060番号はなぜ延期されたのか。電話番号が「通話」をやめて「ID」になった
「理由が書いていない」ことが、一番のニュース
2026年7月8日、NTTドコモ、KDDI(沖縄セルラー電話を含む)、ソフトバンク、楽天モバイルが、そろって「060」から始まる携帯電話番号の提供開始を延期すると発表しました¹。約1年半前、2024年12月に「2026年7月以降、順次開始」と予告されていた番号帯です²。開始予定の月に入ってからの、駆け込みのような延期でした。
各社のリリースを読んで、まず引っかかるのはここです。延期の「理由」が、どこにも書いていない。「開始時期が確定次第あらためて案内する」とだけある¹。通常、サービスの開始時期がずれるときは、システム都合なり関係機関との調整なり、何らかの一言が添えられるものです。それが、5社横並びで、そろって沈黙している。
この記事は「焦らなくていいですよ」では終わらせません。なぜ060が必要になったのか、そしてなぜ5社そろって、理由も言わずに止まったのか。ここを掘ると、「電話番号」という言葉の意味が、この10年で静かに書き換わっていたことが見えてきます。
そもそも番号は「配給制」である
携帯番号は、各社が勝手に決めているわけではありません。総務省が「電気通信番号計画」(国が電話番号の割り当て方を定めたルールです)に基づいて、070/080/090で始まる11桁の番号を、ブロック単位で各社に指定(割り当て)しています²。全体の容量は2億7,000万番号。国が配給する有限資源です。
そして在庫は、もう長いこと逼迫(ひっぱく)しています。2015年の時点で090と080はすでに指定済み、070も当時の残りが4,420万番号で、「このままだと2018年頃に枯渇する」とすら言われていました³。その後、PHS(かつての簡易な携帯電話)からの番号の転用などでしのいできましたが、2024年9月末で070の残りは約530万番号⁴。底が見えています。

「IoTが番号を食っている」は、半分だけ正しい
ここで、よくある説明を一つ疑ってみます。「スマートメーターや自販機、コネクテッドカーのようなIoTが、猛烈な勢いで番号を消費しているから枯渇する」。直感的には正しそうですが、実は半分ずれています。
というのも、データ通信主体のIoT/M2M(人を介さない、機械どうしの通信のことです)には、2017年から専用の番号帯「020」が用意されているからです⁵。当初は11桁(容量8,000万)でしたが、これも数年で枯渇が見えたため、2019年に「020-0」で始まる14桁への移行が決まり、容量は一気に約100億番号へ拡張されました⁵。しかも総務省は、2021年末以降は070/080/090をM2M用途に新規付番(番号を割り振ること)することを原則禁止し、既存分も020へ移すよう各社に求めています⁶。
つまり、機械のための番号は、人間の番号(070/080/090)から切り離して、別の巨大な部屋(020)に隔離済みなんです。純粋なデータIoTは、もう音声番号を食う立場にいない。ここを外すと、枯渇の原因を読み違えます。
では、何が音声番号を食っているのか
答えは二つです。そして二つ目が、この記事の本題です。
一つは、一人が複数回線を持つようになったこと。povo2.0のような0円で維持できる副回線(予備の2枚目の回線)や、デュアルSIM(1台のスマホで2回線を使う仕組み)の2枚目。「人口は減っているのに番号が足りない」の主因の一つは、人間の数ではなく、一人あたりの回線数です。
そしてもう一つ。020には、決定的な制約があります。データ専用の020番号では、SMSが使えません⁷。SMSは通話ができる回線(音声側)の仕組みを使うため、SMSを送受信したいなら、たとえデータ主体の使い方でも、070/080/090の番号を取るしかない⁷。
ここが、番号問題の核心につながります。いま私たちは、何のために「SMSを受けられる番号」を欲しがっているのか。電話をかけるためではありません。本人確認のためです。

電話番号は、いつの間にか「本人確認の背骨」になっていた
ログインの2段階認証。銀行口座やキャッシュレスの開設時のeKYC(スマホなどでオンラインで完結する本人確認のことです)。キャリア決済(auかんたん決済のように、毎月のスマホ料金と合算して支払う方法です)。フリマやポイントサービスの登録。そのほぼすべてで、「あなたの携帯にSMSを送りました」が本人確認の一次手段として使われています。
顔認証でも生体でもなく、実装がいちばん軽くて、日本中に普及していて、原則一人一つに紐づく識別子。それが、SMSを受けられる携帯番号でした。だからサービス側は、ユーザーを口座やアカウントに結びつけるたびに、番号を要求する。データ専用(020)では認証SMSを受け取れないから、認証をやりたい回線は、結局070/080/090という「音声側の番号」を消費していく。
言い換えると、070/080/090を枯渇させている正体は「通話の需要」ではなく「本人確認の需要」です。電話番号は、電話をかけるための宛先から、あなたが誰かを証明する鍵へ、役割を変えていた。番号が足りないのは、番号がIDになったからなんです。
だから060は「通信会社の中だけの話」では終わらない
ここまで来ると、延期の意味が変わって見えます。
もし電話番号がただの「通話の宛先」なら、060の追加は通信会社の中の工事で済みます。でも番号がIDの背骨になった以上、060は、それを受け取る側の全システムに「正規の番号」として受理されて、はじめて番号として機能する。
日本中の入力チェック(フォームに正しい形式が入っているかを確かめる仕組み)の多くは、携帯番号を「0の次が7・8・9」という前提で書かれています。銀行のeKYC、ECサイトの決済フォーム、行政システム、SMS認証の基盤。そこに060が来たとき、「060?そんな番号帯は知らない」と弾かれれば、その060番号は本人確認に使えない。本人確認に使えない携帯番号は、いまや「死んだ番号」に等しい。番号は発行できても、番号が本来やるべき唯一の仕事ができないんです。
5社が理由を言えないのも、ここで腑に落ちます。「うちのシステムが」ではなく、「番号が相互に接続する世界全体が、まだ060という形に揃っていない」。確定していないから、確定しないと言うしかない。
各社の対応:足並みがそろっていること自体が、答え
各社の発表は、判で押したように同じでした。5社横並び、理由非公表、時期未定¹。総務省は「令和8年度末(2027年3月)までに対応を」と促しています²。
でも、この「横並び」こそが答えを示しています。もし特定の1社のシステム改修が遅れているだけなら、足並みはそろいません。準備できた社から順に始めればいい。実際、当初のアナウンスも「準備の整った順に」でした²。
それでも全社が同時に止まったのは、問題が1社の中ではなく、共有の層にあるからです。番号は相互接続します(各社の通信網どうしがつながっている、ということです)。他社への発信者番号の表示、番号ポータビリティ(MNP。番号を変えずに他社へ乗り換える仕組み)、緊急通報(110/118/119)の位置情報の紐づけ、他社宛てのSMSルーティング。A社が060を出しても、B社の網が060宛ての着信やSMSを正しくさばけなければ、番号として成立しない。だから、全社と、その間をつなぐ相互接続の仕組みが、そろって060に対応するまで、誰も先に出せない。横並びは談合ではなく、番号という資源の物理です。
ここからは決済オタクとして、勝手にKDDI目線で語らせてもらう
ここから先は完全に、いち決済オタクの勝手な見立てです。中の情報は何も持っていません。ただ、EZweb(auの携帯ネットサービス)の頃から四半世紀、一ユーザーとしてauを使い続けてきた身として、この延期をKDDIという定点から眺めると構造がよく見えるので、勝手に語らせてもらいます。
KDDIは、この番号問題の「両側」に同時に立っている会社に見えます。外から眺めているだけでも、それがわかる。
ひとつは、番号を大量に消費する側。povoの副回線、コネクテッドカー(通信機能を積んだクルマ)をはじめとするIoT。回線の数がそのまま事業の規模につながる会社なので、番号の逼迫を最も肌で感じている立場のはずです。
もうひとつは、番号をIDとして使い倒す側。au IDのSMS認証、auかんたん決済、au PAYの口座開設時の本人確認。番号を「あなたが誰か」の鍵として使う仕組みが、ユーザーから見えているだけでもいくつも並んでいます。
「番号=通話の宛先」と「番号=本人確認の鍵」という二つの顔がぶつかる継ぎ目。KDDIは、ちょうどその継ぎ目に立っている一社に見えます。だとすれば、060への対応は通信の話だけでは終わらず、決済や認証を含む広い範囲に及ぶはず。ここは中の人でなくても、表に出ているサービスの並びを眺めれば想像がつきます。
しかも060は、世に出たての頃はきっと「見慣れない番号」として警戒されます。070が登場した当初がそうだったように、迷惑電話と間違われて着信拒否される、という洗礼を受けるはずです。新しい番号帯は、いつもそこから始まります。
まとめ:番号の拡張は「その時代に番号を何に使っていたか」の化石
日本の番号が壁にぶつかったのは、これで三度目です。そのたびに、拡張の中身が「その時代、番号を何に使っていたか」を教えてくれます。
1999年の11桁化は、人間が電話をかけるための拡張でした。2017年の020番号と、その14桁化は、機械を人間の番号から隔離するための拡張でした。そして今回の060は、IDとしての番号が足りなくなった、という拡張です。

060の延期がいちばん雄弁に語っているのは、技術の難しさではありません。いつの間にか電話番号が、私たちの社会の事実上の「本人確認基盤」になっていた、という事実です。番号がこんなにも重く、こんなにも慎重に扱わざるを得なくなったのは、番号が「あなたが誰か」を背負うようになったからにほかなりません。
だから、焦らず待ちましょう、で終わらせるのは少しもったいない。この延期は、私たちが電話番号に何をさせてきたのかを、そっと映し出す鏡なのだと思います。
出典
楽天モバイル「060番号の提供開始時期の延期について」2026年7月8日(NTTドコモ・KDDI・沖縄セルラー電話・ソフトバンク・楽天モバイル連名の告知)
総務省「電気通信番号制度|携帯電話番号への060番号の追加」(令和6年12月20日 計画変更/令和8年7月8日の延期公表を反映。070/080/090の総容量2億7,000万番号、令和8年度末までの対応要請)
総務省資料・報道(2015年時点で090/080は指定済み、070残数4,420万番号、2018年頃の枯渇見通し)
070番号の残数 約530万番号(2024年9月末時点)
総務省「電気通信番号制度|M2M等専用番号の創設」(020番号を2017年1月創設、容量8,000万/2019年に0200番号=14桁化を決定、容量約100億)
「IoT時代の電気通信番号に関する研究会 報告書」(2021年末以降、070/080/090によるM2M新規付番を原則禁止し020へ移行)
020番号はデータ通信専用でSMS利用不可(SMSは音声側の仕組みを使用するため。SMS付き・音声SIMには070/080/090が付番される)
