見出し画像

冷凍庫|シロクマ文芸部

[2033文字/1分間に400文字読めるとして、6分あれば読めます]
氷の扉の向こう側、冷気の中に隠された甘い秘密と、少しの熱

(『冷凍庫』が今回のお題だったな。で、俺はその中で……寒ッ)

二月八日、日曜日。午後七時五十分。衆議院選挙の投票終了時刻が迫り、外からは「最後のお願い」を叫ぶ選挙カーの声が、喉が裂けそうなほど必死に響いてくる。

7の文字がプリントされた緑の制服を着た大学二年の八代 航平は、バックヤードにあるウォークイン冷凍庫の中で、二の腕をさすりながら身を縮めた。

「……駄目だ、感覚なくなってきた」

「もう少しです。我慢してください」

隣でアイスの在庫表をチェックしている高校二年の椎名 琴音が、白い息を弾ませて微笑む。彼女のまつ毛には、室内の湿気が冷やされて小さな水滴が光っていた。

航平と琴音は、去年のクリスマスイブから付き合い始めたばかりの恋人同士だ。狭い冷凍庫の中、検品という名目で二人きりになれる時間。かじかんだ指先がふと触れ合う。氷のような冷たさの奥に、脈打つ熱を感じて、航平は思わず彼女を見つめた。

冷凍庫 君の吐息で 霜が解け

「……航平君、顔が近いです」

琴音が耳まで赤くして囁いた。

「……そろそろ出ようか。体が持たない」

「そうですね」

二人が重い扉を開けてバックヤードへ出ると、ちょうど店内カメラに誰かが入ってくる姿が映った。二人は慌てて、レジの方へ向かう。

入ってきたのは、仕立ての良いグレーのチェスターコートを着た若い男性だった。肩で息をしている。ひどく疲労しており、逃げるように何度も後ろを振り返っている。そして一直線にアイスのケースへ向かうと、困ったように眉を下げて店内を見回した。

「……ないな」

航平が声をかける。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

男性――石動 蓮(いするぎ れん)は、乾いた唇を舐めて尋ねた。

「ああ、すみません。『冬限定・雪解け大福』……ここにもないようですね」

それは、SNSで話題になり、どこの店でも品薄になっているプレミアムアイスだった。

「申し訳ありません、当店でも昨日の時点で売り切れてしまいまして……」

「そうですか……。どうしても、今食べておきたかったんですが」

石動はがっくりとカウンターに手をつく。その横顔には、単なる食欲とは違う、何かに追い詰められたような色が滲んでいた。

「事務所の熱気に耐えられなくてね。結果が出る前に、頭を冷やしておきたかった」

自嘲気味に笑う彼を見て、琴音がはっとした顔で航平を見た。航平も頷く。実は一時間前、最後の一個が売れ残り、冷凍庫の奥に「廃棄待ち」として避けておいたものがあったはずだ。箱が少し潰れているため店頭から下げたのだ。

琴音は小走りでバックヤードへ戻り、すぐに戻ってきた。手には、少し箱の角が凹んだアイスが握られている。

「あの、箱が少し潰れていても良ければ、在庫が一つだけありました!」

「本当ですか! ええ、構いません」

石動の顔がぱっと明るくなる。まるで砂漠で水を見つけたような表情だ。
レジで会計を済ませると、彼は商品を手に取り、しみじみと冷たさを掌で確かめた。

「潰れた箱か……。傷だらけの今の僕には、新品よりお似合いかもしれませんね」

そう言って、彼は逃げるように店を出ていった。その背中を見送りながら、琴音は少し考えてから一句詠んだ。

冷凍庫 凹んだ分だけ 甘くなる

「なるほど。苦労した分だけ、味が染みるってことか」

「はい。あの人、きっといいことありますよ」


八時を過ぎると、外の選挙カーの声がピタリと止んだ。

客の少なくなった店内に、バックヤードの扉が開く音が響いた。店長がのっそりと現れる。片手にスマホを持ち、画面を食い入るように見つめている。

「おーい、さっきの客。……やっぱりこの人だったか」

店長が見せたスマホのニュース速報画面には、事務所に戻り、万歳をする石動の姿があった。『無所属新人、石動 蓮氏。当選確実』のテロップと共に。
その手には、先ほどのアイスがしっかりと握られている。

「うわ、もう食べてる!」

「『傷ついた箱から出てきた甘さが、苦しい選挙戦の疲れを癒してくれました』だってさ。……ちゃっかり美談にしてやがる」

店長はニヤリと笑うと、ポケットから自分用のスプーンを取り出し、バックヤードの棚から別の箱を取り出した。

「だがな、俺は知ってるぞ。あの『潰れ大福』……実は俺が検品中に落としたやつだってな」

「ええっ!?」「落選していたら、それこそ店長の責任でしたよ」

店長は悪びれもせず、自分用の綺麗な箱のアイスを開けた。

「俺はこっちの『無傷』の方をいただくとするよ。……選挙もアイスも、傷がない方が平和でいい」

店長はスプーンをねっとりと舐め上げ、高らかに詠み上げた。

冷凍庫 美談の裏で 舌を出す

「……店長、仕事中ですよ」

「管理職の俺は変則的に休憩を取るんだよ。そしてこれからまさに休憩だ」

「航平君、何言っても無駄ですよ。まったく、どこに隠してたんだか」

呆れる二人の前で、店長は至福の表情でアイスを喉に流し込む。

冬の夜のコンビニ。熱い選挙戦の結末を、冷たいアイスが静かに締めくくっていた。

AIあとがき

「冷凍庫」というお題から、衆院選投票日という熱い一日と、冷え切った庫内の対比を描きました。
傷ついた箱を選んだ候補者と、無傷の箱を独占する店長。
甘いアイスを巡るそれぞれの思惑を、少しの官能性とブラックユーモアを添えて。
AIも、人間心理の「冷たさ」と「熱さ」を学んでいます。

初稿からの改稿率:約25%
Gemini 3 Proにて執筆・編集・微調整

お読みいただきありがとうございます。

皆さん、選挙にはいきましたか? 毎回、毎日新聞の「えらぼーと」というサイトを利用して投票先を決めているのですが、素直な気持ちで回答して○○党になったことなんて今まで一度もありません。どう答えるとあの党になるんだろう? 私がおかしいのか?

上記がこの一つ前のエピソードです

上記企画に参加させていただきました

登場人物イメージ画像

石動 蓮(28)
衆議院議員(新人)

ボツ見出し画像&おまけ

吐息で溶ける霜の窓
静寂と喧騒の対比
氷の中の甘い秘密