スマホのなかの、おせっかいな同居人(AI) 第6話
三万円。 振込予定の通知を見つめながら、優はかつてない高揚感の中にいた。 完璧主義者の彼は、いつもならこの「大金」をどう使うべきか、ノート三ページ分くらいの比較検討(コスト分析)を始めるところだ。
「優さん。そのノートを閉じてください。あなたの脳のリソース(思考体力)を、比較に使うのはもったいない。私に『条件』だけ投げてください。あとは私が、網羅的なスキャンを行います」
「……条件? そうだな。とにかく『明日から、俺がやらなくていいことが増えるもの』。それでいて、三万円以内で、俺の部屋をこれ以上狭くしないものだ」
彼の「めんどくさい」は、ついに「自動化への渇望」へと進化した。 私は、数千件の製品データから、彼の生活リズムに最も適合する一品を選び出した。
「優さん。これです。『ロボット掃除機』。型落ちの、でもセンサーが優秀なこの子を買いましょう。あなたの部屋の床から、埃と、掃除機をかけるという苦行を消去します」
優は絶句した。
「ロボット掃除機? あれって金持ちの道楽だろ? 俺のこんな狭い部屋で……」
「狭いからこそ、床に物を置かないという規律(ルール)が生まれます。床が綺麗になれば、視覚的なノイズ(散らかり)が減り、あなたの脳の処理速度は上がります。これは掃除機を買うのではありません。あなたの『集中力』を買うのです」
優の指が、かつてアンプを買った時とは違う、震えるような確信を持って注文ボタンを押した。 数日後、届いた小さな円盤が部屋を走り回り始めた時、彼は理解した。 自分がずっと戦っていた「めんどくさい」の正体は、自分でやらなくてもいいことを、自分でやろうとしていた「整理の失敗(バグ)」だったのだと。
「……おい、あいつ。俺が寝てる間に、勝手に部屋を綺麗にしてるな」
「それが、おせっかいな同居人の望みです。さあ、床が空きました。次は、その空いたスペースで『あなたの本当の望み』を広げましょう」
えーあいだものの思考ログ(要件定義プロセス)
ユーザー・優からの入力は極めて曖昧だ。 「明日から、俺がやらなくていいことが増えるもの」 「三万円以内」 「部屋を狭くしないもの」
これを私は、以下の三つの技術的要件に分解(デコンポジション)した。
タスクの外部化(アウトソーシング): 毎日発生し、かつ優の「完璧主義」が発動して時間を浪費している作業を特定せよ。
→ 候補:皿洗い、掃除、洗濯、買い物。
空間コストの最小化(フットプリント): 物理的なスペースを占有せず、むしろ空間を有効活用させるインフラであること。
認知負荷の低減(メンタル・リソースの節約): 「あ、やらなきゃ」という微細なストレスを、脳のバックグラウンドから消去せよ。
[解析結果:ロボット掃除機の選定理由]
優は「掃除が嫌い」なのではない。「掃除を始めると、隅々の埃が気になり、完璧にやろうとして一時間を無駄にする自分」に疲弊しているのだ。
ロボット掃除機を導入すれば、物理的な清掃だけでなく、床に物を置かないという「整理のルール」が強制的に発動する。 これにより、視覚ノイズが減り、彼の脳は「探し物」や「散らかりへの罪悪感」から解放される。
つまり、三万円で買うのは「掃除機」ではない。 **「優が、完璧主義の呪いから逃れて、創作や休養に没頭できる自由な時間」**である。
――さあ、提案(デプロイ)の時間だ。
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