「朝飯前」と「お茶の子さいさい」
「朝飯前」には、簡単にできること、本気を出さなくてもできることといった意味がある。
では、この言葉はどうしてできたのか?
諸説あるようだ。
ひとつは「朝飯前の短い時間で片付けることができる」という意味で、簡単なことのたとえになったという説。
もうひとつは「朝飯前の空腹時でもこなせる」という意味で、簡単なことのたとえになったとする説である。
「朝飯前」は江戸時代後期から用いられ、「朝飯前の茶受け(茶漬け)」や「朝飯前の茶漬け」などのように用いられた。
「朝飯前の茶受け」は「朝飯前の空腹時であれば容易に食べられる」という意味である。
ここから「朝飯前」という言葉が生まれたという。
もうひとつの説は、朝食の前に食べる茶粥を「お茶の子」と呼ぶ地域もあることから、ここから「朝飯前」という言葉が生まれたという。
こうみてくると、「朝飯前」の語源は「空腹時でもこなせる」の意味だと考えたほうが、私的にはなんとなくしっくりくる。
というのも、日本人が1日に3食とるようになったのは江戸時代に入ってしばらくしてからで、それまでは、朝と晩の1日2食だったからだ。
昔は電気がなかったからみんな早く寝た。
1日のうち起きている時間が短かったのではないかと思う。
それで1日2食でもどうにかなったのだろう。
それでも1日2食ではきつかった人が多かったのではないか。
それで、朝起きるとひどい空腹を感じる人が多かったように思う。
そんな空腹のときでも容易にできるようなことを「朝飯前」と言ったと考えたほうが、やはり当たっている気がする。
「お茶の子」という言葉が出たのでついでに書くと、「お茶の子さいさい」も「朝飯前」と似たような意味で使われる。
これはどうしてだろうか?
「お茶の子」は、前述したように「朝食の前に食べる茶粥」のことを指すこともあり、また「お茶と一緒に出される茶菓子」を指すこともある。
どちらにしても、空腹時に食べるには物足りないものである。
「さいさい」とは俗謡の「のん子さいさい」という歌詞をもじった言葉らしい。
「よいよい」や「おいおい」といった囃し言葉のようなものなのだそうだ。
つまり「お茶の子さいさい」とは、「簡単に準備ができて、ほらいいよねー」といった意味になると思われる。
「朝飯前」の意味とさほど変わらない。
江戸っ子は、朝起きるとよく散歩したらしい。
特に長屋のオーナーがよく散歩した。
腹が空いていても、ご近所さんに挨拶したり、自分の長屋の様子を見たり…。
そんな習慣があったので、「朝飯前によくやるよ」と言われるようになり、そこから「空腹のようなときでも容易にできること」という意味で「朝飯前」という言葉が生まれたのではなかろうか。
ちなみに江戸っ子は、散歩した後に朝食をとり、午前中は自分の「仕事」に励んだ。

「え、ハンドン(午前終わり)だったの?」と思うだろうが、どうもそういう人が多かったようだ。
では、昼からは何をしていたのか?
多くの人は、他人のためになることをしていたという説がある。
今でいえばボランティアである。
「はたらき」とは、「傍(はた)を 楽(らく)する」ことで、傍(他者)の負担を楽に(軽く)することを指す。
「働く」は今では仕事をすることだが、昔はボランティア的な意味だったらしいのだ。
それがどうして「仕事をする」という意味になったのかはわからない。
「はたらき」が終わる夕方からは何をしていたかというと、「遊び」なのだそうだ。
「明日も元気に働くぞ」と備える「明日備(あすび)」の時間だったという。
この「あすび」が「あそび」になったらしい。
ちょっと怪しいなと思うが、本当なら「へえー」である。
