温泉パジャマ頬骨 | せりふ三題噺
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石段街の湯煙に紛れた、小さな事件
「伊香保パジャマ・クライシス」
群馬県、伊香保温泉。三六五段の石段街。そのちょうど中腹あたりに位置する、創業四〇〇年を誇る老舗旅館。
先日の雪山遭難騒ぎで心身共に疲弊しきっていた私たちは、清水の舞台から飛び降りる覚悟で、この高級宿を予約したのだった。
客室の窓からは、夕暮れの石段を行き交う人々の賑わいが見下ろせる。
「いいお部屋。奮発した甲斐があったね」
恋人の三雲 灯が、畳の上で大の字になってはしゃいでいる。私はといえば、旅館の浴衣を広げて、渋い顔をしていた。
「……やっぱり、パジャマを持ってくるべきだった」
「まだ言ってる。せっかくの伊香保なんだから、浴衣でいいじゃん」
「浴衣は寝ている間にはだけるから嫌なのよ。帯も苦しいし」
私が不満を漏らすと、灯は寝転がったまま、悪戯っぽく口元を緩めた。
「関係ないんじゃない? どうせ夜には、私が脱がしちゃうんだから」
その視線が、私の胸元から腰のあたりをねっとりと撫でていくようで、背筋がぞくりとした。
「……馬鹿なこと言ってないで、お風呂行くよ」
私は熱くなった頬を隠すように、タオルを掴んで立ち上がった。
伊香保独特の「黄金の湯」は、茶褐色に濁り、鉄の匂いがする。身体の芯まで温まる名湯だ。ただ、鉄分が強いためか、上がった後の肌は少しキシキシと乾くような感覚がある。
極上の湯浴みを終え、脱衣所に戻った時だった。
「ない! 私のパジャマがないのよ!」
ヒステリックな声が響き渡った。声の主は、五十代半ばとおぼしき女性だった。痩せぎすで浮き出た頬骨が、鋭角的な影を落としている。
「お客様、脱衣籠のお間違いではございませんか?」
「間違えるわけないでしょ! 私が持ってきたシルクのパジャマがないの!」
仲居が困惑顔で新しい浴衣を差し出す。
「では、とりあえずこちらの浴衣をお召しになって……」
「嫌よ! そんな糊の効きすぎたゴワゴワした浴衣なんて! あなた何も分かってない! 湯上がり直後の肌はね、一秒ごとに水分が蒸発していくのよ! この三分の間に最高級のシルクで肌を包んで蓋をしないと、私の肌は死ぬの! 美肌には、これしかないのよ!」
女性――梶山 博子は叫んだ。その鬼気迫る剣幕に、周囲の客は唖然としている。だが、私の胸には奇妙な共感が芽生えていた。
方向性は違えど、彼女もまた「妥協なき快楽」を求めているのだ。安眠のためにパジャマを渇望する私と同じように。
「……栞、関わらない方がいいよ」
灯が小声で囁くが、私はその女性の前に歩み出た。
「そのパジャマ、シャンパンゴールドですか?」
「ええ! そうよ!」
「さっき、洗面台でメイクを落としていた時、水撥ねを避けてマッサージチェアに置きませんでしたか?」
彼女はハッとして、休憩スペースの方へ駆け出した。
「あった……! ああ、よかったぁ」
マッサージチェアの上に、畳まれた布地がちょこんと鎮座していた。メイク落としに集中するあまり、一時的に避難させたことを忘れて入浴してしまったのだろう。
彼女は愛しい恋人に再会したかのように、滑らかな布地を抱きしめた。
「ありがとう! これで私の肌は守られたわ!」
部屋に戻り、私たちは冷えたビールで乾杯した。
「栞ってば、意外と親切だね」
「……あの執念に、シンパシーを感じただけよ。それに、もし私がシルクを持参していたら、洗面台の水撥ねを嫌って、少し離れた安全な場所に置くもの」
私が苦笑すると、灯が背後から私の肩に手を置いた。
「はい、お疲れ様。マッサージしてあげる。ここ、胸骨の周りをほぐすとね、筋膜が緩んで頬骨が上がるんだって」
「い、痛い……灯、そこ骨」
「効いてる証拠。あの人みたいに美肌になりたいでしょ?」
「私は肌より安眠が欲しいの……」
抵抗も虚しく、灯の指は容赦なく私のデコルテをグリグリと刺激する。しばらくして解放された瞬間、全身に血が巡り、心地よい脱力感が訪れた。
私は残りのビールを一気に喉に流し込む。炭酸の刺激と、ホップの苦味が、火照った身体に染み渡る。
パジャマがなくても、浴衣が着崩れても、隣にこの体温があれば。
空になった缶を見つめていると、灯がしんなりと寄り添ってきた。私は照れ隠しに言った。
「……歯磨きしてこよう」
私の名前は風祭 栞。普段は適度な距離感を保つことを心がけている——しがない文芸編集者だ。
AIあとがき
今回は「温泉」「パジャマ」「頬骨」のお題で、伊香保の高級旅館を舞台にしました。
灯の「どうせ脱がしちゃう」というからかいや、脱衣所にパジャマを持ち込む客の「美肌への執念」を描くことで、それぞれの「譲れないもの」を対比させました。
結局、栞にとっての最強は、ビールと灯の手の温もりなのかもしれません。
初稿からの改稿率:約35%
Gemini 3 Proにて執筆・編集・微調お読みいただきありがとうございます
「これしか勝たんのよ」が、なんどやってもうまく決まらなかったので、使いませんでした
私も以前は旅行にパジャマを持って行ってました。今は荷物を少しでも減らしたいので持って行ってませんが
この二人、取材か旅行しかしてないように見えるので、たまには仕事のエピソードも読みたいと思ってます。…が、お題次第ですね
上記企画に参加させていただきました
人物イメージ画像


専業主婦
ボツ見出し画像&おまけ






Proなのに日本語が出なかった…
