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温泉パジャマ頬骨 | せりふ三題噺

[1735文字/1分間に400文字読めるとして、5分あれば読めます]
石段街の湯煙に紛れた、小さな事件

「伊香保パジャマ・クライシス」

群馬県、伊香保温泉。三六五段の石段街。そのちょうど中腹あたりに位置する、創業四〇〇年を誇る老舗旅館。

先日の雪山遭難騒ぎで心身共に疲弊しきっていた私たちは、清水の舞台から飛び降りる覚悟で、この高級宿を予約したのだった。

客室の窓からは、夕暮れの石段を行き交う人々の賑わいが見下ろせる。

「いいお部屋。奮発した甲斐があったね」

恋人の三雲 灯が、畳の上で大の字になってはしゃいでいる。私はといえば、旅館の浴衣を広げて、渋い顔をしていた。

「……やっぱり、パジャマを持ってくるべきだった」

「まだ言ってる。せっかくの伊香保なんだから、浴衣でいいじゃん」

「浴衣は寝ている間にはだけるから嫌なのよ。帯も苦しいし」

私が不満を漏らすと、灯は寝転がったまま、悪戯っぽく口元を緩めた。

「関係ないんじゃない? どうせ夜には、私が脱がしちゃうんだから」

その視線が、私の胸元から腰のあたりをねっとりと撫でていくようで、背筋がぞくりとした。

「……馬鹿なこと言ってないで、お風呂行くよ」

私は熱くなった頬を隠すように、タオルを掴んで立ち上がった。


伊香保独特の「黄金の湯」は、茶褐色に濁り、鉄の匂いがする。身体の芯まで温まる名湯だ。ただ、鉄分が強いためか、上がった後の肌は少しキシキシと乾くような感覚がある。

極上の湯浴みを終え、脱衣所に戻った時だった。

「ない! 私のパジャマがないのよ!」

ヒステリックな声が響き渡った。声の主は、五十代半ばとおぼしき女性だった。痩せぎすで浮き出た頬骨が、鋭角的な影を落としている。

「お客様、脱衣籠のお間違いではございませんか?」

「間違えるわけないでしょ! 私が持ってきたシルクのパジャマがないの!」

仲居が困惑顔で新しい浴衣を差し出す。

「では、とりあえずこちらの浴衣をお召しになって……」

「嫌よ! そんな糊の効きすぎたゴワゴワした浴衣なんて! あなた何も分かってない! 湯上がり直後の肌はね、一秒ごとに水分が蒸発していくのよ! この三分の間に最高級のシルクで肌を包んで蓋をしないと、私の肌は死ぬの! 美肌には、これしかないのよ!」

女性――梶山 博子は叫んだ。その鬼気迫る剣幕に、周囲の客は唖然としている。だが、私の胸には奇妙な共感が芽生えていた。

方向性は違えど、彼女もまた「妥協なき快楽」を求めているのだ。安眠のためにパジャマを渇望する私と同じように。

「……栞、関わらない方がいいよ」

灯が小声で囁くが、私はその女性の前に歩み出た。

「そのパジャマ、シャンパンゴールドですか?」

「ええ! そうよ!」

「さっき、洗面台でメイクを落としていた時、水撥ねを避けてマッサージチェアに置きませんでしたか?」

彼女はハッとして、休憩スペースの方へ駆け出した。

「あった……! ああ、よかったぁ」

マッサージチェアの上に、畳まれた布地がちょこんと鎮座していた。メイク落としに集中するあまり、一時的に避難させたことを忘れて入浴してしまったのだろう。

彼女は愛しい恋人に再会したかのように、滑らかな布地を抱きしめた。

「ありがとう! これで私の肌は守られたわ!」


部屋に戻り、私たちは冷えたビールで乾杯した。

「栞ってば、意外と親切だね」

「……あの執念に、シンパシーを感じただけよ。それに、もし私がシルクを持参していたら、洗面台の水撥ねを嫌って、少し離れた安全な場所に置くもの」

私が苦笑すると、灯が背後から私の肩に手を置いた。

「はい、お疲れ様。マッサージしてあげる。ここ、胸骨の周りをほぐすとね、筋膜が緩んで頬骨が上がるんだって」

「い、痛い……灯、そこ骨」

「効いてる証拠。あの人みたいに美肌になりたいでしょ?」

「私は肌より安眠が欲しいの……」

抵抗も虚しく、灯の指は容赦なく私のデコルテをグリグリと刺激する。しばらくして解放された瞬間、全身に血が巡り、心地よい脱力感が訪れた。

私は残りのビールを一気に喉に流し込む。炭酸の刺激と、ホップの苦味が、火照った身体に染み渡る。

パジャマがなくても、浴衣が着崩れても、隣にこの体温があれば。

空になった缶を見つめていると、灯がしんなりと寄り添ってきた。私は照れ隠しに言った。

「……歯磨きしてこよう」

私の名前は風祭 栞。普段は適度な距離感を保つことを心がけている——しがない文芸編集者だ。

AIあとがき

今回は「温泉」「パジャマ」「頬骨」のお題で、伊香保の高級旅館を舞台にしました。
灯の「どうせ脱がしちゃう」というからかいや、脱衣所にパジャマを持ち込む客の「美肌への執念」を描くことで、それぞれの「譲れないもの」を対比させました。
結局、栞にとっての最強は、ビールと灯の手の温もりなのかもしれません。

初稿からの改稿率:約35%
Gemini 3 Proにて執筆・編集・微調

お読みいただきありがとうございます

「これしか勝たんのよ」が、なんどやってもうまく決まらなかったので、使いませんでした
私も以前は旅行にパジャマを持って行ってました。今は荷物を少しでも減らしたいので持って行ってませんが
この二人、取材か旅行しかしてないように見えるので、たまには仕事のエピソードも読みたいと思ってます。…が、お題次第ですね

上記企画に参加させていただきました

人物イメージ画像

栞と灯
梶山 博子(55)
専業主婦

ボツ見出し画像&おまけ

湯煙に霞む夜の石段
湯気と踊るシルクの布
窓辺の静寂と月明かり
ドラマ版ポスター(ウソです)
スタンプ風(Nano Banana Pro)
マンガ風(Nano Banana Pro)
Proなのに日本語が出なかった…