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通らない原稿の共通点:編集者は読む前に9割を落としている(補記)

 先日公開した『通らない原稿の共通点:編集者は読む前に9割を落としている』に対して、『編集者経験者が自ら作品を書いた場合も、その厳しい基準をクリアできるのか?』という、まさに核心を突く良い質問をいただいた。ちょうど良い機会なので、少し補足しておこう。

 結論から言えば、前稿で述べた程度の基準を突破できないようでは、そもそも編集者にはなれていない。出版の現場とは、そういう場所である。著者志望の方々には、この冷徹な構造をあらかじめ理解しておいていただきたい。

編集者から作家に転じた実例

 たとえば日本では、向田邦子の名が知られている。『雄鶏社』で映画雑誌の編集を務めた後、脚本家・エッセイスト・小説家へと転身。脚本家としてギャラクシー賞、作家として直木賞を受賞し、今では『向田邦子賞』まで存在している。率直に言えば、彼女の文学性は高くない。だが、ヒューマンドラマを描くストーリーテリング能力は圧倒的であった。文章技巧よりも、ストーリーで読者を動かしている好例である。

 いとうせいこうも象徴的な存在だ。講談社のホット・ドックプレス編集部出身である。この雑誌は軽薄な男性向けファッション誌と揶揄されることも多いが、彼が担当していた時期は最盛期だった。その後、小説、エッセイ、音楽活動など多方面に展開している。ちなみに、彼の同期編集者は、かつて私の講談社での担当編集でもあった。私自身も、一般書を講談社、漫画原作を小学館、学術論文をElsevierやSpringerといった国際出版社に執筆してきた。査読論文については、現在も毎年最低4本以上を通している。

 赤川次郎もまた興味深い。日本機械学会の学術誌で編集・校正を担当していた経験を持つ。そこからミステリー作家に転身し、数百冊に及ぶ著作を発表している。文学性という観点では無縁だが、大衆に売れるストーリーを量産し続ける編集者的発想は一貫している。

 やなせたかしは高知新聞社の編集者を経て『アンパンマン』の作者となった。アンパンマンに文学性は求められていない。絵の技巧も本質ではない。編集者としてのプロジェクト設計力と、幼児層という明確なターゲット設定が、成功を支えている。読者年齢を固定し、常に最大需要がある年齢層に向けて供給し続ける。これも編集者的判断である。

 椎名誠も同様だ。流通専門誌『ストアーズレポート』の編集者から、作家・映画監督へ転身した。アウトドアや旅エッセイを中心に多数の著作を持つ。文学性は重要視せず、自分が面白いと思うテーマを次々と書いていく執筆スタンスは、私自身とも重なる部分が多い。

海外の事例ではノーベル賞受賞者も

 国際的にはさらに鮮やかな例が揃う。

Toni MorrisonはRandom Houseで編集者を務めながら執筆を始め、『青い眼がほしい』などの作品を発表。やがてノーベル文学賞を受賞するに至った。

Mickey RapkinはGQの編集者を経てノンフィクション『Pitch Perfect』を執筆し、映画化され世界的にヒットした。

Kate Whiteはコスモポリタン誌の編集長を務めながら作家デビューし、退任後は世界的ミステリー作家になった。

Hanya Yanagiharaも編集キャリアを経て『A Little Life』で成功し、現在もニューヨーク・タイムズのスタイル誌編集長を務めながら執筆活動を続けている。

Jennifer E. SmithはRandom Houseの編集者時代に執筆を開始し、『The Statistical Probability of Love at First Sight』で商業的成功を収め、以降11作以上を刊行している。

成功の共通要因

 これらの編集者出身作家に共通する条件は非常に明確である。

・編集時代に培った文章力・企画力・業界人脈
・出版プロセスと市場動向への深い理解
・編集経験に裏打ちされた構成力とストーリーテリング能力

学術界における編集的機能

 補足として、学術分野においても編集的スキルは不可欠だ。ElsevierやSpringer等の国際共著論文では、複数国の研究者が10人以上参加し、専門分野ごとに分担して執筆を行うことも多い。こうした論文の主筆・共著者は、執筆者であると同時に編集責任者でもある。全体の整合性を管理し、査読に耐える完成度まで高める統括力は、まさに編集者の仕事である。学術界でも、優れた執筆者は優れた編集者でもある。

本稿を書いている理由

 実は、この『裏・文章作法』シリーズを書いている背景には、noteと『はてな文化圏』との文化的な落差がある。

 noteは、クリエイター同士が調和を重んじて学び合い、創作活動を高め合う場である。互いの工夫や努力に敬意を払うことを前提に議論が進む土壌がある。

 一方、はてなブログ文化圏は、批評性や是々非々の議論を重視するスタイルが伝統的に強い。そして、そこから派生するはてなブックマークの一部では、批判のための批判そのものを娯楽とするような文化も残っている。

 実際、前稿に対しても、はてなブックマークでは私の編集能力そのものを疑問視する声が少なからず現れた。

通らない原稿の共通点:編集者は読む前に9割を落としているの『はてなブックマーク』コメント

 もっとも、こうした反対意見こそ実は貴重でもある。自分では気づいていなかった視点に改めて気づかされることも少なくない。だからこそ、この『裏・文章作法』は、今後さらに加筆を重ね、最終的には三部構成の体系へとまとめ直していく予定である。賛否を含めた全ての反応が、私の執筆計画にとって重要な肥料となっている。

最新の潮流

 現在でも海外では『編集者から作家へ』という流れは生き続けている。むしろ出版界の裏側では、これこそが今も王道のひとつなのである。

 編集という職能が、いかに創作者としての下地となるのか。その一端でも、伝われば幸いである。

武智倫太郎

追伸:はてなブックマークをご利用の皆様も、ぜひ本稿にブックマークを加えていただければ幸いである。

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