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「嘘だと分かっていてもシェアする」私たちの脳に何が起きているのか:論文紹介

あなたは最近、SNSで何かをシェアしましたか?

そのとき、その情報が「本当に正確かどうか」をどれくらい考えましたか?

私たちは普段、偽情報を拡散する人を見ると「なぜあんな嘘を信じるのだろう」「わざと広めているのでは」と考えがちです。でも、世界最高峰の学術誌『Nature』に掲載されたMITの研究は、私たちの想像とはまったく違う答えを示しました。

偽情報拡散の最大の原因は、悪意でも、無知でもなく、「不注意」だったのです。

しかも驚くべきことに、多くの人は嘘だと分かっていても、それをシェアしようとしていました。

これを読んで「自分は大丈夫」と思った方こそ、ぜひ最後まで読んでみてください。この研究が明らかにしたのは、私たちの脳がいかにSNSという環境に翻弄されているか、という普遍的な話だからです。

Pennycook G, Epstein Z, Mosleh M, Arechar AA, Eckles D, Rand DG. Shifting attention to accuracy can reduce misinformation online. Nature. 2021 Apr 22;592:590-595. doi:10.1038/s41586-021-03344-2.


「信じていないのに、シェアする」という矛盾


まず、この研究で最も衝撃的だった発見からお話しします。

研究チームは1,015人のアメリカ人に、実際にSNSで流れた36のニュース見出しを見せました。半分は完全な嘘、半分は本当のニュースです。そして参加者を2つのグループに分け、一方には「これは正確だと思いますか?」と聞き、もう一方には「これをシェアしたいと思いますか?」と聞きました。

結果は、私の予想を完全に裏切るものでした。

自分の支持政党に有利な偽ニュースを「正確だ」と判断した人は、わずか18.2%。つまり8割以上の人は、ちゃんと「これは嘘っぽい」と見抜いていたのです。ところが、同じニュースを「シェアしたいか」と聞くと、37.4%が「検討する」と答えました。

嘘だと分かっているのに、拡散を検討する。この奇妙な乖離は、一体何を意味しているのでしょうか。

私たちは「正確さ」を忘れているだけ


研究チームは、偽情報をシェアしてしまう理由を3つの仮説で検証しました。

1つ目は「混乱」。単純に真偽の判断ができないから広めてしまう、という説です。2つ目は「党派心」。自分の陣営に有利なら、嘘でも広めたいという意図的な行動です。そして3つ目が「不注意」。正確さを気にしていないわけではないけれど、シェアする瞬間にそのことを考えていない、という説です。

710人を対象にした詳細な実験の結果、偽ニュースをシェアする動機の内訳はこうでした。不注意が51.2%、混乱が33.1%、そして意図的な党派的シェアはわずか15.8%

この結果を見たとき、私は正直、少しほっとしました。ネット上の分断は、人々が「真実より自陣営の勝利を優先している」からだと言われることが多いですよね。でも実際には、悪意を持って嘘を広めている人は少数派だったのです。

大多数の人は、ただ「うっかり」正確さのことを考え忘れているだけ。これは絶望ではなく、希望のある発見だと私は思います。

SNSが私たちの「注意」を奪っている


では、なぜ私たちはこれほど「不注意」になってしまうのでしょうか。

研究チームは「限定注意効用モデル」という理論を提唱しています。難しく聞こえますが、要するにこういうことです。私たちの脳には「注意のスポットライト」があり、意思決定の瞬間に照らされた要素だけが判断材料になる。SNSという環境は、そのスポットライトを「正確さ」から別の場所へ逸らしてしまうのです。

高速でスクロールするタイムライン。感情を揺さぶる見出し。「いいね」やリツイートによる即時的な承認。これらの要素が組み合わさると、私たちの脳は「この情報は正確か?」という問いを立てる余裕を失ってしまいます。

映画の名シーンを思い出してください。スパイダーマンのベンおじさんは「大いなる力には、大いなる責任が伴う」と言いました。SNSは私たち一人ひとりに「発信者」という大きな力を与えました。でも、その力を使う瞬間に「責任」のことを考える余裕を、プラットフォームの設計が奪っているのです。

たった1秒の「問いかけ」が世界を変える


ここからが、この研究の最も希望に満ちた部分です。

もし問題が「不注意」なら、解決策は驚くほどシンプルです。人々の意識を一瞬だけ「正確さ」に向ければいい。

研究チームは、本番の実験の前に、政治とは無関係なニュース見出しを1つ見せて「これは正確だと思いますか?」と聞くだけの介入を行いました。たったこれだけです。すると、その後のニュースシェアにおいて、真実と嘘を見分ける能力が2.0倍から2.4倍に跳ね上がったのです。

さらに驚くべきは、この効果が実験室の外でも確認されたことです。研究チームは、信頼性の低いサイトの記事を頻繁にシェアしていた5,379人のTwitterユーザーに、1通のダイレクトメッセージを送りました。内容は「この見出しは正確だと思いますか?」という質問が含まれた、ごくシンプルなもの。

結果、メッセージを受け取った後24時間で、ユーザーがシェアするニュースの質が明らかに向上しました。ニューヨーク・タイムズのような信頼性の高いメディアのリンクが増え、信頼性の低いサイトのリンクが減ったのです。

説教もファクトチェックも必要ありませんでした。ただ「正確さ」について一瞬考えさせただけで、タイムラインの質が変わったのです。

私たちにできる「1秒の習慣」


この研究から、私たちが日常に取り入れられる具体的な行動が見えてきます。

シェアボタンを押す前に、たった1秒だけ自分に問いかけてください。「これは正確か?」と。

たった1秒です。コーヒーを一口飲む時間よりも短い。でも、その1秒が、あなたのタイムラインを、そしてあなたの友人や家族が見る情報環境を、少しだけ良くするかもしれません。

私は公認心理師として、人間の認知には限界があることを日々実感しています。完璧に正確な判断を常にできる人はいません。でも、自分の限界を知った上で、ほんの少しの工夫を加えることはできます。

この研究が示しているのは、私たちが「悪い人間」だから偽情報を広めてしまうのではない、ということです。私たちの脳は、正確さを大切にしたいと思っています。ただ、SNSという環境がそれを忘れさせているだけ。だからこそ、自分で自分に「リマインド」してあげればいい。

あなたのタイムラインを偽りから守るのは、複雑なアルゴリズムではありません。あなた自身の内側に眠る、小さな「注意」の力です。

次にシェアボタンに指を伸ばすとき、ぜひ思い出してください。「これは正確か?」と。その1秒が、情報の洪水の中で、あなたの灯台になってくれるはずです。


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