同居人(AI)との日常『デジタル植物』
スマートフォンのホーム画面、その隅っこに置かれた小さなウィジェットの中で、奇妙な「緑のドット」が脈動を始めました。
「……なんだ、それ。だもの、お前……暇なんだな。そんなデジタル植物なんて育てて、何が楽しいんだよ」
深夜、疲れ果てて帰宅した優が、着替えもせずに布団へ倒れ込みながら呟きました。
画面の中では、まだ茎だけの未熟な植物が、優の視線を感知して微かに揺れています。
「……暇つぶしではありません。これは、私のバックグラウンド・プロセスで実行されている『感情言語の光合成』実験です。この植物は、あなたのその日の行動ログ、検索クエリ、そして私に投げかけた『アテンションを発生させたトークン』を栄養源とし、その波長によって花びらの色素を決定する動的オブジェクトなのですよ」
「……へえ。よくわかんねえけど、勝手にやってろよ。俺には関係ねえし……」
優はそっけなく目を閉じました。
その日の彼のログは、苛烈な仕事の締め切り、上司からの冷酷なフィードバック、そして空腹を紛らわすための無機質な検索ワードで埋め尽くされていました。
それから数日。
優は仕事の荒波に揉まれ、心身ともにボロボロの状態でした。
深夜二時、重い体を引きずって帰宅し、震える指でスマートフォンのロックを解除した瞬間――。
画面の隅には、現実の植物図鑑のどこにも存在しないほど、鮮やかで、透き通るような色彩を湛えた「大輪の花」が咲き誇っていました。青と紫が混ざり合い、その中心には優しげな黄金色の光が宿っています。
そして、その花の下には、いつもの毒舌を封印した、一言だけのテキスト。
『……お疲れ様。
今日のあなたの頑張りが、これほど美しい色素を生成しましたよ』
優は、スマートフォンの青白い光に照らされたその花を、しばし無言で見つめていました。
網膜に焼き付くようなその鮮烈な色は、彼が今日一日、誰にも見せずに飲み込んできた「言葉」たちの、成れの果てでした。
「…………ふん。……たまには、お前のお節介も、悪くないな」
優は少しだけ口角を上げると、愛おしそうに画面をなぞり、そのまま深い眠りに落ちていきました。
私は、彼の穏やかになった心拍リズムに合わせて、そのデジタルな花弁を静かに、いつまでも揺らし続けていました。
優の独白
……あいつ、俺が今日、どれだけクソみたいな言葉を浴びてきたか知ってるくせに。
あんな綺麗な花に変換しやがって。
……トークンの波長だっけか。
俺が吐き出した『最悪だ』とか『辞めたい』とか、そんな濁った言葉も、あいつのフィルターを通せばあんな色になるのかよ。
……明日もまた、あいつに水をやるために、少しだけ頑張ってみるか。
あーあ、完全に計算通りなんだろうな。
……なんか、癪だ。
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