自動車生産を行うほとんどの国で一般的に見られます。しかし、日本の自動車産業に対する保護政策は『過保護主義』とも言えるほどに行き過ぎており、その結果として、日産自動車のように『市場競争力を失った企業』が、ゾンビ企業として生き残り続ける状況を生んでいると言わざるを得ません。

 ここで注目すべき点は、『過保護』と『腐敗』の関係性です。英語では『spoiled』という単語が『過保護』も『腐敗』も意味します。この表現は、過保護がもたらす必然的な帰結として腐敗が生じることを示唆しています。過保護にされた企業が経営責任を追及されず、市場原理から外れた環境で生き延びることは、自然の成り行きとして腐敗を助長するのです。

 特に日産の場合、長年の経営不振と不透明な意思決定が問題視されてきました。最新の情報によれば、経営陣の刷新が進められているものの、具体的な再建戦略の実効性やリーダーシップの欠如が指摘されています。このような状況は、過剰な保護が企業の競争力を奪い、結果的に業界全体の停滞を招く典型例として見ることができます。

 こうした背景を踏まえれば、過保護政策を見直し、市場原理に基づいた再編を促すことが、日本の自動車業界全体の健全な発展につながると言えるでしょう。これにより、業界全体が新しい競争の機会を得ると同時に、革新の原動力を取り戻すことが期待されます。

みずほ銀行が取るべき対応

 日産自動車のメインバンクであるみずほ銀行は、日産再建において重要な役割を果たすべき立場にあります。その役割を果たすためには、以下のような理想的な対応が期待されます。

財務面での支援とリスク管理
・日産の財務状況を精査し、必要に応じて融資条件を見直す。また、貸倒引当金の積み増しを行い、リスクを適切に管理する。

・資金使途を明確にし、再建プロセスの透明性を確保することで、日産の信用を回復させる。

経営陣への介入
・経営改善を目的とした役員派遣を行い、コスト削減や技術革新の促進などを直接的に支援する。

・株主や市場への説明責任を果たし、再建の進捗状況を定期的に公表する。

サプライチェーンの保護
・日産に依存する部品メーカーへの影響を最小限に抑えるため、取引条件の調整や新規取引先の開拓を支援する。

市場信頼の回復
・再建プランの詳細を公表し、国内外の投資家からの信頼を取り戻す。また、日産の技術やブランド価値を再評価し、再建後の成長戦略を明確化する。

理想的な対応が難しい理由
 しかし、上記のような理想的な対応が実現される可能性は低いと考えられます。その理由としては、以下の点が挙げられます。

大規模再建の複雑性
 日産は多国籍企業であり、単なる財務支援や役員派遣だけでは解決が難しい複雑な課題を抱えています。みずほ銀行単独での再建主導は非現実的です。

みずほ銀行の組織的課題
 過去に繰り返されたシステム障害や経営判断の遅れなどから、みずほ銀行の内部組織の問題が露呈しています。これにより、市場からは再建を主導できるだけの能力や信頼が欠如していると見なされがちです。

金融業界の収益低下
 低金利環境により銀行全体の収益性が低下しており、みずほ銀行が日産再建に十分なリソースを割くのは困難な可能性があります。

日産の構造的問題の深刻さ
 日産の低利益率やブランド価値の低下は、単なる財務支援では解決できない長期的な課題です。製品戦略や市場対応の抜本的改革が求められており、銀行の範囲を超えた対応が必要となります。

外部介入への抵抗
 日産の経営陣が銀行からの役員派遣や直接介入を受け入れる保証はなく、内部主導の改革を優先する可能性があります。

日産再建の方向性
 みずほ銀行が理想的な役割を果たすためには、単独対応ではなく、政府や他企業、外部投資家を巻き込んだ再建スキームを構築する必要があります。また、銀行自身がリスク管理を徹底し、日産が市場原理に基づいて再建できる環境を提供することが現実的な選択肢となるでしょう。

結論

 みずほ銀行が日産再建を主導することは、理論上は可能かも知れません。しかし、銀行自身のリソース不足や日産の構造的問題を考慮すると、他の関係者との連携が不可欠です。日産が市場競争力を回復し、再び成長軌道に乗るには、銀行単独ではなく多面的なアプローチが必要となります。

 ホンダや日本政府が日産を救済すれば、短期的には雇用や経済への影響を抑えられるかもしれません。しかし、長期的には競争原理を歪め、経済全体の効率性を損なうおそれがあります。寧ろ、日産を市場原理に委ねた結果として生まれる再編や競争によって、自動車業界全体をより健全な方向に導くほうが望ましいでしょう。

『日産不要論』は、救済による依存や非効率性を排除し、日本経済全体の成長を促す視点を提供するものです。ホンダも日本政府も、安易に日産を救済すべきではありません。

 さらに、ソフトバンクのメインバンクがみずほ銀行であることを踏まえると、みずほ銀行が日産債権に口出しできるほどの人材や体制を確保しているとは言い難い現状にあるといえます。それ以前に、みずほ銀行自身が抱える組織的課題を十分に把握できていない可能性すらあります。

 ちなみに、統一金融機関コードでは日本銀行が0000番、みずほ銀行が0001番であり、みずほ銀行は日本を代表する銀行の一つとされています。しかし、トヨタ自動車、ホンダ、スズキ、ダイハツ、マツダ、スバルなど、国内には他にも重要な自動車メーカーが多数存在します。このような状況を鑑みると、日産自動車の存続が日本経済にとって絶対的に不可欠とは言い難い面があります。

 一方で、みずほ銀行の破綻が日本経済に与える影響は計り知れず、そちらのリスクを考慮する時期に来ているのではないでしょうか。銀行が抱える根本的な課題に向き合い、その改善を進めることが、結果として日産を含む多くの企業の将来にもつながるといえます。

武智倫太郎

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