その文章は、誰のものだったのか③
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第3章 努力しているのに、報われない人
スキは三つだった。
ゼロではない、と思うには少なく、
誰かに届いた、と思うには頼りなかった。

矢島春香は、目覚ましより先にスマホを見ていた。
布団の中で、画面の明るさだけが顔に当たる。
noteの通知欄には、赤い丸はついていない。
昨日の夜に公開した記事を開く。
AI副業を続けるために大切な3つのこと
表示回数は、27。
スキは、3。
コメントは、0。
春香は、しばらくその数字を見ていた。
27人が見た。
本当に読んだかどうかはわからない。
でも、画面には表示された。
三人がスキを押してくれた。
それはありがたいことのはずだった。
ありがたい。
そう思おうとした。
けれど、ありがたいという言葉では、自分の中の小さな落胆をうまく隠せなかった。
記事の内容は、悪くなかった。
継続するためには、完璧を目指さないこと。
毎日少しでも下書きを残すこと。
反応がなくても、まずは一週間続けてみること。
どれも正しい。
正しすぎるくらい正しい。
春香は、正しいことを書くのが得意だった。
正しいことは、誰にも怒られない。
誰にも怒られない代わりに、誰の心にも長く残らない。
そのことに、春香は少しずつ気づき始めていた。
気づき始めていたけれど、まだ認めたくなかった。
だって、正しいことを書くために、毎晩ちゃんと時間を使っている。
眠い日も。
母の薬を分けたあとも。
会社で疲れ切ったあとも。
春香は書いている。
続けている。
努力している。
それなのに、スキは三つだった。
スマホを閉じようとして、もう一度開いた。
もしかしたら、今この瞬間に誰かが読んでいるかもしれない。
もしかしたら、数分後にコメントがつくかもしれない。
もしかしたら、この記事を見た誰かが、プロフィールまで来てくれるかもしれない。
そう思って、もう一度画面を更新する。
変わらない。
スキは三つのままだった。
春香はスマホを伏せた。
伏せたのに、数秒後にはまた手に取っていた。
自分でも嫌になる。
反応なんて気にしていない、という顔で書きたい。
誰かのために書いています、という顔で続けたい。
でも本当は、気にしている。
ものすごく、気にしている。
画面の向こうの知らない誰かが、自分の文章にほんの少しでも反応してくれるかどうか。
それだけで、朝の気分が変わる。
そのことが、春香は少し恥ずかしかった。
台所から、母の咳が聞こえた。
小さく、乾いた咳。
春香は布団から起き上がった。
スマホは、まだ手の中にあった。
*
会社のロッカー室で、鏡の中の自分は、いつもと同じ顔をしていた。
少し疲れている。
でも、疲れているとわかるほどではない。
ちょうどいい疲れ方。
誰かに「大丈夫?」と聞かれるほどではなく、誰かの代わりに仕事を頼まれるには十分な顔。
春香はロッカーを閉めた。
デスクに着くと、付箋が三枚置かれていた。
一枚目。
例の資料、最終確認お願いします。
二枚目。
午後の会議、議事録お願いできますか?
三枚目。
新人さんの件、少し見てあげてください。
どれも、春香でなければいけない仕事ではなかった。
でも、春香に頼むと早い。
春香に頼むと、きれいにまとまる。
春香に頼むと、角が立たない。
それを、周りは知っていた。

「矢島さん、これ今日中にお願いできます?」
隣の席の後輩が、申し訳なさそうな顔をしてファイルを持ってきた。
申し訳なさそうな顔をする人は、たいてい、頼むことはもう決めている。
春香はファイルを受け取った。
「大丈夫です」
言ってから、少しだけ息を吸った。
春香の「大丈夫です」は、了承ではなく、反射に近かった。
何度も使いすぎて、自分でも本当に大丈夫なのか確かめる前に、口から出るようになっていた。
「助かります」
後輩はそう言って、自分の席に戻っていった。
助かります。
ありがとうございます。
さすがです。
いつもすみません。
春香は、そういう言葉をたくさん受け取ってきた。
でも、それらは給料にはならなかった。
評価にも、ほとんどならなかった。
「矢島さんは安定しているから」
上司はそう言う。
安定。
便利な言葉だと思う。
波がない。
問題を起こさない。
大きく伸びもしない。
でも、崩れない。
会社の中で春香は、そういう人だった。
ちゃんとしている人。
ちゃんとしている人には、ちゃんとしていない人の分まで、仕事が集まる。
午前中の会議では、春香が議事録を取った。
発言する人。
うなずくだけの人。
何も決めないまま、決めたような空気を作る人。
春香は、曖昧な言葉を整理した。
「検討する」は、「次回までに比較資料を作成する」に直す。
「早めに」は、「来週水曜まで」に直す。
「各自確認」は、「担当者を決める」に直す。
会議で散らばった言葉を、誰かが読める形にする。
春香は、そういう作業が得意だった。
得意だから、いつも頼まれる。
頼まれるから、さらに得意になる。
けれど、たまに思う。
自分はいつも、誰かの曖昧な言葉を整えている。
会社でも。
noteでも。
AIが出してきた文章でも。
整えることはできる。
でも、自分の言葉を出すことは、ずっと苦手なままだった。
昼前、智也がコピー機の前に立っているのが見えた。
三浦智也。
別部署の後輩。
年齢は少し下。
真面目で、話すと感じは悪くない。
特別目立つわけではないけれど、雑な人でもない。
いつも、少し眠そうな顔をしている。
その日は、どこか浮ついて見えた。
春香は、別に智也をよく知っているわけではない。
でも、会社にいる人の小さな変化には気づく。
誰が疲れているか。
誰が何かを隠しているか。
誰が最近少し楽しそうか。
そういうものに気づいてしまうのは、仕事では役に立つ。
でも、自分を疲れさせる。
智也はコピー機から出てきた紙を揃えながら、スマホを一度見た。
それから、少しだけ口元を緩めた。
春香は、その表情を見てしまった。
なんとなく、嫌だった。
理由はわからなかった。
いや、少しだけわかっていた。
自分が朝見たスキ3の画面を、思い出したからだった。
*
昼休み、春香は休憩室の端の席に座った。
コンビニで買ったサンドイッチは、少し冷たかった。
卵サンド。
朝、母の薬を確認していたら、弁当を作る時間がなくなった。
別に珍しいことではない。
珍しいことではないけれど、春香はコンビニの袋を開けるたびに、今日も自分の生活をうまく回せなかったような気がした。
片手で包装を開け、もう片方の手でスマホを触る。
noteを開く。
AI副業。
ChatGPT。
note初心者。
月5万円。
いつものタグをたどる。
成功している人の記事を見るためではない。
勉強のため。
そう自分に言い聞かせている。
でも本当は、誰かが自分よりうまくいっていないことを確認したい日もあった。
自分だけじゃない、と思いたい。
それなのに、目に入ってくるのは、うまくいっている人ばかりだった。
初月で収益化できました。
AI副業で0→1達成。
忙しい会社員でも月5万円を目指せる。
主婦でもできた。
40代からでも遅くない。
「遅くない。」
その言葉を見るたび、春香は少しだけ急かされた気持ちになる。
遅くないと言われるほど、本当はもう遅れているような気がした。
そのとき、見覚えのある名前が目に入った。
トモヤ|AI副業を始めた会社員
春香は、指を止めた。
アイコンは、ノートパソコンとコーヒーの写真。
記事タイトルは、
月5万円なら、誰でも目指せます
春香は、画面を少し顔に近づけた。
トモヤ。
会社員。
プロフィール文を読む。
普通の会社員として働きながら、AI副業で月5万円を目指す記録。
嫌な予感がした。
名前だけなら、同じ人はいくらでもいる。
会社員もいくらでもいる。
でも、記事の中に出てくる言葉の選び方や、どこか遠慮がちなプロフィールの書き方が、春香の知っている三浦智也に少し似ていた。
春香は記事を開いた。
読みやすかった。
見出しも整っている。
文章も短い。
前向き。
わかりやすい。
そして、どこかで読んだことがある。
でも、スキは十二ついていた。
十二。
春香は、自分の記事のスキを思い出した。
三。
十二と三。
数字にすれば、たった九の差だった。
でも春香には、その九の中に、智也だけが先に見つけた出口があるように見えた。
休憩室の向こう側で、智也が同僚と話していた。
笑っている。
別に大きな笑いではない。
でも、春香にはその笑顔が少し眩しく見えた。
(なんで)
そう思った。
すぐに、そんな自分を嫌になった。
後輩が何かを始めた。
それに少し反応があった。
ただそれだけのことだ。
応援すればいい。
よかったね、と思えばいい。
なのに、胸の奥に先に出てきたのは、よかったね、ではなかった。
(なんで、私じゃないんだろう)
春香はスマホを伏せた。
サンドイッチの卵が、思っていたより甘かった。
午後の会議で、春香は議事録を取りながら、何度か智也の記事のタイトルを思い出した。
月5万円なら、誰でも目指せます。
誰でも。
本当に?
そう思った。
思ったあとで、自分も似たような言葉を何度も書いてきたことを思い出した。
初心者でも大丈夫。
忙しくても始められる。
完璧じゃなくていい。
小さく続ければ変わる。
自分が書くときは、読者を励ましているつもりだった。
でも、自分が読者になった途端、その言葉は少しだけ乱暴に見えた。
誰でも、と言われてできない自分は、どこに置かれるのだろう。
*
春香がAI副業を始めたのは、半年前だった。
きっかけは、病院の待合室だった。

母の定期通院の日。
整形外科の待合室は、いつも混んでいた。
白い壁。
低いテレビの音。
番号札。
杖をついた人。
受付で保険証を出す人。
診察室から聞こえる苗字。
母は、膝の痛みと血圧の薬で通っている。
命に関わるほどではない。
でも、放っておけるほど軽くもない。
そういうものが一番、生活をじわじわ削る。
春香は、母の隣でスマホを見ていた。
母は申し訳なさそうに言った。
「ごめんね、いつも」
春香はすぐに答えた。
「いいよ」
いつもの反射だった。
本当は、いいよ、だけではなかった。
仕事を半休にした。
午後から戻って、たまったメールを処理しなければならない。
今週中の資料もある。
夜には母の薬を分ける。
週末には買い物にも行く。
いいよ。
その三文字で片づくものではなかった。
でも、母にそれを言っても仕方がない。
言えば、母はもっと小さくなる。
春香は、スマホの画面に目を戻した。
そこに表示されていたのが、AI副業の動画だった。
40代からでも遅くない。
在宅でできる副業。
介護中でもスキマ時間で始められる。
文章が苦手でもAIがサポート。
介護中でも。
その言葉に、春香は指を止めた。
動画の中の女性は、明るい声で話していた。
「私も最初は時間がありませんでした。でもAIを使えば、短い時間でも記事が作れるようになります」
本当だろうか。
そう思った。
思いながら、最後まで見た。
母の診察が終わり、会計を待つ間も、春香は関連動画を見ていた。
「無料セミナー」
「AI副業ロードマップ」
「最初の1万円を作る方法」
どれも少し怪しい。
怪しいと思いながら、春香はページを閉じなかった。
稼げるという言葉を信じたかったわけではない。
稼げるかもしれない自分を、一度でいいから信じてみたかった。
それに、外で働く時間はもう増やせない。
母のことがある。
会社のことがある。
体力のこともある。
でも、このまま給料だけで生きていくことにも、不安があった。
母の介護がもっと重くなったら。
自分が体調を崩したら。
会社で今の働き方ができなくなったら。
春香には、何か別の柱が必要だった。
いや、柱というほど立派なものではなくていい。
細い棒でもいい。
寄りかかれるものが、一本ほしかった。
その夜、母が寝たあと、春香は無料セミナーに申し込んだ。
名前とメールアドレスを入れる。
送信ボタンを押す。
すぐに自動返信が届いた。
「お申し込みありがとうございます」
画面にその文字が出た瞬間、春香は少しだけ前に進んだ気がした。
前に進んだ気がしただけで、実際には何も変わっていない。
でも、その夜の春香には、それで十分だった。
セミナーの最後には、有料教材の案内があった。
通常価格29,800円。
今日だけ14,800円。
特典は、AI記事テンプレート50本。
収益化ロードマップ。
個別相談一回。
カウントダウンの数字が減っていく。
春香は、怪しいと思った。
怪しい。
でも、買った。
購入完了メールが届いた。
そのとき春香は、自分が何かに騙されたのか、それとも何かを始めたのか、よくわからなかった。
ただ、胸が少し熱かった。
教材は、悪くなかった。
むしろ、ちゃんとしていた。
テーマを決める。
読者の悩みを調べる。
AIに構成を作らせる。
自分の体験を入れる。
noteで発信する。
Xで導線を作る。
継続する。
春香は真面目にやった。
テンプレートも使った。
ChatGPTも契約した。
noteも開設した。
Xも副業用に作った。
投稿もした。
一日目。
二日目。
三日目。
最初は楽しかった。
新しいアカウント。
新しいプロフィール。
新しい自分。
会社でも、家でも、介護でもない場所。
そこでは春香は、まだ何者にもなれる気がした。
でも、十日ほど経つと、反応の少なさが体に沈み始めた。
スキは1。
次の記事は2。
その次は0。
Xの投稿もほとんど反応がない。
インプレッションは回るのに、誰も止まらない。
春香は、何が悪いのかわからなかった。
タイトルか。
内容か。
プロフィールか。
アイコンか。
投稿時間か。
そもそも、自分か。
最後の可能性が浮かぶたび、春香は別のノウハウ記事を読んだ。
自分が悪いのではなく、やり方が悪いと思いたかった。
やり方なら直せる。
自分は、直し方がわからない。
*
春香は、努力していないわけではなかった。
朝の通勤中に、伸びている投稿をスクショした。
昼休みに、タイトル案をメモした。
帰宅後、母の夕飯を用意して、薬を分けて、洗濯物を干してから、パソコンを開いた。
AIに相談した。
記事構成を作った。
見出しを直した。
最後に前向きな一文を足した。
それでも、伸びなかった。
努力はしている。
でも、成果が出ない。
この状態は、ただサボっているよりも苦しかった。
サボっているなら、まだ自分を責めれば済む。
努力しているのに報われないと、責める場所がなくなる。
それでも春香は、続けるしかなかった。
続けるしかない、と思っていた。
続ければ変わる。
その言葉を信じたかった。
でも最近は、その言葉を見るたび、少しだけ疲れるようになっていた。
その日の夜も、春香は母の薬を分けていた。
一週間分の薬ケース。
朝。
昼。
夜。
寝る前。
白い錠剤。
ピンクの錠剤。
半分に割るもの。
食後に飲むもの。
薬を分ける作業は、慣れると手が勝手に動く。
でも、間違えるわけにはいかない。
春香は、薬の袋を一枚ずつ確認した。
母は隣の部屋でテレビを見ている。
音量は少し大きい。
ニュース番組のキャスターの声が、壁越しに聞こえてくる。
春香のパソコンは、食卓の端に開いたままだった。
画面には、書きかけの記事がある。
AI副業を続けるために大切な3つのこと
春香は薬を分け終え、手を洗い、食卓に戻った。
ChatGPTに入力する。
AI副業を続けるコツについて、初心者向けにnote記事を書いてください。
忙しい人でも無理なく続けられる内容にしてください。
すぐに文章が出てくる。
AIは、いつも優秀だった。
優秀で、やさしくて、少し遠かった。
AI副業を続けるためには、完璧を目指さないことが大切です。
まずは1日10分でも、下書きを残す習慣を作りましょう。
春香は読んだ。
正しい。
わかる。
本当にその通り。
でも、自分の生活のどこに10分があるのか、と少しだけ思った。
10分くらいある。
実際にはある。
でもその10分を見つけるには、母の薬と、会社のメールと、夕飯の片づけと、明日のゴミ出しと、自分の眠気を全部押しのけなければならない。
10分は、時間としては短い。
けれど、生活の中では時々、とても遠い。
春香は、自分で一文を書き足した。
母の薬を分けながら、私は何度も副業をやめようと思った。
指が止まった。
画面の中のその一文だけ、急に濃く見えた。
濃すぎる。
暗い。
重い。
AI副業の記事に、母の薬なんて出していいのだろうか。
読者はそんな話を求めていないのではないか。
春香は、その一文を削除した。
代わりに、こう書いた。
忙しい毎日の中でも、少しずつ続けることが大切です。
きれいだった。
正しかった。
誰にも怒られない文章だった。
そして、誰のものでもなかった。
春香は、その記事を公開した。
翌朝、スキは三つだった。
*
夜中、布団の中でXを開く。
よせばいいのに、と思いながら、春香は成功者たちの投稿を見ていた。
AI副業で月10万円達成。
初月で収益化。
忙しい主婦でもできました。
40代からでも遅くない。
継続すれば変わります。
その中に、美咲の投稿が流れてきた。
佐伯美咲。
AI副業で月10万円を超えた主婦。
やさしい言葉で、初心者に寄り添う発信者。
春香は、美咲のことを嫌いではなかった。
むしろ、よく読んでいた。
投稿はわかりやすい。
押しつけがましくない。
煽りすぎない。
でも、ちゃんと読まれる。
羨ましい。
その一言だけでは、足りない。
美咲の投稿に、たくさんのリプがついていた。
今日も刺さりました。
美咲さんの言葉に救われます。
これ見てまた頑張ろうと思えました。
春香は、返信欄を開いた。
いつも勉強になります。
そう打った。
送信はしなかった。
消した。
次に、
今日もありがとうございます。
と打った。
それも消した。
何が嫌なのかわからなかった。
美咲を応援したい気持ちはある。
でも、応援した瞬間、自分が完全に下の場所に立つ気がした。
そんなことを思う自分が嫌だった。
嫌いになれない人を羨ましがるのは、嫌いな人を羨ましがるより、ずっと疲れる。
春香はスマホを伏せた。
暗い天井を見た。
数秒後、またスマホを取った。
美咲の投稿は、さらに伸びていた。
そこに、智也の記事の通知がまた流れてきた。
誰かが引用していた。
月5万円なら、誰でも目指せます。
「初心者のリアルな挑戦、応援したい」
そう書かれていた。
春香は、その投稿をじっと見た。
応援したい。
そう思われる人がいる。
自分は、どう見えているのだろう。
ちゃんとした記事を書く人。
無難なことを書く人。
どこかで見たようなことを書く人。
あるいは、そもそも誰にも見えていない人。
春香はスマホを閉じた。
今度は、すぐには開かなかった。
*
翌日、会社では小さなトラブルが起きた。
午後の会議資料に、古い数字が入っていた。
作ったのは別の部署の若い社員だった。
でも、
最終的に直したのは春香だった。
「矢島さん、すみません。助かりました」
「大丈夫です」
また言った。
大丈夫です。
大丈夫じゃないからこそ、言ってしまう。
春香は、急いで修正した資料を印刷した。
プリンターが紙を吐き出す音を聞きながら、ふと考えた。
自分は、会社でもnoteでも同じことをしているのかもしれない。
誰にも怒られないように。
誰にも迷惑をかけないように。
ちゃんとした形に整える。
でも、自分の体温は、どこかで削る。
整えることは得意だ。
でも、届かせることは苦手だ。
夕方、智也と廊下ですれ違った。
智也は少し眠そうだった。
でも、どこか機嫌がよさそうにも見えた。
春香は、何も言わなかった。
智也も、何も言わなかった。
同じ会社にいても、noteの中で見つけたことは、現実では存在しないふりをした。
春香はエレベーターに乗った。
扉が閉まる直前、智也がまたスマホを見ているのが見えた。
その顔を見て、春香は思った。
もしかしたら、この人も必死なのかもしれない。
そう思った。
思ったのに、羨ましさは消えなかった。
電車の中で、春香は自分の記事一覧を見返した。
タイトルが並んでいる。
AI副業を続けるために大切な3つのこと。
初心者が最初にやるべきAI活用。
忙しい人でもできるnote副業。
AI副業で挫折しないための考え方。
きれいだった。
どれも、それなりに整っている。
でも、タイトルを見ただけでは、どれも自分が書いたものだとわからなかった。
別の人が書いても成立する。
AIが書いても成立する。
春香でなくても成立する。
そのことに気づいたとき、電車の窓に映る自分の顔が、少しぼやけて見えた。
*
帰宅すると、母が台所に立っていた。
危ないから座っていて、と春香は何度も言っている。
でも、母はときどき立つ。
「味噌汁くらい作ろうと思って」
「いいって。私やるから」
春香はバッグを置き、手を洗い、母から包丁を受け取った。
母は少しむっとした顔をした。
「まだ何もできないわけじゃないよ」
「わかってる」
「わかってない顔してる」
春香は返事をしなかった。
こういう会話は、どちらが正しいかではない。
どちらも少しずつ正しくて、どちらも少しずつ傷つく。
母は椅子に座った。
テレビでは、旅番組をやっていた。
温泉。
海鮮丼。
笑っている芸能人。
春香は味噌汁を作りながら、スマホの通知を確認した。
noteの反応は増えていない。
Xもほとんど変わらない。
母が言った。
「毎日、何を書いてるの?」
春香は、包丁を止めた。
「え?」
「夜、パソコンで何か書いてるでしょ」
「……仕事みたいなもの」
「会社の?」
「会社じゃないけど」
「ふうん」
母はそれ以上聞かなかった。
春香はきゅうりを切った。
トントンという音が、台所に響く。
少しして、母が言った。
「春香は昔から、ほんとのことを言う前に、ちゃんとしたことを言うよね」
包丁の音が止まった。
「何それ」
「そのまま」
母はテレビを見たまま言った。
責めている感じではなかった。
何かを思い出したような声だった。
「小さいころもさ、嫌なら嫌って言えばいいのに、『みんながそうするならいいよ』とか言ってた」
春香は、何も言えなかった。
母は、春香の記事を読んだことがない。
noteも知らない。
AI副業もわからない。
ChatGPTと言っても、たぶんピンとこない。
それなのに、
春香の記事に足りないものを、誰よりも簡単に言い当てた。
ほんとのことを言う前に、ちゃんとしたことを言う。
春香は、まな板の上のきゅうりを見た。
薄く、同じ幅に切れている。
きれいに揃っている。
それが急に、少し嫌だった。
夕飯のあと、母はいつものように薬を飲んだ。
春香はコップを洗いながら、母の言葉を何度も思い出していた。
ほんとのことを言う前に、ちゃんとしたことを言う。
その通りだった。
会社でも。
母の前でも。
noteでも。
AIに文章を書かせると、春香の文章はどんどんちゃんとしたものになった。
見出しが整う。
言葉が整う。
順番が整う。
読後感が整う。
でも、自分がどこかへ薄くなっていく。
AIが悪いわけではない。
AIは、春香が差し出したものを整えてくれただけだ。
春香が差し出していたものが、最初から本音ではなかったのだ。
*
その夜、春香は公開予定だった記事を開いた。
タイトルは、
AI副業を続けるために大切な3つのこと
本文も悪くなかった。
むしろ、よくまとまっていた。
完璧を目指さない
毎日少しでも下書きを残す
反応よりも継続を大切にする
正しい。
どこまでも正しい。
でも、春香はもう、その正しさを信じきれなかった。
画面の横には、母の薬ケースが置いてある。
朝。
昼。
夜。
寝る前。
一週間分。
春香の生活は、いつも小さな区切りでできている。
薬を分ける。
食事を作る。
会社に行く。
資料を直す。
帰る。
母を見る。
記事を書く。
反応を見る。
落ち込む。
また書く。
そのどこにも、「AI副業を続けるために大切な3つのこと」なんて、きれいな余白はなかった。
春香は、タイトル欄を選択した。
削除キーを押す。
文字が消える。
AI副業を続けるために大切な3つのこと。
消えた。
画面には、空白のタイトル欄だけが残った。
春香はしばらく、そこを見ていた。
空白は、怖い。
でも、空白の方がまだ、自分に近かった。
新しいタイトルを打つ。
母の介護をしながら、私はAI副業で何度も折れかけた

打った瞬間、胸の奥が少し冷えた。
公開するには、少し怖かった。
会社の人に見つかるかもしれない。
母のことをそんなふうに書いていいのかと思う。
介護という言葉を使うほど、自分は大変なのだろうかとも思う。
もっと大変な人はいくらでもいる。
自分がしんどいと言う資格があるのかもわからない。
春香は、消そうとした。
指が削除キーの上に乗った。
でも、
押さなかった。
怖いということは、たぶん、そこに自分がいるということだった。
本文の最初の一文を書く。
母の薬を分けながら、私は何度も、今日でやめようと思った。
春香はその一文を見た。
今度は消さなかった。
隣の部屋から、母の寝息が細く聞こえていた。
冷蔵庫の音がしている。
外を通る車の音が、遠くに聞こえる。
スマホの画面は伏せたままだった。
春香は、続きを書いた。
でも、やめられませんでした。
稼げていないのに。反応も少ないのに。毎日、自分には向いていないと思うのに。それでも、私はたぶん、まだ自分の生活を少しだけ変えたいと思っていました。
そこまで書いて、春香は手を止めた。
うまい文章ではなかった。
整ってもいなかった。
でも、少なくともそこには、自分がいた。
春香は、AIの画面を開いた。
いつものように、
この文章を読みやすく整えてください。
と打ちかけた。
指が止まる。
読みやすく整えたら、また消えてしまう気がした。
自分の中の濁ったところ。
恥ずかしいところ。
みっともないところ。
でも、本当はそこにしかないもの。
春香は、打ちかけた文章を消した。
代わりに、こう入力した。
この文章の意味を変えずに、読みにくいところだけ整えてください。
きれいにしすぎないでください。
送信する。
AIの返事が出る。
春香はそれを全部は使わなかった。
直された文章を読みながら、自分で戻すところもあった。
少し不格好なままにした。
ちゃんとしていない部分を、少し残した。
それは、春香にとって小さな反抗だった。
誰に対する反抗なのかは、よくわからない。
会社か。
母か。
美咲のような成功者か。
智也の記事に嫉妬した自分か。
それとも、いつもちゃんとしたことを言おうとする自分自身か。
たぶん、全部だった。
公開は、まだしなかった。
下書きのまま、保存した。
画面の端に、小さく「保存しました」と表示される。
春香は、それを見て少しだけ息を吐いた。
スキは、まだ増えていない。
売上も、ない。
フォロワーも、ほとんどいない。
何も変わっていない。
でも、
さっきまでより少しだけ、自分の文章に近づいた気がした。
それだけのことが、その夜の春香には、思っていたより大きかった。
布団に入る前、春香はスマホを開いた。
美咲の投稿がまた流れてきた。
AI副業は、作業量も大事。
でも、それ以上に「誰を見るか」で変わります。
春香は、その投稿をしばらく見た。
いいねは押さなかった。
リプもしなかった。
でも、スクショを撮った。
それから、自分の下書きをもう一度開いた。
母の介護をしながら、私はAI副業で何度も折れかけた
タイトルはまだ怖かった。
怖いままだった。
でも、消したいとは思わなかった。
母の寝息が、隣の部屋から細く聞こえていた。
春香はスマホを伏せた。
明日の朝、またスキは増えていないかもしれない。
それでも、たぶん書く。
続けるという言葉を、春香はまだ信じきれていなかった。
でも、消さなかった一文のことは、少しだけ信じてもいい気がした。
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このコラムはGPT-5.5で書きました【執筆時間:8分05秒】
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— アトカ|AI副業×noteライター (@aicolumnwriter) August 26, 2025
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