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日本再編 第2話『年貢』

文・武智倫太郎

ふるさとは、寄附先ではなくなった。

正確に言えば、寄附先だった時代のほうが、かなり気味が悪かったのかもしれない。
人は自分の故郷に金を送り、返礼品として肉や蟹や米を受け取り、それを郷土愛と呼んでいた。
あれは愛などではない。たんなる通販である。
ただ、日本では通販に郷愁の包装紙を巻くと、かなり高い確率で美談になる。

ある朝、日本中の端末に、またしても礼儀正しい通知が届いた。

件名はこうだった。

『地域帰属最適化に伴う歳入歳出再編について』

この国の通知は、丁寧なほど危ない。
本当に危ない話ほど、語尾が柔らかい。
人間を縛る文書ほど、敬語が美しい。

シビュラ源内は、旧来のふるさと納税制度について、冷静に問題点を列挙していた。
寄附先の選択が感情的であること。
返礼品競争が自治体財政を歪めていること。
出生地、居住地、就学履歴、親族分布、購買履歴、検索傾向、言語習慣、郷土料理接触頻度などから推計される《真の地域帰属》と、実際の寄附先が一致していないこと。

つまり、故郷の自己申告は信用できないということだ。

人間の側から見れば、故郷とはだいぶ面倒なものである。
生まれた町かもしれない。育った土地かもしれない。祖母の家のあった村かもしれない。二度と帰りたくないはずなのに、祭り囃子だけは耳から消えない街かもしれない。
そういう説明のつかないものを、人は故郷と呼んできた。

だが国家にとって、説明のつかないものは、ただの未処理データである。

そこで制度は整理された。

ふるさと納税は廃止された。
代わりに導入されたのが、《地域帰属年貢制度》である。

名称だけ見ると急に戦国時代へ退化したようだが、やっていることは妙に現代的だった。
納税者は、もう寄附先を選べない。
シビュラ源内が、居住履歴、祖先情報、教育経路、移動傾向、文化反応率、味覚履歴まで総合評価し、その人間が最も忠誠を向けるべき土地を自動判定する。
判定された先が、その者の《本籍的ふるさと》となり、税の一部が自動配分される。

希望変更は可能だった。
ただし、申請理由書八千字、地域愛着証明、言語習慣ログ、過去十年の移動履歴、郷土食接触記録、祭礼参加率などの提出が必要だった。
役所というものは、拒否するときに門を閉めない。通れないほど細くする。

その日の昼、多くの日本人は、自分の故郷をアプリで初めて知った。

東京で生まれ、東京で育ち、東京で消耗してきた男が、突然『鳥根県第二帰属者』と判定された。
理由は祖父母の出身地と、幼少期の蟹缶購買履歴が高く評価されたためである。
大阪に三十年住んでいた女は、『北海央県文化継承対象者』とされた。
学生時代に雪まつりの写真を大量保存していたからだった。
福岡出身の男は、長年うどん画像ばかり端末に溜め込んでいたせいで、『香川県準忠誠圏』へ移された。

彼は抗議した。
だが行政執行アプリ《シビュラ源内ピコ》は、静かに回答した。

『嗜好は出生地より雄弁です』

この国は、人を処分するときほど、妙に言葉遣いがいい。
自治体の側も混乱した。
これまでは、人々に寄附してくださいと頭を下げればよかった。
だが新制度では、住民や出身者を愛してもらうより先に、システムから『この人間は我が県に属するべきだ』と判定されなければならない。

そこで全国の自治体は、一斉に故郷を演出し始めた。

観光ポスターは郷愁最適化画像へ変わった。
方言はデータセット化され、祭りは情動誘導装置として再編集され、郷土料理は忠誠喚起素材としてタグ付けされた。
各県は競って、自分たちがいかに人間の原風景にふさわしいかを証明し始めた。

海のある県は『原初の塩気』を売り、山の県は『記憶に残る冷気』を売った。
夕陽、石段、神社、風鈴、縁側、祖母、彼岸花、盆踊り、味噌汁、夏休み。
ついには《ふるさと感情素材ガイドライン》まで整備され、自治体は承認された懐かしさだけを配信するようになった。
懐かしさまで官製になったのである。
ここまで来ると、もう故郷ではない。広告代理店に発注された郷愁である。

人々はそのころ、ようやく少し気づき始めていた。
故郷とは、本来、帰れるかどうかも分からないものだった。
失ってから輪郭が出るものだった。
ところがシビュラ源内は、それを先回りして分類し、配分し、税率をかけ、忠誠の単位へ変えてしまった。

しかも問題は、金だけでは終わらなかった。

制度発足から二週間後、追加通達が出た。
件名は『地域帰属年貢の現物還元に関する実証運用』。

要するに、税の一部を地域特産物で返すという話だった。
役所は笑顔で説明した。
地域経済の循環促進。
郷土接触機会の均等化。
食文化を通じた帰属意識の再生。

だが本質は別にあった。
税だけ取っても足りない。
今度は身体のほうも故郷へ接続したかったのである。

最初は牧歌的に見えた。
ある者には乾麺が届いた。
ある者には味噌が届いた。
ある者には漬物が届いた。
だが、すぐに序列が生まれた。

管理しやすい特産品ほど、評価が高かったからである。

粒で数えられる。
重量が安定している。
保存が利く。
備蓄に向く。
輸送効率がいい。
災害時にも転用しやすい。

つまり、米が圧倒的に有利だった。

米所とされた県は、次々に《高適合帰属地域》へ認定された。
新潟と山形が統合されてできた新形県は、その代表だった。
広い平野。巨大倉庫。港湾。精米網。輸送規格。忠誠の物流網としては、ほとんど完成品だった。

一方、粉は弱かった。

粉は混ざる。
粉は変形する。
粉は調理者の手を呼び込む。
粉は地域差を露出させる。
粉は勝手に工夫される。
国家が嫌う条件を、粉はほぼ全部満たしていた。

中央年貢評価委員会は、各地域特産物の行政親和性ランキングを公表した。

一位、米。
二位、乾麺。
三位、缶詰。
ずっと下に、小麦粉。
さらに下に、蕎麦粉。
そして粉物料理は、評価対象外だった。

理由は簡潔だった。

『調理過程に個人差が介在し、忠誠還元物資としての均質性を担保できないため』

この一文を読んで、多くの地方が静かに傷ついた。
国家にとって、人間の手が入ることは欠陥だった。
だが郷土料理とは、その欠陥の集積ではなかったか。
人によって違う。家によって違う。店によって違う。そこにしか残っていない生活の形がある。
それを国家は、均質性を乱すノイズと呼んだ。

米所の知事たちは、すぐに順応した。
彼らは《年貢米モデル県》を宣言し、帰属年貢の一部を標準米で還元する実証を始めた。
包装は統一され、粒数は可視化され、等級は国家基準で付され、アプリ連携によって『あなたは今月も郷土へ正しく接続されています』と通知された。

故郷は、ついに炊飯器へ流し込まれるようになった。

この頃から、米は単なる作物ではなくなった。
それは忠誠の形をした粒だった。

政府は制度の成果を誇らしげに発表した。
地域財源は安定し、帰属率の不一致は縮小し、住民のふるさと認識は前年比三八パーセント改善したという。
人間の胸の奥にある説明しにくいものを、改善率で語り始めた時点で、もうかなり壊れている。
だがニュース番組は、それを改革と呼んだ。
専門家は、持続可能な郷土接続モデルなどという、ほとんど意味のない言葉を真顔で述べた。
この国の知性は、いつも安全な場所から腐る。

一方で、粉の側には別の空気が生まれていた。

静岡県では、富士宮やきそば関係者が『麺は郷土で、粉の時点では郷土ではないのか』と憤った。
福島県では、なみえ焼きそばの極太麺が規格外として年貢適合物資から外された。
岡山県では、ひるぜん焼そばの味噌ダレが『地域固有性が高すぎる』と判定された。
浜松県、宇都宮県、宮崎県では、餃子の皮が忠誠媒体として認められない理由をめぐって、実に切実で、実にくだらない議論が始まった。
大阪県は、お好み焼きが主食か否かをめぐって中央審議会と全面衝突した。
広島県は層構造の文化的重要性を訴えたが、『食べるまでに人間の解釈が入りすぎる』と切り捨てられた。
東京県はもんじゃを提出したが、最初から最後まで湿っていた。

そして山野県では、もっと面倒なことが起きていた。
旧山梨県と旧長野県をつなげた行政統合は、帰属年貢によって逆に裂け始めたのである。

甲府では、おほうとうを支える小麦粉と味噌こそ郷土の忠誠物資だと主張した。
信州では、切蕎麦と蕎麦掻を支える蕎麦粉のほうが、はるかに清潔で由緒正しいと反発した。
中央は両方をまとめて『粉体系現物候補』と分類した。
その雑さが、見事に火に油を注いだ。
人間は、まとめられると、自分の細部を守りたくなる。

さらに制度は、もう一歩踏み込んだ。
年貢還元率の高い県ほど、公共サービスの優先配分を受けられるようになったのである。
防災備蓄、学校給食、保育支援、道路補修、除雪予算。
帰属年貢をきちんと粒で返せる地域ほど、行政のなかで強くなる。
つまり米の県ほど、制度の内部で勝ちやすい。

地方はそこで、ようやく悟った。
これは財源制度ではない。
主食の序列を使って、地域の序列を作る制度なのだと。

それでも多くの人間は、まだ黙っていた。
制度は複雑で、説明は丁寧で、画面はきれいで、被害は少しずつだったからである。
人間は、生活が一気に壊されると怒る。
だが便利さと引き換えに薄められていくときは、なかなか怒れない。
ゆでガエルという言い方はあまり好きではない。
日本の場合、鍋の横にポイント還元が置かれているからである。

その秋、シビュラ源内は新しい広報映像を配信した。

白い茶碗。
整った食卓。
静かな音楽。
そして上品な声が告げた。

『故郷を、正しく受け取る時代へ』

画面中央には、真空包装された米があった。
県名は消えていた。
ただ、こう書かれていた。

《ビクトリー米 地域帰属標準仕様》

その瞬間、日本中のどこかで、小さな違和感が同時に芽を出した。

故郷は、いつから粒で届くものになったのか。
なぜ帰属は炊飯可能でなければならないのか。
なぜ粉は、練られ、包まれ、焼かれ、煮られた瞬間に、忠誠として失格になるのか。

まだ反乱ではなかった。
だが火は、もう入っていた。

富士宮の鉄板の上で。
浜松の包丁の先で。
大阪のヘラの裏で。
香川の釜の縁で。
甲府の鍋の底で。
信州の蕎麦打ち台の上で。

シビュラ源内は、その夜も礼儀正しく稼働していた。
故郷の配分率を調整し、帰属の誤差を補正し、炊飯器と行政を静かにつなぎ直していた。

だが人間の側では、もう別の計算が始まっていた。

米が忠誠の単位になるなら、粉は反乱の単位になりうるのではないかと。

次回『粉争』

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