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ふぞろいのAIたち | note大学 AI音楽コラボ部 |

🎶12月企画イベント│声と映像がつながる瞬間 ― MVという物語のはじまり


記憶の中の「ふぞろいの林檎たち」

1983年のテレビドラマ『ふぞろいの林檎たち』。

中井貴一、時任三郎、柳沢慎吾、手塚さとみ、石原真理子、中島唱子。

彼らが演じた、等身大で、どこか不器用な若者たちの群像劇は、今でも昨日のことのように私の記憶に焼き付いています。

人気ドラマゆえにシリーズ4まで続きましたが、私は就職、結婚、子育て、仕事に翻弄され、リアルタイムで追いかけられたのはシリーズ1だけでした。

けれど、その「1」の記憶だけで十分なほど、彼らは私たちと同じ時代の空気を吸い、同じ悩みを抱えていました。


AIとの「ふぞろい」なセッション

このドラマへの想いを込めて、AIと共に「ふぞろいのAIたち」という楽曲を作りました。

そして、ようやくそれを動画にすることができました。

当初の私のプランは明確でした。

「杉山清貴さんのような、爽やかな夏の風を感じさせるボーカルで」

あの頃の私たちは、海に憧れ、夏に焦がれていました。だからこそ、杉山清貴&オメガトライブのような、突き抜けるような青空と海が似合う声をイメージして、AI音楽生成ツール「Suno」に指示を出しました。

しかし、AIはなかなか首を縦に振りません。

何度生成しても、「これだ!」という男性ボーカルが出てこないのです。


誤算か、あるいは「歴史の修正」か

試行錯誤を繰り返すうち、ふと頭に流れてきた一つのテイクに記憶を奪われました。

それは男性ではなく、女性ボーカルでした。アンニュイで、都会的で、少し影のある歌声。

「亜蘭知子さん」

私の頭の中に浮かんだのは、80年代シティポップの、亜蘭知子さんの姿でした。

「杉山清貴さん(夏の海)」を求めていたはずが、AIが連れてきたのは「亜蘭知子さん(都会の夜)」だったのです。

私は思いました。私の「青春」は、本当にあの頃のような「爽やかな夏」だけだったろうか?

むしろ、就職や将来への不安、思い通りにならない焦燥感といった「真夜中の憂鬱」こそが、あの頃のリアルだったのではないか?

AIは、私が無意識に「記憶の修正」をしようとしていた青春のイメージを剥ぎ取り、本当はこっちの『湿度』が正解なんじゃないですか?と、提示してきたのかもしれません。


記憶のフィルターを超えて

青春時代を懐かしむとき、私たちは苦楽をひっくるめて、それを美しく「修正」してしまいがちです。

それは、大人が生きていくために必要な「心のフィルター」なのかもしれません。

しかし、今回suno AIが出してきた「亜蘭知子さん風」のサウンドは、そのフィルターを通す前の、「時代の空気」を、予期せぬ形で蘇らせてくれました。

当初の予定とは違う、けれど、妙に腑に落ちる「ふぞろいのAIたち」。

杉山清貴さんにはなれなかったけれど、亜蘭知子さんが降りてきたこの曲を、動画にしました。

皆さんの記憶の中の「1980年代」と重ね合わせながら、聴いて聞いていただければ。生まれていない方は、生まれる前の記憶で。



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生成AIに試行錯誤 ありがとうございます‼️