見出し画像

2時の封筒|ショートショート【ノックの音が】


ノックの音がした。
それは、午前2時を少し回ったころだった。 この時間に訪ねてくる者などいない。
警戒しながらドアスコープを覗くと、誰もいない。
だが、玄関の足元に、一通の封筒が置かれていた。

中には、古びた白黒写真が1枚。
写っていたのは、幼い子どもと…私だった。 笑っている。だが、見覚えはない。写真の隅には、薄く白い包帯のようなものが写り込んでいた。
裏には「次は3時、裏口で」とだけ書かれていた。

胸騒ぎを覚えながら、私は裏口へ向かった。
ぴったり3時に、またノックの音がした。 扉を開けると、やはり誰もいない。
だがそこには、さらに古びた写真とメモ。

《過去を忘れた者に、未来はない》

今度の写真には、病院らしき場所で、眠る老婆と手を握る若い男。 またしても私だ。見覚えは、ない。

翌朝、地元の図書館で写真の背景に映る看板を手がかりに、病院の名前を突き止めた。 そこは10年前に閉院した精神科施設だった。
記録室で患者リストを見せてもらうと、「田中綾子」という名に目が止まる。 備考欄には「家族:息子・田中誠」とあった。

誠――それは、私の名前だ。
だが、私はずっと独りだった。 施設の記録によれば、綾子は重度の障害を負い、その治療のために長期入院していた。
息子は毎日欠かさず見舞いに訪れていたという。 だが、ある日を境に、彼女の記録は途絶えていた。記録室の片隅には、一枚の紙切れが残されていた。
"記憶を、返してもらう"とだけ書かれていた。


その夜、またノックの音がした。
今度は、玄関にも裏口にも姿はなかった。 代わりに、鏡の中に――母の面影があった。 私の背後から、包帯だらけの白い腕が伸びてきた。

「見ないで……忘れてしまったから」


私の口から、母と同じ声が響いた。鏡の中の私は、白目を剥き、不気味に笑っていた。

包帯の腕は、私の首に絡みつく。
痛みはなかった。 息苦しさも、なかった。

ただ、視界が、真っ白に染まっていく。 そして、記憶が、ゆっくりと消え去っていく。


私は、何者でもなくなった。
部屋の隅に、一通の封筒が落ちている。

中には、古びた白黒写真が1枚。
写っていたのは、幼い子どもと、見覚えのない男だった。 笑っている。

裏には「次は2時、玄関で」とだけ書かれていた。

どこか遠くで、再びノックの音がした気がした。
それは、まだ“誰か”が、この記憶を受け取る番であることを告げる合図のようだった。
その音を、誰かがまた、今夜どこかで聞いている。


毎日暑いですね💦
夏っぽく、ミステリーホラー風の作品に仕上げてみました。たまにはこう言うのもいかがでしょうか。

#星新一 #ショートショート #ノックの音が #ミステリー #ホラー


いいなと思ったら応援しよう!

ナオユキ|物語と知識のコンシェルジュ もしこの記事が少しでも役に立ったり、楽しんでいただけたりしたら、チップをいただけるととても嬉しいです! いただいたチップは、今後のより良いコンテンツ制作のための書籍代📚とnote購入🗒️、他の方へのチップ代💰に使わせていただきます。 いつも応援ありがとうございます!