午後三時の深海魚|冬の海に溶ける記憶【OASOBI企画】
🖋 作品:『午後三時の深海魚』
古いホテルのラウンジの奥で、僕は一人でお酒を飲んでいた。
名前のよくわからない、琥珀色の強い液体だ。舌の上で甘さと苦さがほどけ、喉の奥にだけ重さが残る。
窓の外には冬の海が広がっている。
鉛色の波は、まるで誰かの不機嫌な沈黙のように、ゆっくりと、確実に岸へ寄せては返していた。
空からは風花が舞い落ちる。現実と非現実の境界を薄くする、白い膜。
視界の端で、外の世界が少しだけ遠ざかる。
ラウンジのさらに奥、暖炉の熱が届かない場所に水槽があった。
照明は落とされ、水は暗い。そこに深海魚が一匹、影のように漂っている。
ときおり、腹のあたりが淡く光った。
まるで「ここにいる」とだけ告げて、すぐに黙り込む合図のように。
テーブルの上には、壊れた時計と、小さなクマちゃんのキーホルダーが並んでいる。
時計の針は永遠に午後三時を指したままだ。
クマちゃんの片方の耳が少し擦れている。
彼女が無意識に、同じところを指で撫でていた。その「証拠」を、僕は名探偵が現場を検証するように、じっと見つめ、思考を巡らせる。僕たちがどこで道を間違え、どの瞬間に手を離してしまったのか。
どんなに論理的に推論を重ねても、決定的な解決には至らない。
古いスピーカーから、かすかなジャズと断続的なノイズが聞こえてくる。
その音は、水槽の暗がりで深海魚が吐く、見えない泡の気配に似ていた。
届かなかった言葉。言えば変わったかもしれない言葉。
「何かお探しですか?」
とバーテンダーが尋ねた。
「いや、ただ待っているだけだよ」
と僕は答える。
僕はグラスの縁を指でなぞりながら、外国の港町を思い出していた。
石畳が濡れて、潮の匂いが強くて、彼女がやけに笑った場所だ。
あの日、僕たちはそこで『いつか』を話した。
けれど『いつか』は、いつも別の方向へ歩いていく。
手がかりは、すべて深いところへ沈んでしまった。
水槽の底の砂みたいに、指では掬えないところへ。
僕はもう一度お酒を口に含み、窓の外の風花を眺めた。
冬の海は相変わらず重く、遠い。
水槽の深海魚が、ほんの一瞬だけ淡く光る。
それは慰めではなく、ただの事実のように、暗闇の中で光って消えた。
やれやれ、と僕は心の中で呟いた。
午後三時は、まだ終わっていない。
🎥 Image Movie
もし、まだ午後三時の中にいるなら。
この音と光も、ここに置いておきます。
🕊 企画への参画と感謝
あなたの止まった時間は、今どこに沈んでいますか。
今回、応援団長メイシンさんのご縁で、初めて「OASOBI企画」に参画させていただきました。
この物語は、10人のクリエイターが持ち寄った「キーワード」の化学反応から生まれたものです。
今回の持ち寄りキーワードはこちら。
Kinuさん ▷ 時計
KITAcoreさん ▷ ノイズ
ことほぎさん ▷ 冬の海
スイさん ▷ 名探偵
スイッチくんさん ▷ クマちゃん
はしゃもさん ▷ 境界
ひろさん ▷ お酒
ムーンストーンさん ▷ 外国
夏目羊さん ▷ 風花
ナオユキ ▷ 深海魚
「クマちゃん」や「外国」「名探偵」という言葉がなければ、この物語にこれほどの湿度は宿らなかったと思います。
最初はただの風景画だったものが、言葉が混ざり合うことで、誰かの記憶へと形を変えました。
主催のKinuさん、マイユーさん、そして共演したクリエイターの皆様。
素敵な遊び場をありがとうございました。
※今回参画されたクリエイターの皆さんを、私を除く五十音順で紹介します。
Kinuさん ▷ 時計
KITAcoreさん ▷ ノイズ
ことほぎさん ▷ 冬の海
スイさん ▷ 名探偵
スイッチくんさん ▷ クマちゃん
はしゃもさん ▷ 境界
ひろさん ▷ お酒
ムーンストーンさん ▷ 外国
夏目羊さん ▷ 風花
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
最後に
傑作記事なのにタイムラインの波に流されてしまった記事に再度光を照らす企画始めました。



#私の作品紹介 #眠れない夜に #小説 #短編小説 #創作 #文学 #午後三時 #深海魚 #記憶 #冬の海 #掌編小説 #OASOBI #OASOBI企画
いいなと思ったら応援しよう!
もしこの記事が少しでも役に立ったり、楽しんでいただけたりしたら、チップをいただけるととても嬉しいです!
いただいたチップは、今後のより良いコンテンツ制作のための書籍代📚とnote購入🗒️、他の方へのチップ代💰に使わせていただきます。
いつも応援ありがとうございます!