知性は関係ない。脳科学が明かす、誰もがフェイクを信じてしまう理由
あなたは最近、SNSでこんな経験をしたことはありませんか。
「なんか怪しい気がする。でもどこが怪しいのかうまく言えない」——そのまま画面をスクロールして、深く考えるのをやめてしまった。
実は、フェイクニュースに騙されるかどうかは、知性の高さとほとんど関係がありません。人間の脳には生まれつきの「クセ」があって、私たちはそのクセに沿って情報を処理しているからです。医療の現場で働く私でも、ふとした瞬間にその罠に近づいてしまうことがあります。
今回は、東京科学大学の笹原和俊教授の研究をもとに、公認心理師の視点からAI時代の偽・誤情報との向き合い方についてお伝えします。
「もう映像も信用できない」時代が来た
数年前まで、フェイク動画には必ず「ほころび」がありました。まばたきが不自然だったり、輪郭が少しぼやけていたり。ちょっと注意深く見れば、「これは本物じゃないな」と感じられたのです。
でも今は違います。
生成AIの進歩によって、実在しない人物の顔を作り、有名人の声で好きなセリフをしゃべらせる「ディープフェイク」は、専門家でも簡単には判別できないレベルになりました。しかも誰でも、テキストで指示するだけで作れてしまいます。
変化は「質」だけではありません。安く速く大量に作れるようになった結果、ネット空間には大量の偽物が本物に入り混じるようになっています。
これは遠い未来の話ではありません。すでに今年、身近なところで起きています。
187万回再生された「存在しない女性」
2026年の衆院選を例に挙げましょう。
特定の政治家を支持する高齢女性の動画がSNSで拡散し、187万回以上再生されましたが、この女性は実在せず、AIで生成された人物でした。
しかもこの動画が厄介だったのは、特定の政治家を中傷していたわけではなく、むしろ応援する内容だったため、名誉毀損や明白な虚偽を想定した従来のルールでは取り締まりにくかった点です。
「ひどい嘘だから見抜ける」という時代は終わりました。悪意のないように見える動画、むしろ「いい話」として広まるコンテンツにも、フェイクが潜んでいる。そういう状況に私たちは置かれています。
さらに言えば、丁寧な取材に基づく記事や一次情報ほど、こうしたAIコンテンツの海に埋もれやすくなっています。医療の現場で働く私にとっても、これは切実な問題です。根拠のない健康情報が患者さんのもとに届いてしまう。「ネットで読んだんですが」と聞かれるたびに、丁寧に話を聞きながら訂正するのが日常になっています。
騙されるのは「脳のクセ」のせいです
ここで、大事なことをお伝えしたいと思います。
フェイク情報に騙されやすいかどうかは、頭の良し悪しとは関係ありません。
むしろ厄介なのは、人間の脳がもともと持っているクセです。私たちは目にした情報を一つひとつ検証しているわけではなく、「たぶんこうだろう」という近道で素早く処理しています。その「近道」が、フェイク情報につけ込まれる隙になるのです。
一つ目のクセが「真実性の錯覚」と呼ばれる現象です。人は、内容の正しさとは関係なく、何度も目にした情報ほど「正しそうだ」と感じてしまいます。脳が「見慣れているか」「すんなり理解できるか」という処理のしやすさを、真偽の代わりの手がかりにしてしまうからです。
SNSでリポストや「いいね」が繰り返されると、私たちは同じ情報に何度も触れることになります。たとえ誤情報であっても、「なんとなく本当っぽい」という感覚が少しずつ育っていく。これは、私たちの意志とは関係なく起きることです。
二つ目が「確証バイアス」。自分の考えや所属するグループに都合のよい情報は抵抗なく受け入れ、都合の悪い事実は理屈をつけて退けてしまう傾向のことです。
SNSのおすすめ機能は、あなたが好みそうな情報を優先して表示するため、似た意見ばかりが集まる「エコーチェンバー」が生まれます。その中では、情報が正しいかどうかよりも、まわりの仲間が支持しているかどうかが基準になっていきます。
公認心理師として言わせてもらうと、こうした認知の傾向は「問題がある」のではなく「人間として当然」のことです。あなたが特別騙されやすいわけでも、意志が弱いわけでも、ない。ただ、「知っているかどうか」で、その影響はずいぶん変わってきます。
フェイク情報の「6つの型」を知っておく
では、フェイクを作る側はどんな手口を使っているのか。
ここを理解しておくだけで、初めて見るフェイク情報に出会っても、ぐっと立ち止まりやすくなります。
世界中の偽情報を分析した研究者たちは、テーマは違っても共通して使われる6つの手口があることを突き止めています。その頭文字をとって「DEPICT操作」と呼ばれています。
「D(信用毀損)」は、批判してくる相手や情報源そのものを攻撃して話をそらす手口です。事実を反論する代わりに「あいつこそ偽ニュースだ」とメディアや専門家を罵り、信頼を削いでいきます。
「E(感情操作)」は、恐怖や怒りをかき立てる手口です。たとえば「健康な医師がワクチン接種の2週間後に死亡」という見出しは、内容自体は事実でも、因果関係があるかのように読ませて不安をあおります。実際この見出しがつけられた記事はSNSで桁違いに拡散しました。
医療関係者として言わせてもらうと、「因果関係」と「相関関係」の混同は本当に根深い問題です。「Aの後にBが起きた」という事実だけでは、「AがBを引き起こした」とは言えない。でもそう読ませる書き方は、感情に訴えかけることで頭の中の検証回路を短絡させてしまいます。
残りの「P(二極化)」は人々を敵と味方に引き裂く手口、「I(なりすまし)」は専門家や有名人を装う手口、「C(陰謀思考)」は複雑な出来事を「裏で誰かが操っている」という単純な物語にすり替える手口、「T(荒らし行為)」は挑発的な投稿で議論を混乱させる手口です。
個々の偽情報を一つずつ覚えるのは不可能ですが、この「6つの型」を知っておくだけで、「あ、これは感情を煽ろうとしているな」「この権威は本物だろうか」と、反応する前に立ち止まれるようになります。型を知ることが、最初の「心の抗体」になるのです。
後追いの訂正だけでは間に合わない
フェイク情報への対策として真っ先に思い浮かぶのは、「間違いを後から訂正する」ことではないでしょうか。
でも、ここには大きな落とし穴があります。
誤情報は、訂正を受けてもなかなか記憶から消えません。「あれは間違いでした」と知らされても、最初に刷り込まれた印象だけが残り続けるのです。これを「誤情報持続効果」といいます。しかも誤情報は、訂正が届くより先に広まります。
後追いで消火するだけでは、どうしても手遅れになってしまう。そこで注目されているのが「プレバンキング(事前予防)」という考え方です。
土台にあるのは、心理学者ウィリアム・マクガイアが1960年代に唱えた「接種理論」です。ワクチンが弱めた病原体で免疫をつくるように、弱めた偽情報とその手口にあらかじめ触れておけば、本物に出合ったときに「心の抗体」が働くという発想です。
この考え方を体験型ゲームにしたのが「バッドニュース(Bad News)」という無料のオンラインゲームです。プレイヤーはフェイクニュースの発信者になり、感情を煽り、専門家になりすまし、人々を分断するDEPICTの手口を自分の手で使ってみます。体験して学ぶことで記憶に残りやすく、研究でもこのゲームをプレイした人は偽・誤情報を見抜く力が高まることが確認されています。
「怪しい側に回ってみる」という体験が、逆に自分を守る力になる。これは心理学的にも非常に理にかなったアプローチだと思います。
今日から使える3つの実践法
最後に、具体的にできることをまとめます。
一つ目は「立ち止まる習慣」を持つことです。心を動かされた情報ほど、すぐに反応せず、「誰が」「何のために」発信し、「広まると誰が得をするのか」という問いを一つはさむだけで、衝動的な拡散はずいぶん減ります。これは思っているより簡単です。「怪しいな」と感じた一瞬を、ただ大事にするだけでいい。
二つ目は「信頼できる足場」を持つことです。新聞報道(デジタル版を含む)は、取材で裏を取り、間違えれば訂正の責任を負い、誰がいつ何を報じたかを後からたどれます。発信源も責任の所在もあいまいなSNSの投稿とは、性格が根本的に違います。また、日本ファクトチェックセンター(JFC)のような専門機関が、選挙や災害、健康にまつわる情報を日々検証し、無料で公開しています。気になる情報を見かけたとき、まずこうした場所で確認する習慣が、騙される確率を下げてくれます。
三つ目は、情報を発信する立場の方への提案として「訂正の仕方」を意識することです。「真実のサンドイッチ」という手法があります。まず正しい事実を示し、次に誤りのどこが問題かを手短に指摘し、最後にもう一度事実へ立ち返る。この順番が、誤解の定着を防ぎます。訂正のつもりが、逆にフェイクの印象を強めてしまうこともあるので、この順番は意外と大切です。
選ぶのは、いつでも私たちです
偽・誤情報への対策は、AI企業や政府だけに任せられる問題ではありません。何を信じ、何を広めるかを最後に選ぶのは、画面の前の私たち自身です。
自分も間違えうると認めること。違う意見に耳を傾けること。煽られても感情的に反応せず、デマをひとまず自分のところで止めてみること。
私はこれを「情報リテラシー」というより、「心の免疫」と呼びたいと思っています。感染症の予防と同じで、一度だけ対策すればいいものではなく、日頃の小さな習慣の積み重ねで育てていくものだからです。
「怪しいな」と感じた、その一瞬を大切に。その立ち止まりが、あなた自身と、あなたのまわりにいる人たちを守ることにつながっていきます。
要点まとめ
・AIの進歩でフェイク動画は専門家でも見抜けないレベルになっており、「量」の問題も深刻化している
・フェイクに騙されやすいのは知能ではなく、「真実性の錯覚」「確証バイアス」という脳のクセが原因
・偽情報の手口は「DEPICT操作」という6つの型で整理できる。型を知ることが最初の抗体になる
・後から訂正する「デバンキング」より、あらかじめ手口を知る「プレバンキング」が効果的
・今日からできることは①立ち止まる習慣、②信頼できる情報源を持つこと、③訂正の伝え方を工夫すること
あなたには、情報を見極める力が必ずあります。それは特別な才能ではなく、知識と習慣の積み重ねで誰でも育てられるものです。この記事が、その小さな一歩になれば嬉しいです。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。
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