見出し画像

【小説】キャットウォークの道標(みちしるべ)~おかあはいつもちょっと大変2~ 第5話

   第5話

「いつもはこの辺りにいるんです」

 言いながら、アイが街路樹の裏をのぞき込んだ。

「毎日通るたびにいるので、こんにちはって声をかけていたら、反対にわたしたちが来ると嬉しそうに鳴くようになって。それが可愛くて、餌をあげるようになったんです」

 川沿いの遊歩道に夕方の風が吹き抜ける。犬を連れて歩いている人が目立った。

「この時間になると、ワンちゃんのお散歩をする人が多いみたいですね」

 そう言って首を振る。アイがいつもリンを自転車の後ろに乗せてこの場所を通りかかるのは、平日の午後三時くらいだそうだ。

「でも……金曜日にはいなかったです」

 アイが記憶を取り戻そうとするように、視線を宙にさまよわせた。

「ノアちゃんいないねって、二人で探したんです」

 アイの隣で、リンも大きく頷く。

『一昨日の夜からいない』

 昨日の依頼者はそう言っていた。二日前の午後に姿が見えなかったという二人の証言とも齟齬がない。

「アイさんが餌をあげているのは、この猫でしょうか?」

 融の連絡を受けて合流した福蔵が、依頼者の女性が描いた絵をカラーコピーしたものを差し出した。

『写真はねえ、あの子のは、撮ってないんですよね……』

 依頼者の女性は、絵に自信がなさそうな様子でペンを握っていた。その横で、スマホの待ち受け画面には、飼い猫らしきたくさんの猫たちの画像が映し出されていた──。

「みせて」

 リンが横から両手を伸ばす。福蔵が絵を渡すと、

「ううん、ノアちゃん、こんなじゃない」

 と言って首を振る。

「ちょっと失礼します」

 アイが絵を受け取った。首をかしげる。

「似ているといえば、似ていますけど……」

「これは記憶で描かれたものなので、正確ではないかもしれません」

 考え込んでしまったアイの後ろで、福蔵が補足する。

「逆に、アイさんやリンちゃんが餌をあげていた猫の特徴を教えていただいてもいいですか」

 アイは両手で頬を挟むようにじっと考え込むと、

「どうでしょう……わたしたちも、猫ちゃんの写真を撮ったことはないです」

 そう言って首を振る。

 融は依頼者の描いた絵を眺めた。耳は黒で、鼻の横に黒い点がある。身体は白と黒が混ざっている。

 どこにいてもおかしくないような普通の猫に見えた。目立つ特徴はない。

「リン、かけるよ!」

 突然、甲高い声が響いた。福蔵、融、アイの目がリンに集まる。

「本当?」

「うん、だってリン、ほいくえんで、ノアちゃんの絵、かいてるもん」

 そう言って、リンが胸を張った。融が振り返ると、福蔵は黙って胸ポケットからペンを一本取りだし、リンに渡した。リンがベンチの上で猫の絵を裏返す。

「ノアちゃんはね、もっとかわいいんだよ」

 言いながら、猫の絵を描いていく。融の目には、さっき描かれていた猫との違いがわからない。

「あとね、ノアちゃんはてぶくろをしてるの」

 リンは描いた猫の前足の先を黒く塗った。

「それと、せなかにハートがあるの」

 ハートを描き入れ、それも黒く塗りつぶす。

「なるほど……」

 福蔵がスマホを取り出し、操作しながら数歩離れた。電話をしているようだ。

「リンちゃん、貴重な証言をありがとう」

 戻ってきた福蔵がそう言いながら手のひらを向けた。リンの小さな手と、パチンと音を立てて打ち鳴らす。

「依頼者に確認したところ、前足の先が黒かったかどうかはうろ覚えだが、背中にハートのような形の斑点があったことは、言われたら思い出したそうだ」

「じゃあ、アイさんとリンちゃんが可愛がっていたノアちゃんは、僕たちが探している猫で間違いないんですね」

「おそらくそうだろう」

 融が飛び上がる。アイが感嘆のため息をついた。

「どうやらノアちゃんは、リンちゃんとアイさんと依頼者の、少なくとも三人から餌をもらっていたようだ」

 福蔵の言葉に、アイとリンが顔を見合わせてにっこり笑った。

「ということは」

 融が背筋をぴんと伸ばした。

「ひょっとしたら、他にもノアちゃんに餌をあげていた人がいるかもしれませんね」

 融の言葉に、アイが驚いたように口に手を当てる。福蔵は頷くと、

「もしそれを見つけることができたら、ノアちゃんの居場所がわかるかもしれない」

 依頼者の女性が住む、通りの向こうに目を向けて呟いた。

いいなと思ったら応援しよう!