公認心理師の私が監視資本主義を学んで、SNSをやめかけた話
スマホを置こうとしたのに、気づいたらまた手に取ってスクロールしている。そんな経験、ありませんか?
「自分の意志が弱いのかな」と落ち込む必要は、まったくないんです。
実はあなたを引き戻しているのは、意志の弱さではなく、何兆円という資金をかけて設計された巧妙な仕組みの方なんですよ。私自身、公認心理師として人の行動と心理の関係を学んできた立場から、この仕組みを知ったとき、正直ぞっとしました。
今日は、私たちが毎日触れている「無料のサービス」の裏側で何が起きているのか、ハーバード大学の名誉教授が「監視資本主義」と名付けた概念をたよりに、隣でお話しする感覚でお伝えしますね。
あなたは「お客さん」ではなく「原材料」だった
最初にこの言葉を知ったとき、私は思わずスマホを置きました。
ハーバード・ビジネス・スクール名誉教授のショシャナ・ズボフが提唱した「監視資本主義(Surveillance Capitalism)」という概念があります。彼女の定義によれば、これは人間の経験を無料の原材料として一方的に抜き取り、未来の行動を予測する「予測商品」を作って販売することで利益を得る、新しい経済システムのことです。
ここで重要なのは、私たちユーザーの立ち位置です。
便利なSNSや検索エンジンを「無料で使わせてもらっている」と思っているとき、本当の顧客は広告主の方で、私たちは彼らに売られるデータを生み出す「原料の供給源」に過ぎません。スーパーの精肉コーナーをイメージしてみてください。お肉を買っているお客さんが広告主で、商品として並んでいる肉が、私たちのデジタル上の振る舞いそのもの、というわけです。
ちょっと、いやかなり強烈な比喩ですよね。でも、現実はそう遠くありません。
私たちを巻き込む3つのステップ
監視資本主義の仕組みは、シンプルに分けると3つの段階で動いています。
ひとつめは「監視と抽出」。
「いいね」やクリックの履歴だけでなく、画面をスクロールする速度、ある投稿の前で何秒止まったか、位置情報まで、ありとあらゆるデジタル上のしぐさが記録されています。瞬きするより細かい単位で、私たちの行動はメモされ続けているんです。
ふたつめは「プロファイリングと予測」。
集めた膨大なデータをAIが分析して、一人ひとりの詳細な心理プロファイルが組み立てられます。「次に何をするか」「いま、どんな感情か」が、本人より高精度に推測される世界です。
そしてみっつめが「行動変容(Behavioral Modification)」
。これが本丸です。予測した上で、広告主が望む行動、たとえば商品の購入や特定の候補者への投票へと、本人が気づかないうちに誘導していく。「自分で決めた」と思っていたあの選択は、本当にあなたの意志でしたか?という問いが、ここに突き刺さります。
スロットマシンと「怒りの通貨化」
ここからが、心理職としての私が一番ぞっとした部分です。
私たちをプラットフォームにつなぎ止めるために、人間の心理的・生物学的な弱点を狙った設計が、意図的に組み込まれています。
たとえば「変動報酬」と呼ばれる仕組み。SNSのタイムラインを下に引っ張って更新するあの動作、実はスロットマシンと同じ原理だと言われています。「次に何が出るかわからない」という不確実性は、脳内のドーパミン放出を強烈に促します。意志の問題ではなく、生体反応として中毒的な習慣が形成されてしまうんです。
もうひとつが「怒りと恐怖の通貨化」。人間の脳は、穏やかなニュースよりも、怒りや恐怖を呼び起こす情報に強く反応します。アルゴリズムはユーザーの滞在時間を最大化することが目的なので、結果的に陰謀論やヘイトに近いコンテンツが優先的に表示されることになる。暴力や対立を煽ることが、プラットフォームを一番豊かにしてしまう構造、と表現すれば、その異様さが伝わるでしょうか。
「最近SNSを見ると疲れる」「腹が立つことばかり目に入る」と感じている方、それはあなたの感受性が鋭いせいでも、性格が悪くなったからでもありません。怒りに反応する脳の特性を、ビジネスとして利用されているだけ、と私は受け止めています。
「ビッグ・ブラザー」ではなく「ビッグ・アザー」
ジョージ・オーウェルの小説『1984年』をご存じでしょうか。暴力と恐怖で国民を支配する独裁者「ビッグ・ブラザー」が登場する、20世紀の全体主義を象徴する物語です。
ズボフは、現代の監視資本主義をこれと対比して「ビッグ・アザー(Big Other)」と呼びました。
ビッグ・アザーは私たちに服従を迫りません。暴力もふるわない。「おすすめ」や「パーソナライズ」という、心地よい顔をして近づいてきます。便利さの裏に潜みながら、私たちの行動を静かに計算し、修正し、制御していく。これを彼女は「道具主義的な支配」と表現しています。
恐ろしいのは、抑圧されている自覚すら持てないこと、ではないでしょうか。
民主主義そのものが揺らいでいる
問題は、個人のプライバシーにとどまりません。
アルゴリズムが「あなたの好む情報」だけを見せる、いわゆるフィルターバブルが社会全体に広がると、共通の事実認識が崩れていきます。隣の人と私が、もはや同じ世界を見ていない。これが、いまSNSで起きている分断の正体のひとつです。
ケンブリッジ・アナリティカ事件をご記憶でしょうか。心理プロファイルを悪用したマイクロターゲティング広告によって、有権者の不安をピンポイントで煽り、選挙結果に影響を与えた疑いがあるとされた事件です。民主的なプロセスそのものに、見えないノイズが混ざりこむ時代に、私たちはすでに生きています。
「便利だからデータくらい提供してもいい」という気軽な選択が、実は一人の市民としての足場を削っているかもしれない、という視点は、知っておいて損はないと思うのです。
「消費者」をやめて「市民」に戻る
ここまで読むと、絶望的な気分になるかもしれません。でも、私はそうは思っていません。
投資家のロジャー・マクナミーは著書『Zucked』のなかで、こんな言葉を残しています。「市民であることは能動的な状態であり、消費者であることは受動的である」。これは、私たちが取り戻せる感覚を端的に言い表した、力強いメッセージだと感じています。
私自身、監視資本主義を学んでから、3つの小さな習慣を始めました。
ひとつめは、SNSのプッシュ通知をすべてオフにすること。これだけで、スマホに引っ張られる回数が驚くほど減りました。ふたつめは、寝室にスマホを持ち込まないこと。睡眠の質が変わり、朝の感情が落ち着きました。みっつめは、強い感情を呼び起こす投稿を見たとき、いったん立ち止まって「これは私が望んだ感情か?」と自分に問いかけることです。
ささやかですが、これらは「与えられた行動」から「自分で選ぶ行動」に戻していく、能動的な実践です。
がまんではありません。チャレンジです。あなたの「未来を選ぶ自由」を、誰かの利益のためではなく、あなた自身のために取り戻すための。
終わりに
今日お伝えしたかったことを、3つに絞って振り返ります。
まず、私たちは無料サービスの「お客さん」ではなく、「原材料」として扱われている現実があるということ。次に、その仕組みは私たちの脳の弱点を熟知した上で設計されているので、ハマってしまうのは意志の問題ではないということ。そして最後に、「消費者」から「市民」へと立ち位置を変える小さな実践は、今日から誰にでも始められるということです。
スマホを置けない自分を責める必要は、まったくありません。
責めるべきは、責められない仕組みの方です。そしてその仕組みを知った今、あなたはもう昨日までのあなたではない。気づいた瞬間から、選び直す自由は確かにあなたの手の中に戻ってきています。
小さな変化からで大丈夫。通知をひとつオフにする、寝る前にスマホを離す、それだけでも未来は確実に変わっていきます。あなたは、変化を起こせます。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。
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