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深夜0時、ジムのモニターに「お金借りませんか」 貸金の時間規制が抱える、静かな非対称

深夜0時を回ったチョコザップで、マシン備え付けのモニターに大手系の貸金業者のCMが流れてきた。その瞬間、頭に浮かんだのはこの問いだ。「この時間に借入を勧めるのは、グレーではないのか」。

家で調べ直して分かったのは、法律の作りが思っていたより非対称だった、ということだ。借金の「取立て」は夜9時以降を法律で固く禁じているのに、借入を誘う「勧誘・広告」は、業界の自主規制がゆるく手を添えているだけだった。
この記事は、その非対称の正体を、決済業界の新人にも分かる言葉でほどいていく。まず結論から言う。深夜に返済を迫るのは違法になりうるが、深夜に借入を誘うのは、多くの場合、法律の外にある。

取立てと勧誘の規制の強さを対比した図。左に「取立て(返させる)」=貸金業法21条・施行規則19条で午後9時から午前8時を法律で禁止、違反は行政処分・罰則、と示す(テラコッタ)。右に「勧誘・広告(借りさせる)」=自主規制でテレビCMは午後10時から午前3時を「留意」、法的拘束力なし、と示す(青)。下に「返させる場面は法律で固く、借りさせる場面は自主規制でゆるい」と結ぶ。

まず用語 「取立て」と「勧誘」はまったく別の話

先に言葉を揃えておく。この記事には二つの登場人物がいる。

取立て(すでに貸したお金を返してもらう督促行為)と、勧誘・広告(これから借りてもらうための誘い)だ。同じ貸金業者の行為でも、法律はこの二つをまるで違う強さで縛っている。
片方は法律で厳しく、もう片方は業界の自主ルールでゆるく。この温度差こそ、今日の主題である。

取立て 法律が「午後9時から午前8時」を名指しで禁じる

まず取立ての側。ここは法律が正面から縛っている。

貸金業法21条1項は、貸金業者が債権の取立てをするにあたり、人を威迫したり、私生活や業務の平穏を害するような言動をしてはならない、と定める¹。
そのうえで、禁止される具体例を法律が列挙している。その筆頭が時間帯だ。正当な理由がないのに、内閣府令で定める不適当な時間帯に、債務者へ電話やファクスを送ったり、居宅を訪問したりしてはならない¹。

その「不適当な時間帯」を、貸金業法施行規則19条が名指しで決めている。午後9時から午前8時までだ²。裏を返せば、督促してよいのは午前8時から午後9時までに限られる。深夜と早朝は、法律が「取立て禁止」と線を引いている。

取立ての時間規制を時計で示す図。午前8時から午後9時までが「督促してよい時間」、午後9時から午前8時までが「取立て禁止(貸金業法施行規則19条)」。規制の背景として「深夜・早朝は疲労・孤独で判断力が落ちる時間帯だという前提を、法律が暗に認めている」と添える。

面白いのは、この規制の背後にある考え方だ。単に「非常識な時間に電話するな」というマナーの話ではない。深夜や早朝は、疲労や孤独で人の判断力や心理的な防御が落ちる時間帯だ、という前提を、法律が暗に認めている。だから、その時間に金銭の圧力をかけてはならない、という消費者保護の思想がベースにある。

時間帯以外にも、取立ての禁止行為は細かく並ぶ。正当な理由なく勤務先に電話や訪問をすること、退去を求められたのに居座ること、はり紙などで借入の事実を第三者に明らかにすること、家族など支払義務のない人に肩代わりを求めること³。加えて、業界団体の自主規制は、電話での督促を1日に4回以上繰り返すことを、平穏を害する恐れのある行為として戒めている⁴。督促の側は、これだけ細かく縛られている。

勧誘・広告 法律ではなく「自主規制」がゆるく手を添える

ところが、借りてもらうための勧誘・広告に目を移すと、景色が変わる。

まず押さえるべきは、テレビCMの時間帯規制が、法律ではなく日本貸金業協会の自主規制で定められている、という点だ。自主規制基本規則にもとづく広告審査基準は、個人向け貸付けのテレビCMについて、午後10時から午前3時までの時間帯の放送を行わないよう「留意する」と定める⁵。さらに、放送総量は月100本以内、視聴者の多い時間帯は避け、屋外の広告看板は午前0時以降は消灯する、といった細かな作法も並ぶ⁵。

ここで二つ、決定的な違いに気づいてほしい。

一つは、拘束力の差だ。取立ての時間規制は法律で、破れば行政処分や罰則の対象になる⁶。一方、広告の時間規制は業界団体の自主規制で、しかも語尾は「留意する」だ。法的な強制力の重さがまるで違う。
もう一つは、対象の差だ。この時間規制がかかるのは、あくまで「テレビCM」を中心とした審査対象の広告である。しかも自主規制は、ラジオCMの放送時間帯については留意事項を定めていない⁷。媒体によって、網のかかり方にムラがある。

つまり、こういうことだ。返させる場面は法律が深夜を固く閉じているのに、借りさせる場面は、業界の自主ルールが特定の媒体にだけ、ゆるく蓋をしている。

チョコザップのモニターは、どの網にかかるのか

ここで冒頭のジムに戻る。深夜のマシンに流れた貸金CMは、この非対称のちょうど隙間に落ちる。

テレビCMなら、自主規制が「午後10時から午前3時は流さないよう留意」と手を添えている⁵。だが、ジムに置かれたサイネージ(デジタル看板の広告表示)は、テレビ放送ではない。屋外広告看板の「午前0時以降は消灯」という留意事項も、あくまで屋外の看板を念頭に置いたものだ⁵。店内に置かれたモニターの動画広告が、テレビCMの時間帯ルールと同じ強さで縛られているかというと、そこは自明ではない。

もちろん、協会の広告審査は媒体を限定して運用されており、しかもこの審査基準は監督指針を通じて、協会に入っていない業者の広告を検証する物差しにもなる⁸。だから「完全な無法地帯」ではない。ただ、深夜という時間帯そのものへの配慮という点で見ると、テレビCMに向けた「午後10時から午前3時」の留意が、ジムのサイネージや、スマホのプッシュ通知、深夜に完結するアプリの契約フローにまで、同じ強さで及んでいるとは言いにくい。技術が新しい導線を作るたびに、古い時間規制の網はそこをすり抜ける。私の見立てだが、冒頭の違和感の正体は、ここにある。

勧誘・広告側の網のかかり方のムラを示す図。テレビCMは自主規制で時間帯に留意、屋外看板は午前0時以降消灯、ラジオCMは時間帯の留意なし、ジムのサイネージやアプリのプッシュ通知・深夜完結の契約フローは明確な時間規制の外、と整理。技術が新しい導線を作るたびに古い時間規制の網をすり抜ける、と結ぶ。

違法な取立ては、どう裁かれてきたか

では、取立ての側の規制は、破られたときに実際どう扱われるのか。ここは新人がいちばん誤解しやすいので、確立した枠組みだけを正確に置いておく。個別の事件名や金額に立ち入ると不正確になりやすいので、争いのない法理に絞る。

第一に、行政と刑事だ。貸金業法の取立て規制に違反すれば、登録の取消しや業務停止といった行政処分の対象になり、悪質なものは刑事罰も科されうる⁶。第二に、民事だ。深夜の執拗な電話や、勤務先への押しかけのように、私生活や業務の平穏を著しく害する取立ては、不法行為として損害賠償や慰謝料の対象になりうる⁹。正当な理由のない職場への取立ては、威力業務妨害として刑法上の問題にもなりうる⁹。第三に、止める手段だ。あまりに執拗な督促に対しては、裁判所に「架電禁止の仮処分」を申し立て、電話そのものを止めさせる道もある⁹。

違法な取立てに対する網を示す図。1.行政・刑事(登録取消し・業務停止・罰則)、2.民事(平穏を害する取立ては不法行為として損害賠償・慰謝料、職場への取立ては威力業務妨害にあたりうる)、3.被害者が止める手段(架電禁止の仮処分)。取立ての側には幾重にも網があるのに対し、勧誘の側は身軽だ、と対比する。

要は、取立ての側には、行政・刑事・民事の三方向から、そして被害者が自分で止める手段まで、幾重にも網がかかっている。勧誘の側の身軽さと比べると、この差は際立つ。

制度の非対称を、設計思想としてどう読むか

ここまでを一枚に畳むと、面白さは「酒を飲むと判断が鈍って借金する」といった単純な話ではない。制度が「督促」だけを厳格に時間規制し、「勧誘」をほぼ性善説に委ねている、その非対称そのものにある。

一点、俗説に釘を刺しておく。「深夜は酔っていて金銭判断が鈍る」という結びつけは、行動経済学の観点からは慎重に扱うべきだ。目先の小さな報酬を過大評価する傾向(遅延割引と呼ばれる)は、慢性的な飲酒習慣を持つ人で強く出るという相関は複数の研究で示されている。一方、その場で一杯飲んだ直後の急性摂取が判断を鈍らせるかは、研究結果が一枚岩ではない¹⁰。だから深夜の脆弱性は、酩酊そのものというより、疲労や孤独、相談相手のいない時間帯という状況要因として捉えるのが正確だ。飲酒はそこに輪をかける要因ではあっても、主犯ではない。

そのうえで、督促規制の背後にある「深夜・早朝は判断力が落ちている」という前提が正しいのなら、その前提は本来、勧誘や広告、オンライン契約の導線設計にも等しく効くはずのロジックだ。返させる場面でだけこの前提を重んじ、借りさせる場面で無視するなら、消費者保護の思想として一貫していない。

業界への、小さな問いかけ

貸金や後払い、カードローンのプロダクトを設計する立場にいる人へ、一つ問いを置いて終わりたい。

督促の時間規制を「コンプライアンス上の制約」として守るだけでなく、その制約が拠って立つ思想、つまり深夜・早朝の心理的な脆弱性への配慮を、勧誘の導線設計にも自主的に組み込めないか。深夜のプッシュ通知、深夜の広告配信、深夜に完結する契約フロー。技術的に「いつでもできる」ことは、消費者保護の観点から必ずしも良いことではない。

法律が定めていないからこそ、そこに設計思想が問われる。決済も規制も、あくまで手段であって目的ではない。ルールの文言だけを守るのか、ルールが守ろうとした人まで守るのか。深夜のジムで流れた一本のCMは、その差を静かに突きつけていた。


出典

  1. 貸金業法21条1項(禁止事項)。取立てに当たり人を威迫し、又は人の私生活若しくは業務の平穏を害する言動を禁止。1号で、正当な理由なく内閣府令で定める時間帯に債務者等へ電話・ファクス・居宅訪問をすることを禁止。e-Gov法令検索。
    https://laws.e-gov.go.jp/law/358AC1000000032

  2. 貸金業法施行規則19条。内閣府令で定める時間帯は午後9時から午前8時までとする。e-Gov法令検索。
    https://laws.e-gov.go.jp/law/358M50000040040/

  3. 貸金業法21条1項各号。正当な理由なく勤務先等へ電話・訪問すること(3号)、退去を求められて退去しないこと(4号)、はり紙等で借入れの事実を第三者に明らかにすること(5号)、支払義務のない者へ協力を要求すること(8号)等を禁止。

  4. 日本貸金業協会「貸金業の業務運営に関する自主規制基本規則」。電話を用いた督促連絡を1日に4回以上行うことを、私生活・業務の平穏を害する恐れのある行為として留意を求める。
    https://www.j-fsa.or.jp/doc/association/regulation/restriction_140610.pdf

  5. 日本貸金業協会「広告審査に係る審査基準」および自主規制基本規則48条。個人向け貸付けのテレビCMは、放送時間帯につき午後10時から午前3時までの放送を行わないよう留意。放送総量は月100本以内(15秒=1本換算)、午後10時から午前0時は上限50本。屋外広告看板等は午前0時以降消灯(貸金業以外を主収益とする協会員が設置する場合を除く)。
    https://www.j-fsa.or.jp/doc/association/regulation/exam_std_100928.pdf

  6. 貸金業法24条の6の4ほか。取立て行為規制を含む貸金業法違反は、登録取消し・業務停止等の行政処分の対象。悪質な場合は罰則も規定。金融庁「貸金業者向けの総合的な監督指針」Ⅱ-2-18(取立行為規制)。

  7. 日本貸金業協会 自主規制規則に関する解説。テレビCMの放送時間帯には留意事項が定められているが、ラジオCMの放送時間帯には放送時間帯に関する留意事項は定められていない。
    http://kanto.me/kashikin/posts/dai3kai27.html

  8. 日本貸金業協会「審査基準/広告出稿審査について」。自主規制基本規則45条にもとづく事前出稿審査(テレビCM・新聞・雑誌・電話帳広告が対象)。本基準は監督指針II-2-15-(2)-⑤に規定される非協会員の広告に対する検証の基準にもなる。インターネット広告はモニタリング調査に基づく指導の対象。
    https://www.j-fsa.or.jp/association/regulation/examination.php

  9. 違法な取立てに関する一般的な法的枠組み。私生活・業務の平穏を著しく害する取立ては不法行為(民法709条)として損害賠償・慰謝料の対象となりうる。正当な理由のない職場への取立ては威力業務妨害に当たりうる。執拗な督促に対しては裁判所への架電禁止の仮処分の申立てという手段がある。
    https://saimubengo-line.com/shakkin-toritate/

  10. 遅延割引(delay discounting)とアルコールに関する行動経済学の複数の実証研究。慢性的な飲酒と遅延割引の急峻さ(衝動性)の相関は比較的一貫して示される一方、中程度の急性摂取が遅延割引に与える影響は結果が一貫しない、との報告がある(本段落は当該研究群にもとづく分析・見立て)。


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