【小説】キャットウォークの道標(みちしるべ)~おかあはいつもちょっと大変2~ 第2話
第2話
「動物探しって、僕、初めてです」
融はハンドソープを泡立て、手をこすり合わせた。草をかき分けた時に手首についた土を丁寧に洗い流す。
「福蔵さん、これまで動物探しの依頼ってあったんですか」
既に手洗いを終えた福蔵は、電気ケトルでお湯を沸かし始めていた。
「一度だけな。探偵事務所に持ち込まれる案件としてはレアな方だ」
「へえ、そうなんですね」
「その中でも、野良猫を探して欲しいだなんて依頼は特にレアだろうな」
福蔵の言葉に、融が苦笑して頷く。確かに、わざわざお金を出して野良猫を探そうとする人などいないだろう。
依頼を受け、女性と共にいつも野良猫に餌をあげているという現場へ向かった。
国道沿いの植え込みには、たくさんの車が行き交う様子を覆い隠し、同時に騒音も吸収する役目がある。近所に住んでいる人以外に通りかかる人はほとんどなく、そのため野良猫が住み着くにはちょうどよさそうだった。
しかし、そこに残されていた餌の入った容器は、手がつけられた形跡がなかった。
「やっぱり、戻っていないみたい」
女性がため息をついた。植え込みの奥に向かって、「ミーちゃん」と声をかける。
「いつもなら、足音だけでわたしだってわかるから、近づいていくとミーちゃんの方から呼んでくるんですよ」
女性はそう言うと、ポケットの中から細長いチューブを取り出した。封を切り、クリーム状の猫用おやつを、カリカリの餌が入った容器の上にそっと絞り出す。
「これね、ミーちゃんが一番好きなやつ」
そう言って、女性は寂しげな顔のまま、わずかに口の端を持ち上げた──。
ティーポットを温めたお湯を捨て、福蔵が茶葉を入れた。沸騰したお湯を注ぐ。砂時計がさらさらとこぼれ落ちる間、透明なポッドの中で茶葉が躍っているかのように浮き沈みをする。
福蔵は地図を広げて、女性の餌やり場に印を付けた。続いて、今日歩き回った場所を丸で囲む。
「ちなみに福蔵さん、猫は好きですか?」
融の問いに、福蔵が眉を上げた。鋭い目を融に向ける。
「何故だ」
「あ、あの、福蔵さんが動物を可愛がっている姿が想像できなくて……」
思わず首をすくめる。福蔵は鼻を鳴らすと、
「理屈の通じない相手と接することは時間の無駄だ」
そう言って、地図に再び目を落とした。
「つまり、嫌いってことですよね……?」
砂時計が最後の砂を落とした時、福蔵がふと顔を上げた。
「『善く人を救う者は、人を棄つること無し』」
「え?」
融が目を丸くする。
「なんですか、それ」
「老子だよ」
「どういう意味ですか」
「それは自分で調べることだ」
ティーポッドを手に取り、福蔵が紅茶をカップに注いだ。片方を融の前に差し出す。
「……でも、野良猫なんて、一体どうやって探せばいいんでしょうね」
熱い紅茶をそっとすすりながら融が呟いた。失踪したのが人間であれば、行方不明になる前の消息を辿りながら有力な情報を集める。けれども猫は──しかもどこをねぐらにしていたのかもわからない野良猫となると、一体どうやって調べればいいのか。
「猫の顔は覚えられないのか」
福蔵が片方の口の端をひねり上げ、からかうように言った。
「いえ、猫も覚えられますけど……」
融はぼそぼそと呟いた。実際に、目と鼻と口があれば大抵の顔は覚えてしまう。相手が猫でも、他の動物でも同じだ。
「この前のトレーニングはどうだったんだ」
福蔵に水を向けられ、融はつい先日、福蔵の旧知の仲である石動という男と共に不思議なトレーニングをした時のことを思い浮かべた。
