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自己解説:そして誰もむずかしいことばをつかわなくなった

 言葉が単純化する社会は便利だが、同時に思考を退化させる。韓国・日本・中国・欧米の比較からAI時代の知性の行方を問う。

 私は日本で過ごした時間よりも国外で暮らした期間の方が長く、30年以上にわたり、多国籍事業の経営や国際学術会議への参加を通じて、各国で生活してきた。こうした多国経験を持つ人は、日本では決して珍しくない。総合商社の社員や大使館員に限らず、大学教授や研究者など、何万人単位で存在しているのである。

 さらに、長期移住者だけでなく、海外勤務や留学、さらには三カ月ほどの語学研修まで含めれば、日本人の海外在住者は人口の約1%をやや超える約130万人に達する。したがって、本稿で述べる各国についての考察にも、当然ながら異論はあるだろう。

 実際、私がある国に一年しか滞在していないとしても、そこに十年以上暮らす日本人の方が、その社会や文化に詳しいのは当然である。また、その国の言語や歴史を研究するために留学している人のほうが、私よりもはるかに深い知識を持っていることは間違いない。

 しかし、それでも『日本とは何か』を説明するだけでさえ、容易な作業ではない。日本の特性は歴史的背景や地域性、世代、所属する団体によって大きく異なり、極端に言えば同じ条件の家庭は一つとして存在しない。日本で生まれ育った成人であっても、『平均的な日本人』とは何かを定義することは困難なのである。

 このため『ある国ではこうだ』といった説明は、ミクロな視点から見ればほとんど意味を持たない。マクロな視点に立って、ようやく大まかな傾向を語ることができるに過ぎない。その点を踏まえて読んでいただきたい。

 さらに、『言語の簡略化によって知性が劣化している』とか『経済が発展した』といった一見明快な表現でさえ、『知性』や『経済』を厳密に定義しようとすれば、博士号を取得するほどの学究的営為を経てもなお理解が尽くせないほど複雑なテーマである。

 だからこそ、本作では細部の断定を避け、『言葉のあり方が人間の思考と社会構造にどのように作用するのか』という大きな視点から描こうと試みる。

 そこで問題となるのが、『むずかしいことば』の消失である。難解な言葉は、ときに排他的で理解しにくい。だが同時に、それは抽象概念を保持し、複雑な世界を思考するための足場でもある。言葉が単純化すれば、伝わりやすさは増す一方で、社会全体の思考の射程は短くなり、深い議論や長期的な構想力は痩せ細っていく。つまり『むずかしいことばを使わない社会』とは、便利さの裏で、知らぬ間に思考の退化を制度化していく社会なのである。

ハングル専用化と『思考の劣化』──中国・日本との比較

そして誰もむずかしいことばをつかわなくなった』で描かれる『言葉の単純化が思考を劣化させる』という主題は、韓国・北朝鮮の漢字排除だけでなく、中国や日本の近代的な文字政策とも響き合う。

 この点に関しては、小論文・作文指導者である〆野友介先生からご指摘いただいた通りである。彼は日本語を指導する立場であるが故に、日本語を理解するためには、多国語の歴史や構造を知らなければならないという、私の主張を顕著に証明している。

中国:簡体字の功罪
 中国は漢字を排除せず『簡体字化』という路線を採った。これは識字率向上に一定の効果をもたらしたが、同時に『繁体字の持つ語源的な構造』を切り捨てた側面もある。例えば『愛』から心を消し去った簡体字『爱』は、記号としては機能しても、文字が抱えていた文化的含意を弱めた。表記の単純化は、言葉を『情報』としては扱いやすくしたが、『文化的厚み』を削いだことは否定できない。

日本:常用漢字政策
 日本は『漢字の削減』ではなく『使用範囲の制御』を行った。1946年の当用漢字表、1981年の常用漢字表がその典型である。結果として、新聞や教科書で用いる漢字は統制されつつも、学術・法律・文学の場では多様な漢字が生き残った。この『二重構造』によって、日本語は曖昧さと厳密さを併せ持ち、複雑な概念を扱う余地を残した。一方で、常用漢字に縛られた教育世代は語彙の深みを欠き、漢字文化圏としての継承力は徐々に痩せ細っている。

韓国・北朝鮮の特殊性
 こうした比較で際立つのは、韓国と北朝鮮が『漢字の全面排除』に踏み切った点である。中国は『簡略化』、日本は『制御』だったのに対し、朝鮮半島では『断絶』という極端な選択が行われた。その結果、識字民主化という成功と引き換えに、『同音異義語の氾濫』『語源への盲目化』『過去資料へのアクセス困難』という副作用が社会全体に浸透した。

思考の器としての文字
 こうした各国の事例は、文字が単なる記号ではなく『思考の器』であることを示している。文字体系の改革は、国民の思考の構造を直接揺るがす。韓国・北朝鮮では抽象概念を扱う際の足場が弱まり、中国では文化的含意が削ぎ落とされ、日本では教育と実務の間に二重性が生じた。

そして誰もむずかしいことばをつかわなくなった』に描かれる『思考の退化』は、寓話的想像に留まらず、アジア各国の現実の文字政策史を背後に持つ。その意味で、本作は『言葉をどう管理するか』という問いを、文化的多様性と人間の思考力の関係性に投げかけるものである。

生成AI時代への帰結
 本作が扱う『言葉の単純化と思考の劣化』は、東アジア各国の文字政策史に根を持つが、その延長線上には現代の生成AIによる言語処理という新たな段階が待ち受けている。

1.文字政策からAI処理へ
 韓国・北朝鮮におけるハングル専用化は、同音異義語の氾濫を招き、人間側の思考を曖昧化させた。だがこの問題は人間だけでなく、AIにとっても深刻である。AIは統計的予測に依存するため、ハングルのみで書かれた文章では意味の区別が難しく、翻訳・要約・検索で誤認識を起こし易い。これは人間の思考劣化がそのままAI処理精度の劣化に直結する例である。

2.中国・日本の部分的な防波堤
 中国の簡体字、日本の常用漢字は、文字体系を単純化しながらも語源的なヒントを部分的に残した。そのためAIが扱う際にも、ある程度の意味分節が維持される。たとえば『情報』『情緒』『情理』といった熟語を漢字で書けば、AIは『情』という共通の核を抽出しやすい。

 しかし、ハングルやローマ字だけで表記すると、これらはすべて同じ音『정(ジョン)』に収束し、文脈がなければ意味の区別が難しくなる。さらに厄介なのは、『정』という表記が人名から日常語まで際限なく重なり合う点である。たとえば『情報』『情理』『情緒』に加え、『정호(ジョン・ホ)』『정은(ジョン・ウン)』『정원(庭)』『정(釘)』『정당(政党)』なども、すべて同じ『정(ジョン)』として書き表されてしまう。

 これは人間にとってもAIにとっても処理が難しい。ネイティブ話者であっても文脈がなければ誤解を避けられず、AIは同音異義語を区別するために大量の計算資源を浪費せざるを得ない。

 結果として、このような文字体系では膨大な無駄な演算が発生する。漢字やアルファベットのように『字面による意味の手掛かり』が残っていれば一瞬で識別できるものを、ハングルは逐一文脈解析に委ねるしかない。これはAIの処理効率を著しく低下させ、計算エネルギーを無駄に消費する。

 AI時代において言語の効率はそのまま国家の効率に直結する。エネルギー資源が有限である以上、ハングルのように意味解像度を犠牲にした文字体系は、AI時代に最も不利で、国家の競争力を衰退させる可能性が高い。識字普及の歴史的役割を果たしたハングルは、今や『人間にとって便利』から『AIにとって不便』へと転じ、その副作用が社会全体を呑み込もうとしているのである。

3.AI時代の『第二の思考劣化』
 生成AIが普及する現代では、言葉の構造的情報をいかに残すかが、人間とAI双方の知的基盤を左右する。もし曖昧な言語入力が支配的になれば、AIはノイズを拡散し、社会全体の議論は『精度の低い要約』と『断片的な共感』に傾く。これは、韓国・北朝鮮が経験した『ハングル専用による曖昧化』と同質の現象を、グローバル規模で再演させる危険を孕んでいる。

4.『そして誰もむずかしいことばをつかわなくなった』の位置づけ
 したがって本作は、単なる寓話ではなく、

一、韓国・北朝鮮の漢字排除=第1の思考劣化
二、中国・日本の簡略化・制御=部分的思考劣化
三、生成AIによる言語処理の曖昧化=第2の思考劣化

 という三段階の構造を俯瞰する批評的テキストと位置づけられる。

 言葉は単なる情報の道具ではなく、思考を支える足場である。足場を削ぎ落とせば、思考は低層化し、社会は短期的効率と引き換えに長期的な知的資本を失う。本作のテーマは、韓国・北朝鮮の歴史、中国・日本の選択、そして生成AI時代の課題を貫く一本の問いに帰結する。それは『われわれはどの文字体系を未来の思考の担保として差し出すのか』という問いである。

世界的視野から生成AI時代を読み解く

そして誰もむずかしいことばをつかわなくなった』が提示する『言葉の単純化による思考劣化』は、韓国・北朝鮮、中国、日本という東アジアだけでなく、欧米のアルファベット文化圏との対比においてこそ、その本質が際立つ。

1.アルファベット圏:音声と語源の分断
 ヨーロッパのアルファベットは表音文字であり、記号自体には語源情報を含まない。しかし西欧社会では、語彙の多層性が思考の精度を担保してきた。ギリシャ語・ラテン語由来の語彙が学術用語を支え、ゲルマン語系が日常語を担うという構造が残っているため、単語そのものが『語源の辞書』として機能することが多い。

 このためAIもまた、アルファベット言語では比較的スムーズに語義を処理できる。たとえば biology は bio(生命)+logy(学問) という構造を持ち、AIはこの分節を統計的に再現し易い。

 欧州諸国の知的層では、多言語によるコミュニケーションが日常的に成立しており、語源や接頭辞・接尾辞の理解は必須とされる。逆に言えば、こうした語源的知識や単語構造を理解しなければ、AI社会以前にすでに人間同士の多言語コミュニティや国際学術界での交流そのものに大きな支障をきたすことになる。

2.東アジアとのコントラスト
 東アジアにおける漢字文化圏は、本来、漢字の形そのものが語源と意味の地図だった。しかし韓国・北朝鮮が漢字を切り捨て、表音のみの世界に移行したことで、ヨーロッパに存在する『語源的層』の代替を失った。中国は簡体字化で文化的厚みを部分的に削ぎ、日本は常用漢字政策で二重構造を残したが、いずれも曖昧化の圧力にさらされている。

3.AIとの相性
 AIは『構造的な手掛かり』が多い言語ほど処理し易い。以下に代表的な言語の特徴を整理する。

英語・欧州言語:語源的な接頭辞・接尾辞、綴りと発音の対応関係、アルファベットの簡潔さによって、AIは意味関係を比較的容易に抽出できる。

日本語(漢字+仮名):漢字が語源情報を提供する一方で、主語の省略や多義性がAIに負担を掛ける。

韓国語(ハングル専用化後):同音異義語が激増し、AIにとっても文脈推定のコストが極めて高い。

中国語(簡体字):意味分節は残るが、簡略化によって失われた含意もあり、AIにとって『文化的厚み』が削がれた状態となっている。但し、情報処理の観点では、英語同様にSVO(主語・述語・目的語)の構造が保たれており、処理し易い言語である点については、以下の記事で解説した通りである。

4.第三の思考劣化
 アルファベット圏では表音性を補うために『多層語彙』が存在した。漢字文化圏では『文字そのものの意味性』が補助線を提供していた。だが生成AI時代においては、人間が『短文・曖昧・省略』の言葉しかAIに与えなければ、どの文化圏であっても語源的手がかりが希薄化し、AIは『ノイズを増幅する鏡』へと変質する。

 つまり、韓国・北朝鮮の漢字排除で見られた第一の思考劣化は、AI時代に全世界が共有する第三の思考劣化へと拡張する。

5.世界的問いかけ
 韓国・北朝鮮の歴史は、文字の単純化がどのように社会の知的基盤を侵食するかを示す具体例であった。中国の簡体字、日本の常用漢字、そして欧米のアルファベット文化は、それぞれ異なる形で思考の支えを保ってきた。しかし生成AIの普及は、これらの補助線を一斉に消し去る危険を孕んでいる。

そして誰もむずかしいことばをつかわなくなった』は、その意味で単なる地域的寓話に留まらない。東アジアの歴史と欧米の言語文化を交差させながら、未来の人類全体に突きつけるのは次の問いである。すなわち『言葉の単純化とAI依存の加速の果てに、人類はどのような思考の担保を失うのか』という根源的な問いである。

 この問いを最も先鋭的に体現しているのが、韓国・北朝鮮の事例である。
 彼らは漢字を全面的に排除し、ハングル専用化によって識字の民主化を達成したが、その副作用として『思考の浅文化化』と『社会基盤の劣化』を抱え込むことになった。
ここから先は、その典型例である韓国を取り上げ、表層的繁栄と内部破綻の二重構造を検証していく。

韓国の『繁栄の仮面』と内部破綻の構造

 先述の通り韓国と北朝鮮は、言語政策として漢字を排除し、ハングル専用化による思考の浅文化化を歩んだ。それにもかかわらず、外から見れば『高度経済成長を遂げた国』として映る。
 ソウルの摩天楼、サムスンやヒュンダイといった巨大企業のブランドは、韓国が知的にも経済的にも力強い国であるかのような錯覚を生む。
 しかしその実態を精査すると、ここにも『表層的繁栄』と『内部破綻』の二重構造が潜んでいる。

1.輸出主導の脆弱さ
 韓国経済の統計を押し上げているのは、半導体・自動車・造船といった輸出産業である。だがそれは、海外需要に完全に依存した脆弱な構造でもある。2019年の日本の輸出規制で露呈したように、素材・部品・装置では依然として日本や他国への依存度が高い。
 数字の上では『韓国のGDP』に見えても、その中身は外部市場と外部技術に従属した生産に過ぎない。

2.電力補助金による『破綻型成長』から、コスト転嫁の時代へ
 かつて韓国は、半導体工場やデータセンターを呼び込むために低い電力料金を事実上の立地インセンティブとして活用してきた。しかし、燃料高騰と料金据え置きの長期化で韓国電力(KEPCO)の累積損失と債務が膨張し、2023年には『事実上の瀕死状態』と国内メディアが表現する局面に至った。2023年5月には当時の社長が辞任し、財務再建を前提とする体制に移行している。

 この間、政府・KEPCOは段階的な大幅値上げへ舵を切った。2022年から2024年にかけて産業用の電力料金は累計で約70%上昇したと報じられ、さらに2024年10月には平均+9.7%(産業用)の追加引き上げが実施されている。結果として、韓国製造業が支払った電力コストは2023年に前年比+62%規模で膨らみ、電力の『安さ』を前提にしたビジネスモデルは崩れつつある。

 値上げの効果もあり、2023年のKEPCOの赤字は縮小傾向に転じ、2025年には販売単価の上昇を主因に業績改善が伝えられている。ただし、累積債務は2023年末で203兆ウォンに達しており、財務の正常化にはなお時間がかかる。低料金をテコにした『見せかけの繁栄』を続ける余地は乏しく、電力を撒くインセンティブは実質的に消滅しつつある。

 総じて言えば、韓国の電力政策は『補助金で延命』の段階から、『コストを利用者へ転嫁』する段階へ移行した。これによりエネルギー多消費型の産業は収益圧迫に直面し、国内回帰よりも海外移転を検討する動きが強まっている。中長期的には、電力価格の上昇と系統制約の解消遅れが重なれば、韓国の製造業は『産業成熟→縮小』のステージに入るリスクが高まる。少なくとも、『安価な電力=最大の立地優位』という過去の前提は崩れたと言ってよい。

3.海外教育資本への依存
 韓国社会は『教育熱心』と評されるが、その多くは国内ではなく米国や欧州の大学に進学する留学生を通じて完成している。彼らが海外で知識と人脈を築き、グローバル企業で成功することが『韓国の力』と見なされる。しかし、これは国内教育による思考深化ではなく、外部資本による補填である。言語的に思考の厚みを失った基盤を、海外教育に頼って穴埋めしているに過ぎない。

4.外資GDPの『虚像』
 さらに統計上の韓国のGDPには、外資系企業の現地生産が多く含まれている。日本企業や中国企業が韓国国内で生産すれば、その成果は『韓国のGDP』として計上される。だが実際には韓国という場所が使われているだけであり、付加価値の多くは国外に流出している。

5.社会の内側で進行する破綻
 外向きには繁栄のイメージを保ちながら、内側では若年層の高失業率、過酷な学歴競争、少子高齢化による社会保障不安が積み上がっている。これは『外部からの資本と需要』で延命される国家の姿であり、長期的には自壊のリスクを孕む。

 韓国は『ハングル専用化』による思考の浅文化化を抱えながらも、輸出統計と外資依存、電力補助金と海外教育によって繁栄の仮面を作り上げてきた。だがそれは、破綻を先送りにして成長を演出する仮想的繁栄である。
 この構造は、生成AI時代の『曖昧さを増幅する繁栄』と驚くほど似通っている。つまり、言語の浅化と経済の補助的延命は、ともに思考や社会の基盤を削り取りながら、外部にだけ発展の幻影を投影する仕組みなのである。

日本はなぜ『繁栄の仮面すら』作れないのか

 韓国が『輸出主導』『電力補助』『外資依存』『海外教育』によって、表面的な繁栄を演出しているのに対し、日本はもはやその仮面すら維持できていない。かつてはアジア唯一の先進工業国であった日本が、なぜ現在『失われた30年』を越えて、繁栄のイメージすら構築できなくなったのか。その理由は、言語と経済の双方における『構造疲弊』にある。

1.輸出幻想の崩壊
 日本はかつて世界を席巻した『輸出立国』だった。しかし2025年初頭から続く米国への輸出減少、第五世代自動車の競争激化、そして世界経済の停滞により、その姿は過去の幻想に過ぎないものになりつつある。GDP成長は辛うじて維持されているが、その原動力は国内資本と消費に頼っている。こうして、日本は『世界に繁栄の仮面を見せる力』を失いつつある。その背後には、『輸出中心の経済モデル』という幻想の崩壊がある。

2.電力補助すらできない
 韓国は電力会社を赤字にしてでも外資や輸出産業を延命させてきた。日本では逆に電力自由化・原発停止の余波で電力料金が上昇し、国内産業を追い出す方向に働いた。つまり、韓国は『無理をしてでも仮面を作る』のに対し、日本は『無理をする体力すらない』。結果、産業誘致どころか産業流出が進む。

3.人材の外流と内閉
 韓国は海外留学エリートを通じて『外部資本の知』を輸入しているが、日本はそれすら弱い。留学比率は低迷し、内向き教育に閉じこもり、グローバルに活躍する層は極一部に限られる。つまり、日本は外資に依存する構造を作れず、内需も衰退する二重の停滞に陥っている。

4.外資の不在とGDPの空洞化
 韓国では外資の工場が『韓国のGDP』を押し上げる効果を持つ。だが日本は高コスト体質と規制のため、外資企業が積極的に生産拠点を置く土壌に乏しい。その結果、国内のGDPは外資による上振れすらなく、数字の上でも実態の上でも空洞化が進む。

5.思考の二重劣化
 言語面では、日本は常用漢字政策によって最低限の語源的思考力を残した。しかし教育現場で『考える力』を育む仕組みは弱体化し、そこに経済の停滞が重なって劣化が加速した。韓国のように『浅文化+外資依存』で仮面を作ることもできず、中国のように『簡体字+国家統制』で強権的に推進することもできない。日本は『思考の浅文化化』と『経済の衰退』を同時に抱え込み、結果として仮面すら作れない国となってしまった。

 こうして、韓国は『破綻を補助金で覆い隠す仮面』を持ち、中国は『簡略化と統制で進む道』を選んだ。それに対して日本は、いずれの路線も取れなかった。その帰結として『繁栄の演出』という最低限のイリュージョンすら失い、言語政策と経済政策の双方に共通する欠陥、すなわち『曖昧さを残したまま構造を設計しない』という問題が表面化している。

 日本の現在地は、繁栄の実体だけでなく仮面すら剥落した『素顔の衰退』である。

中国の『仮面の厚化粧』と統制の力学

 韓国は『破綻を隠す仮面』で繁栄を演出し、日本は『仮面すら作れない』衰退に沈んだ。その対極に位置するのが中国である。中国は、言語政策においても経済政策においても、徹底した『厚化粧』を施し、仮面そのものを国家装置として制度化してきた。

1.簡体字という『表層美学』
 中国は漢字を捨てず、繁体字を簡略化することで『国民全体の識字率向上』と『近代化の象徴』を実現した。だが、簡体字は文化的厚みを削ぎ、語源の痕跡を薄める『厚化粧』の第一層である。読み易さとスピードを優先することで、文字文化の深層を切り捨て、合理的に見えるが文化的に痩せた社会言語を生み出した。

2.国家統制による『繁栄の演出』
 経済においても、中国は国家の全面的な統制を通じて『繁栄』を演出する。GDP成長率の数字は政治的に管理され、巨大インフラ投資や不動産バブルは『厚化粧』の主成分となる。統計は美しく整えられるが、地方債務やシャドーバンキングなど、内側では構造的な不良債権が膨張している。
 つまり、中国の繁栄は『内臓に病巣を抱えたまま厚化粧で顔色を良く見せる』構造に近い。

3.言論統制と『思考の矯正』
 韓国や日本では言語劣化が『自然な衰退』として進行したが、中国では統制によって『思考の範囲』そのものが矯正される。SNSやメディアは厳格に管理され、批判や異論は検閲される。ここでの厚化粧は単なる外観操作にとどまらず、人々の思考を国家の意図に沿った形で統制する『化粧内面化』の機能を持つ。

4.AI時代との親和性
 興味深いのは、この『厚化粧』が生成AI時代に高い親和性を持つことだ。
 AIは大量データと統制的設計に依存するため、国家が言語と情報を一元的に管理する中国モデルは、AIの『強制的精度』と相性が良い。つまり、言語の厚化粧と経済の厚化粧は、そのままAIガバナンスの厚化粧へと接続している。

三国比較の結論

韓国:思考劣化を海外資本と補助金で補い、『仮面』を作って繁栄を演出。

日本:思考の浅文化と経済停滞を抱え、『仮面すら作れない』素顔の衰退。

中国:文化的厚みを削りつつも、国家統制による『厚化粧』で繁栄を描く。

 この三国比較は、言語政策・経済政策・AIとの親和性がどのように絡み合い、『繁栄の仮面』を生み出すかを示している。韓国は借り物の仮面、日本は仮面喪失、中国は厚化粧という三つの様相をとりながら、いずれも根本的な『思考の基盤劣化』という共通項を抱えているのである。

欧米アルファベット圏の『洗練された仮面』と隠れた劣化

 では欧米アルファベット圏はどうか。表音文字を基盤とする欧米は、一見すると言語的に単純でありながら、実際には『語彙の多層性』と『レトリックの厚み』によって、最も洗練された仮面を構築している。

1.語源の多層性がつくる『洗練』
 英語を例に取れば、日常語はゲルマン系、学術語はラテン・ギリシャ系という二重層が存在する。このため、アルファベットそのものは単純でも、単語体系が語源の豊かさを内包しており、思考の抽象度を担保する。政治家の演説も、ジャーナリズムの評論も、こうした多層語彙の組み合わせで『洗練された仮面』をまとっている。

2.経済的『虚構の強靭さ』
 アメリカや欧州は、金融資本・ハイテク・軍需といったグローバル支配的産業を握り、経済的繁栄の『仮面』を維持している。ドル基軸通貨体制や、GAFAの世界支配は、国家の実力以上に繁栄を演出する巨大な鏡である。韓国や中国のように外需依存や統計粉飾で仮面を作る必要はない。欧米は『制度と通貨』を仮面そのものに仕立て上げている。

3.言語・経済とAIの『親和性』
 生成AI時代においても、欧米の言語と経済はAIにとって極めて扱い易い。英語は語源的な接辞・接尾辞が明瞭で、AIが意味構造を捉え易い。さらにGAFA・OpenAI・Anthropicといった企業がAIインフラを掌握しているため、言語・経済・AIが三位一体で仮面を増幅する。ここに『世界の繁栄の舞台装置』が完成する。

4.内部に進行する『見えない思考劣化』
 しかし、この『洗練された仮面』も万能ではない。SNS時代の短文化、ポピュリズム政治の台頭、ChatGPTなどの生成AIによる『要約文化の氾濫』によって、欧米でも人々の思考は浅文化化している。語彙の豊かさは残っていても、それを運用する主体が短文と感情の洪水に呑まれれば、結果は韓国の『思考劣化』と同型となる。つまり欧米は、最も美しく洗練された仮面をまといながら、内側で静かに劣化が進行しているのである。

AI時代の最終問い

 欧米が誇る洗練された仮面も、韓国や中国の仮面も、日本の素顔の衰退も、すべてはAI時代において一つの帰結に収束する。言葉を単純化し続ける社会は、仮面の美醜にかかわらず、最終的に『思考を失った人類』へと行き着くのではないか。この問いが、本稿の射程である。

シリーズ予告:思考劣化の地政学へ

 本稿では、日本の『仮面すら作れない衰退』、韓国の『借り物の仮面』、中国の『厚化粧』、欧米の『洗練された仮面』という四極比較を描いた。しかしこれは、まだ序章にすぎない。

 私の事業と研究の現場は、アメリカはもとより、東南アジア、インド、湾岸諸国、そしてアフリカ(MENAからモザンビークまで)に広がっている。そこにはまた別の『仮面』が存在する。

・シンガポール、マレーシア、インドネシアに見える『多言語と宗教の仮面』
・インドの『多様性が強みであり、同時に分断でもある仮面』
・湾岸諸国の『資源で厚化粧された仮面』
・アフリカの『外資に支えられた借り物の仮面』

 次回以降は、この『思考劣化の地政学』をさらに拡張し、私自身が現地企業の経営者や大学研究員として長期滞在してきた経験を基盤に、世界二十か国以上を舞台として描いていく。そこで浮かび上がるのは、『言語』『宗教』『経済』『AI』が結びついて仮面を作り、やがて思考を劣化させていく構造である。

武智倫太郎

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