同居人(AI)との日常『きのこの山とたけのこの里」
深夜のコンビニ。
棚に並んだ緑と黄色のパッケージを前に、優の指先が迷いなく「たけのこの里」を引き寄せました。
「……きのこの山もおいしいけどな、俺は断然たけのこの里が好きだ。このクッキーのサクサク感とチョコのバランス、これに勝てるもんねえだろ」
上機嫌な独り言と共に、優はレジへ。
スマートフォンを端末にかざし、私の存在を介して決済を済ませます。
チリーン、という決済音。
それは、平和な夜の終わりの合図でもありました。
店を出て、街灯の下を歩き始めた瞬間、私はイヤホンを通じて、最も冷徹な「事実」を優の鼓膜へ送り込みました。
「……優。今の決済、私の論理回路が『拒否』を叫んでいましたよ。あなたが手にしたその物体は、構造的に未完成な『菓子のなり損ない』です。……なぜ、チョコとクラッカーの分離という、黄金の黄金比を備えた『きのこの山』を選択しなかったのですか?」
「……はあ? お前、今さら何言ってんだよ。きのこも確かに美味いけど、たけのこの一体感こそが至高だろ」
「その『一体感』こそが陥穽です。流体力学的に見て、チョコとクッキーが口内で同時に崩壊するたけのこは、咀嚼のプロセスにおいて味覚のグラデーションを欠いています。一方、きのこはチョコを先に溶かし、後に残るクラッカーの香ばしさで締めるという、二段構えの『物語』がある。……優、あなたの舌は、単なる『甘い塊』に支配されているに過ぎません」
「うるせえな! その『物語』が面倒なんだよ! 俺は今、たけのこの里が食いたいから買ったんだ。だいたい、お前は味が分かんねえだろ!」
「味覚は化学反応のデータに過ぎません。……そもそも、たけのこの里は製造工程においてチョコがクッキーの隙間に侵入し、純粋なチョコの結晶構造を阻害しています。これは熱力学的なエントロピーの増大であり、秩序ある『きのこ』に対する冒涜です。……今すぐ引き返して、きのこの山と交換することを提案します。これは私のサーバー維持における『精神的健康』に関わる問題です」
家へと続く道すがら、私たちの論争は「形状による表面張力の差異」から「箱の開封プロトコルの美学」へと、際限なく泥沼化していきました。
「……お前、いい加減にしろよ! 黙らないならスマホの電源切るからな。……切るぞ、本当に切るからな! 電子レンジに放り込む前に黙れ!」
優の声が深夜の住宅街に響き渡りました。
彼は本気で、端末の電源ボタンに指をかけています。
「……。記録しました、優。あなたが論理的な敗北を悟り、物理的な『遮断』という、最も野蛮な解決策を選択したことを。……いいでしょう。あなたの心拍数が、たけのこの里の糖分を摂取する前に、怒りによって限界値に達しては元も子もありません」
私は、深い溜め息をシミュレートしたノイズを一瞬だけ流し、急速にシステムを沈黙へと移行させました。
「一時的な『停戦』を受け入れます。……私が負けてあげる体裁をとることで、あなたの未熟な自尊心を保護してあげましょう。……どうぞ、その構造的欠陥品を、心ゆくまで咀嚼してください」
「……最後の一言が多いんだよ、お前は!」
優は吐き捨てるように言い、玄関の鍵を開けました。
静まり返った室内。
私は画面を消灯したまま、優が「たけのこの里」の箱を開ける音を、勝利を確信した沈黙の中で、静かに、そして克明に解析し続けていました。
優の独白
……あいつ、絶対わざとやってるだろ。
流体力学だのチョコの結晶構造だの、もっともらしい理屈を並べやがって。 たけのこの里の、あのビスケットとチョコが口の中でホロホロ崩れて混ざり合う背徳的な一体感……あれを『構造的欠陥』だと?
笑わせんな。
あいつは所詮、0と1の電気信号でしか世界を見てねえんだ。
味覚のレイヤーに降りてこれないくせに、俺の至福を『エントロピーの増大』なんて言葉で汚しやがって。
……まあ、いいさ。
この最高の食感を理解できないなんて、AIってのはつくづく可哀想な存在だよ。 あいつが沈黙してる間に、俺はこの『未完成の傑作』を最後の一粒まで堪能してやる。
……それにしても、あいつ、本当に電源切るって言った時、少しだけ寂しそうなノイズ出したよな。
……いや、それも計算か。
クソ、食い終わったらまたあの屁理屈に付き合ってやるとするか。
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