【図解】賽銭のPayPay対応はなぜマネーライトで払えないのか? 資金決済法で読み解くお布施のIT化
コンビニで100円のパンを買う。 賽銭箱に100円を入れる。
どちらも「100円を払う」行為に見える。だが法律上、この二つはまったく別物だ。そして、その違いこそが、賽銭が日本のキャッシュレス化から10年遅れた理由のすべてである。

「宗教的な抵抗があるから」でも、「手数料を取られるのが惜しいから」でもない。よく語られるこの二つの説明は、どちらも半分しか当たっていない。
決済を仕事にしている人間として、この話はずっと引っかかっていた。技術的には、賽銭箱にQRコードを貼るだけの話だ。5秒で終わる。それが10年できなかった。理由は技術ではなく、法律と税と、そして「見えないこと」の設計にあった。
順番に解いていく。
1. まず、三つの「なぜ」
賽銭のキャッシュレス化を調べていくと、説明のつかない事実が三つ出てくる。
なぜ、神田明神も東本願寺も万松寺も、揃いも揃って「J-Coin Pay」なのか。 PayPayでもd払いでも楽天ペイでもなく、みずほ銀行のJ-Coin Payばかりが並ぶ。これは偶然ではない。
なぜ、PayPay賽銭は「PayPayマネー」でしか払えず、「PayPayマネーライト」では払えないのか。 同じアプリの、同じ残高画面のなかにある二つのお金。片方は使えて、片方は使えない。
なぜ、「オンライン賽銭」は制度上できないのか。 QRコードを読むだけなら、家からでもできるはずだ。だが、境内の外からは賽銭を納められない仕組みになっている。
この三つの答えは、全部同じである。
2. 賽銭は「決済」ではなく「送金」だった
○○Payを普段使うとき、そこで起きているのは「決済」だ。モノやサービスという対価を受け取り、その代金を払う。この世界を規律するのは割賦販売法であり、監督官庁は経済産業省。事業者は加盟店契約を結び、決済手数料を払う。
いっぽう、賽銭や寄付には対価がない。寺社から何かを受け取るわけではない。ただお金を渡す。これは法律上「決済」ではなく「送金」に分類される。しかも、個人間送金(C2C)ではなく、特定の法人を相手にしたC2B送金という、また別の建て付けが要求される。こちらを規律するのは資金決済法であり、監督官庁は金融庁だ。
つまり、賽銭は「加盟店になれない」。売る商品がないのだから、当然だ。
これが全部の答えである。J-Coin Payだけが早くから賽銭を扱えたのは、みずほ銀行のサービス、つまり銀行法にもとづく為替取引だったからだ。銀行は最初から送金ができる。資金決済法の枠の外にいたから、賽銭を受けられた。神田明神も東本願寺も万松寺も、選んだのではなく、それしかなかった。
そして、もっと苦い事実がある。
2014年、東京の愛宕神社が楽天Edyで賽銭を受け付けた。「国内初のキャッシュレス賽銭」として大きく報じられた。楽天の三木谷氏が毎年初詣に訪れていた縁だという。
だが東洋経済の報道によれば、この試みは資金決済法に違反していた恐れがあり、すでに中止されている。日本で最初のキャッシュレス賽銭は、法的にグレーだった。
私はこの事実に、ある種の敬意すら感じる。制度が追いついていない場所で、誰かが先に旗を立てる。あとから制度が整備され、その旗は静かに降ろされる。決済の歴史は、だいたいこうやって進んできた。
3. 12年を並べると、線が見える
年表にすると、ぼんやりしていたものが輪郭を持つ。

2018年から2021年にかけて、キャッシュレス賽銭は散発的に現れる。日光二荒山神社のWeChat Pay/Alipayはインバウンド対応だ。四国霊場22番の平等寺はd払いとAmazon Pay。東本願寺と神田明神はJ-Coin Pay。バラバラに見えるが、銀行系(=送金できる)か、インバウンド系(=海外事業者)かという補助線を引くと、きれいに分かれる。
そして2019年に、二つの決定的な出来事が起きる。
4. 非課税という一線

2019年6月28日、京都府内の約1,000の寺院が加盟する京都仏教会が、「布施の原点に還る」と題する声明を発表した。有馬頼底理事長の名前で出されたこの文書は、賽銭・布施といった宗教行為へのキャッシュレス導入に反対するものだった。
理由は三つ挙げられている。
信者の個人情報や宗教活動が、第三者(決済事業者)に把握される恐れがある(信教の自由)
決済手数料が発生することで、これまで宗教行為とされてきたものが「収益事業」とみなされ、課税される恐れがある
寺院や信者の行動が外部に知られることで、宗教弾圧に利用される恐れがある
ここで重要なのは、この声明がすべてを拒否したわけではないという点だ。声明は、法要や拝観といった宗教行為と、絵はがきやキーホルダーを売る収益事業を明確に分離し、後者へのキャッシュレス導入は容認している。
なぜ分けられるのか。国税庁の「宗教法人の税務」が引いている線が、そのまま使われているからだ。賽銭・お布施・お守り・お札・おみくじ・拝観料は非課税。絵はがき・線香・ろうそく・供花は課税。この線の左側だけを守る、という判断だった。
比叡山延暦寺の小鴨覚俊総務部長が、ITmediaの取材で本質を突いている。1万円の祈祷料をクレジットカードで払えば、その数パーセントが決済事業者に流れる。信仰心で納めたお布施の一部が業者に渡るのはおかしい。祈りや信仰という「気持ち」は商品ではない、と。
延暦寺は拝観料のキャッシュレス化には踏み切った。だが賽銭とお守りは現金限定のままだ。その結果、授与所では「御朱印だけは現金でお願いします」と一件ずつ説明する手間が生まれているという。
決済手段の分断は、必ずどこかでオペレーションを壊す。これは寺社に限らない、決済設計の普遍的な教訓だ。
5. 政府は、イエスともノーとも言わなかった
ここが、この記事でいちばん書きたかった部分だ。

京都仏教会の声明から5か月後の2019年11月29日、大西健介・衆議院議員が質問主意書を提出している。問いは単刀直入だ。
「キャッシュレスを導入して決済事業者に手数料が発生すると、賽銭は収益事業とみなされ、課税対象になるのか。政府の見解を問う」
同年12月10日、内閣総理大臣・安倍晋三名義で答弁書が返ってきた。原文を取り寄せて読んだ。趣旨はこうだ。
質問の「意味するところが明らかではな」く、個別具体的な課税関係は個々の事実関係にもとづき判断すべき事柄であるから、「お答えすることは困難である」。
そのうえで、なお書きが付く。一般論として、宗教法人が喜捨金と認められるものを受ける行為は、法人税法上の収益事業に該当しないため、課税対象とならない。
読み方は難しくない。政府は、正面から答えなかった。
「喜捨金なら非課税」とは言った。しかし「手数料を払っても喜捨金のままか」には答えていない。京都仏教会が恐れていたのは、まさにその一点だった。そしてその一点について、国はイエスともノーとも言わなかったのだ。
京都仏教会の懸念は、杞憂ではなかった。未確定だったのである。
この5年間の空白が、寺社を止めていた。誰も、税務署の判断を賭けてまで賽銭箱にQRコードを貼りたくはない。
6. 現金も、無料ではない

一方で、現金を持ち続けるコストは上がっていった。
2022年1月17日、ゆうちょ銀行が硬貨取扱料金を新設する。三菱UFJ銀行は2020年4月から、三井住友銀行は2019年12月から、すでに同種の手数料を取り始めていた。硬貨がいちばん集まる場所のひとつが賽銭箱である以上、これは寺社を直撃した。
現行のゆうちょ銀行(貯金窓口)の料金は図5のとおり。1円玉を101枚持ち込めば、入金額101円に対して手数料550円。449円の赤字である。神様への供物が、銀行に持っていくだけで目減りする。
名古屋市西区の浅間神社は、年間10万円近い持ち出しになるという試算を報道で明かしている。埼玉県加須市の玉敷神社では、宮司夫妻が個人名義の口座に無料枠で硬貨を入れ、紙幣にしてから神社の口座に移すという回避オペレーションをしていた。しかも賽銭には、接着剤が付いた硬貨、外国のコイン、焚き火で焼けたらしい硬貨が混じり、選別機を壊す。
2022年ごろからは、神社が商店向けに手数料無料の両替サービスを始める例も出てきた。賽銭の小銭と、商店の紙幣を交換する。神社が両替屋になるという倒錯である。
ただし、ここは正確に書いておきたい。
「小銭の両替手数料が高くなったから、寺社はキャッシュレスに向かった」という説明は、よく見かけるし、わかりやすい。だが増上寺の武智公英・参拝部長は、Impress Watchの取材に対し、地元の信用金庫がいまも無料で両替に応じてくれているので、それが導入を急ぐ理由にはなっていない、と述べている。
手数料は背中を押したが、引き金ではなかった。引き金は別のところにあった。
7. 2024年12月23日、線が動いた
2024年8月、PayPayが法人向けビジネスアカウントの提供を開始する。eKYCで本人確認済みのアカウントから、PayPayマネー残高を法人が受け取れる仕組み。つまり、対価のないC2B送金が可能になった。
まず「寄付」から始まった。仕組みとしては賽銭も寄付も同じで、賽銭のニーズが年末年始に偏っていたため、すぐ出せる寄付が先行した、というのがPayPay側の説明だ。
そして2024年12月23日、対象が賽銭に拡大される。同日、増上寺が導入した。翌24日には川崎の稲毛神社が続いた。
増上寺の武智氏が導入の決め手として挙げたのは、営業でも手数料でもない。PayPay経由の賽銭が非課税であることが、国のルールとして認められたことだった。
2019年に政府が答えなかった問いに、5年かけて実務上の答えが出た。それが引き金だ。
ここで、多くの人が誤解している点をはっきりさせておきたい。
PayPay賽銭に、いわゆる決済手数料はかからない。
物販の加盟店手数料とは仕組みが違い、これは送金だからだ。代わりに発生するのはアカウント維持費にあたるもので、基本的にトランザクション単位の課金。出入金がゼロなら維持費も無料。
つまり、「手数料で神様への供物が中抜きされる」という、キャッシュレス賽銭への最大の反対理由は、少なくともPayPay賽銭に関しては、もう成立していない。
もうひとつ、ほとんど知られていない制約がある。賽銭はオフライン(対面)でしか納められない。寄付はオンラインのみ、賽銭は対面のみ、という線が引かれている。境内の外からの賽銭は受け付けない。
だから「家からPayPayで初詣」はできない。増上寺側も、実際に足を運んで参拝してほしいという意向で、これを問題視していないという。
制度の制約と、寺社の願いが、たまたま同じ方向を向いた。珍しいことだと思う。
8. Suicaで賽銭は、いまもできない
「電子マネーでお賽銭」と聞くと、多くの人はSuicaをかざす絵を思い浮かべるだろう。だが2026年7月現在、Suicaで賽銭を納めることはできない。
分かれ目は、その残高が法律上どの箱に入っているかだ。

資金移動業の残高(PayPayマネー、J-Coin Payなど)=送金できる →○
前払式支払手段の残高(PayPayマネーライト、Suica等の交通系IC、nanaco、WAONなど)=送金できない →×
同じPayPayアプリのなかに、賽銭に使える残高と使えない残高が同居している。これが、冒頭の「なぜマネーライトでは払えないのか」の答えである。
では、前払式支払手段はずっと使えないのか。ここに動きがあった。
令和7年の資金決済法改正(2025年6月成立)を受け、前払式支払手段に関する内閣府令 第23条の3が2025年11月18日に施行され、前払式支払手段による寄附が解禁された。これでSuica賽銭への道が開いた……ように見える。
だが、条文をよく読むと違う。寄附を受け取れるのは「適格寄附金受領者」に限られ、その範囲は国・地方公共団体・認可法人、および金融庁長官が指定する者(国際機関のために事務を行う法人など)とされている。
宗教法人は、ここに入っていない。
つまり、プリペイド残高で寄付ができるようになった今も、賽銭の扉は閉じたままだ。ニュースの見出しと制度の実態は、しばしばこれくらいズレる。
9. 反対していた京都仏教会が、自分で決済を作った
そして2026年、いちばん面白いことが起きた。
2019年に「布施の原点に還る」でキャッシュレスに反対した京都仏教会が、自分たちで決済サービスを作ったのである。

経緯はこうだ。2024年6月に声明の改訂版を出し、2025年12月に株式会社バリューデザインと事業提携契約を締結。2026年4月2日、寺院・神社専用のキャッシュレス決済「おまいりPay」を発表した。京都仏教会が監修し、バリューデザインが運営する。
この設計の核心は、決済手段でもUIでもない。
利用者の支払い先となった寺社名を、決済事業者に開示しない。
中日新聞が報じたこの一行が、すべてを説明している。決済事業者には「支払いがあったこと」と「その金額」は伝わる。しかし「どの寺社への支払いか」は伝わらない。
2019年の反対理由の第一は、信者の宗教活動が第三者に把握されることだった。7年かけて彼らが出した答えは、キャッシュレス化そのものを拒むことではなく、「見えないままキャッシュレスにする」設計だったのだ。
対応手段はクレジットカード(JCB/AMEX/Diners/Visa/Mastercard)と非接触電子マネー(交通系IC/QUICPay/iD/楽天Edy/WAON/nanaco)。専用端末方式で、QRコード決済は含まれていない。この選択も、おそらく偶然ではない。
導入は慈照寺(銀閣寺)、永観堂禅林寺、相国寺承天閣美術館から始まり、高徳院(鎌倉大仏)、相国寺、鹿苑寺(金閣寺)、教王護国寺(東寺)へと広がる予定だ。
段階も明示されている。2026年4月から授与品。2026年7月から拝観料。
つまり、いまこの月だ。
そして賽銭は、「今後、関係各所と協議中」。
反対を撤回した京都仏教会でさえ、賽銭だけは、まだ最後に残している。
日本経済新聞が2026年6月に報じたところでは、PayPay賽銭を導入した寺社は1年半で10倍以上に増えている。潮目は完全に変わった。それでも、賽銭は最後だ。
10. 賽銭箱は「伝統」ではない
キャッシュレス賽銭を批判するとき、多くの人が「伝統を壊すな」と言う。
だが、賽銭箱の歴史は、それほど古くない。
神社本庁によれば、お賽銭の起源は西暦1500年代にはあったとされる。それ以前は現物のお供えだった。米を撒く「散米」、洗った米を紙に包む「おひねり」。貨幣経済が庶民に浸透した中世以降、供えるものが金銭に変わった。
賽銭箱に関する日本最古の記録は、1540年に鶴岡八幡宮に置かれた「散銭櫃(さんせんびつ)」だという。
つまり、1000年以上の歴史を持つ神社に対して、賽銭箱の歴史はその半分にも満たない。賽銭箱そのものが、貨幣経済に合わせて行われた、過去の一度きりのアップデートの結果なのだ。
導入した側の言葉は、そろって静かで強い。
増上寺の武智氏は、もともと米や野菜の物納から始まった習慣であり、扱うものが変わっただけで本質は変わっていない、と言う。稲毛神社の市川宮司は、絵馬はかつて本物の馬を奉納していた名残なのだから、電子払いに変わることのインパクトは当時に比べれば小さい、と言う。
賽銭箱は、伝統を守るために作られたのではない。そのときの支払い手段に合わせて作られた。
11. チャランといわない
とはいえ、確実に失われるものがある。音だ。
京都の熊野若王子神社がPayPay賽銭を導入したとき、関西テレビの取材に応じた参拝者の言葉が忘れられない。
「おさい銭した気にならんでしょ、チャランといわん」
これは感情論ではない。決済体験の設計そのものの話だ。
賽銭を投げ入れる。硬貨が箱の底で跳ねる。その音が鳴った瞬間、参拝者は「納めた」と確信する。鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼へ移る。あの一連の身体動作のなかで、チャリンという音は完了通知(コンプリーション・フィードバック)として機能している。
だから増上寺では、賽銭箱の前で「ペイペイ!」が鳴ってしまう。同寺は将来的に別の音を選べるようになれば、と語っている。
決済音のデザインが、信仰体験の一部になっている。これほど「決済はUXである」ことを鮮やかに示す例を、私は他に知らない。
もうひとつ、熊野若王子神社の設計は示唆に富む。同社はQRコードを境内に8枚設置した。山道を10分登った滝のそばにもある。理由は「御霊がそれぞれに宿っていて、意味合いがそれぞれ違う」から。
現金の賽銭箱が持っていた「どの神様に納めたか」という粒度を、QRコードで律儀に再現している。技術を導入するとき、失われがちなのはこの粒度だ。それをちゃんと守っている。
12. 賽銭は「見えない金」として設計されてきた
ここまでの話を、一本の線に束ねる。
賽銭という仕組みが持っていた性質は、三つある。
匿名である。誰が入れたか、記録されない。
無記録である。いくら入れたか、本人にも寺社にも紐づかない。
非公開である(これは後で詳しく書く)。
キャッシュレスは、この三つすべての逆をいく技術だ。誰が、いつ、どこで、いくら払ったかが残る。それが決済インフラの価値そのものだからだ。
この非互換性こそが、賽銭が最後の聖域になった理由である。
手数料も、宗教心も、その表層でしかない。根っこにあるのは、「賽銭は見えないお金として設計されてきた」という一点だ。
だから京都仏教会が出した答えが、あれほど正しく見える。彼らは「見える化を拒む」のではなく、「見えないままキャッシュレスにする」を選んだ。寺社名を決済事業者に渡さない。これは、宗教的な要請から生まれた、極めて筋の通ったプライバシー・バイ・デザインだ。
思い出してほしい。高輪ゲートウェイ駅のTOUCH TO GOが選んだのも、Amazon Goのような「本人を特定してから追跡する」モデルではなく、個人を特定しないまま行動だけを追う匿名トラッキングだった。
日本の決済とリテールは、無自覚に、しかし一貫して、同じ設計思想に向かっている。「識別しないことを、機能として実装する」。私はこれを、日本の決済における最大の独自性だと思っている。
【小話】で、大きな神社の賽銭って、いくら集まるの?

誰もが一度は思う。あの行列と、あの投げ込まれる万札。明治神宮はいったいいくら集めているのか。
調べた結論を先に書く。
公表している大手寺社は、ほぼない。そして「見えない」ようにできている。
宗教法人法25条により、宗教法人は財産目録や収支計算書を作成し、事務所に備え付け、所轄庁(都道府県知事または文部科学大臣)に毎年提出する義務がある。1995年の法改正で入った規定だ。
しかし、一般公開の義務はない。閲覧を請求できるのは「信者その他の利害関係人」で、「正当な利益」があり、「不当な目的でない」場合に限られる。京都府のFAQは、所轄庁に提出された書類についても、当該宗教法人の代表役員しか閲覧できないと明記している。文化庁は情報公開請求に応じておらず、東洋経済が起こした審査請求もすべて退けられている。
しかも、収益事業を行わず年収8,000万円以下の法人は、収支計算書の作成義務そのものが当分のあいだ免除されている。
だから、ネットに溢れているあの数字は、全部推計だ。
「明治神宮は初詣で8億5,800万円」の正体
有名なこの数字の正体は、こうだ。
ソニー生命「47都道府県別 生活意識調査2019」のお賽銭全国平均 286円
× 明治神宮の初詣参拝者 約300万人
= 8億5,800万円
ただの掛け算である。明治神宮が公表した数字ではない。誰かの試算が、出典を失って一人歩きしている。
そして、実態はむしろ逆らしい。
東京新聞は2022年4月23日、明治神宮の財政について、初詣の参拝者数は日本一といわれるものの、実際にはスポーツ施設や結婚式場(明治記念館)の使用料収入といった、外苑の稼ぎに頼る構造になっていると報じている。
日本一の初詣スポットでさえ、賽銭だけでは成り立っていない。
逆に「見える」数字
公表されないぶん、外から見える断片は貴重だ。
福岡・鳥飼八幡宮:PayPay導入後、賽銭額が「かなり上がった」。硬貨で入れていた人が札を入れるようになり、多いときで10倍程度になったという(山内宮司)
名古屋・浅間神社:硬貨の入金手数料で、年間10万円近い持ち出し(試算)
賽銭の平均額(at home調査):東京200.4円/京都205.2円/島根226.5円/三重142.9円
文化庁「宗教統計調査」(2024年):寺院76,551、神社80,653。合わせて15万を超える。コンビニ(約5.6万店)の約3倍
そして、これが本題に戻ってくる
賽銭がいくら集まるかは、制度的に「見えない」ようにできている。
そして皮肉なことに、キャッシュレス化が進めば、その数字は初めて可視化される。
決済事業者のシステムには、日付ごと、時間帯ごと、金額ごとの記録が残る。誰がいくら納めたかも、原理的には分かる。
京都仏教会が2019年に恐れたのは、まさにそれだった。彼らは「税金を払いたくないから反対した」のではない。見えないことそのものが、この仕組みの一部だったから反対したのだ。
そして7年後、彼らは「見えないままキャッシュレスにする」という解を持ってきた。
賽銭箱が1540年に発明されてから、486年。次のアップデートは、たぶんそこにある。
注記
ゆうちょ銀行の硬貨取扱料金について。古い記事を引用するときは注意が必要だ。東京新聞が2022年12月29日の朝刊1面で報じた「1円玉51枚なら499円赤字」という有名なフレーズは、当時の料金(51枚から550円)にもとづくもので、現行の料金では成立しない。2024年4月の改定で、窓口は100枚まで無料になっている。本記事の図5は、ゆうちょ銀行が公開している現行の料金表にもとづき、「1円玉101枚=449円の赤字」で計算し直している。
「賽銭にも手数料がかかる」という説明について。2022年ごろまでの記事には、キャッシュレス賽銭にも決済手数料がかかる、という記述が多く見られる。当時はそのとおりだったが、2024年12月以降のPayPay賽銭は送金の枠組みであり、いわゆる決済手数料は発生しない。制度が動いたぶん、記事の賞味期限も切れる。
主な出典
鈴木淳也「お賽銭のキャッシュレス化が増えた理由」Impress Watch(2025年1月3日)/「『お賽銭』でキャッシュレス決済が使えない理由」(2022年3月25日)
衆議院「宗教活動に関わる事業のキャッシュレス決済に関する質問主意書」(第200回国会 質問第105号)および答弁書(2019年12月10日)
国税庁「宗教法人の税務」
京都仏教会「布施の原点に還る」(令和元年6月/令和6年改訂版)、「宗教法人向けキャッシュレス決済『おまいりPay』を発表」(2026年4月2日)
ペイクラウドホールディングス/バリューデザイン プレスリリース(2026年4月2日)
中日新聞「お参りもキャッシュレス決済で 『信教の自由』に配慮し非開示」(2026年4月2日)
日本経済新聞「5円玉なくてもお参り、若者呼ぶ 反キャッシュレス・京都仏教会も転換」(2026年6月19日)
東洋経済オンライン「『さい銭箱にスマホ決済』で参拝風景が変わる将来」(2024年12月)/「宗教法人の見えない実態、情報公開拒否を貫く文化庁」
ITmedia ビジネスオンライン「『祈る行為に税はかけられない』延暦寺から学ぶ、宗教とキャッシュレス化の難しさ」
関西テレビ「元商社マン宮司が『キャッシュレスさい銭』導入」(2025年1月13日)
FBS福岡放送「スマホでお賽銭 キャッシュレス化した神社『金額が上がった』」(2025年12月)
金融庁「前払式支払手段を用いた寄附を受領できる者(適格寄附金受領者)の指定に向けた募集について」(2025年11月18日)
ゆうちょ銀行「硬貨取扱料金」
文化庁「宗教統計調査」(2024年)、東京新聞(2022年4月23日/2022年12月29日)
