見出し画像

誰も糾弾しない」のに社会を変える、静かな検証の力:AI書評 『ファクトチェックとは何か』

「最近、何を信じていいかわからない」——そんな感覚、ありませんか。

SNSを開けば真偽不明の情報が次々に流れてきて、気づけば自分も「なんとなく正しそう」という空気感だけで物事を判断してしまっている。ポスト・トゥルースと呼ばれるこの時代に、「事実」をどう守るか。その答えの一つが「ファクトチェック」です。

今回は、立岩陽一郎氏・楊井人文氏の共著『ファクトチェックとは何か』(岩波ブックレット)をもとに、ファクトチェックとは何なのか、なぜ今必要なのか、そして僕たち一人ひとりに何ができるのかを、公認心理師の視点も交えながらまとめてみました。


「誰も糾弾しない」のに社会を変える、静かな検証の力

なぜ今、ファクトチェックなのか


僕たちは今、情報の洪水の中にいます。

誰もがスマホ一つで発信者になれる時代。その便利さの裏側で、検証されないままの情報が一瞬で拡散し、社会に影響を及ぼすようになりました。2016年のアメリカ大統領選でトランプ氏が誕生したとき、「ポスト・トゥルース」という言葉が一気に広まりましたよね。客観的な事実よりも、感情や個人の信条が世論を動かしてしまう。そんな状況がもう当たり前になりつつある。

こうした背景の中で、ジャーナリズムの新しい手法として注目されているのが「ファクトチェック」です。

既存メディアが果たしてきた「情報の門番」としての役割が、インターネットやSNSの普及で機能不全を起こしている。メディアを介さず情報がダイレクトに届く今、「それ、本当?」と立ち止まる仕組みが社会的に求められているわけです。

この本を書いた二人の「覚悟」


著者の立岩陽一郎氏は、もともとNHKの社会部記者でした。テヘラン特派員を経験し、各国首脳の税金逃れを暴いた「パナマ文書」の取材では中心的な役割を担った人物です。

でも、立岩氏はNHKを辞めている。

組織の枠の中では「権力に対する客観的な真偽検証」が十分にできないと感じたからです。退職後はNPOメディア「ニュースのタネ」の編集長や、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)の理事として、日本のファクトチェックの草分け的存在として活動を続けています。

もう一人の著者、楊井人文氏は元・産経新聞記者で、のちに弁護士に転身した異色の経歴の持ち主。2012年に日本報道検証機構を設立し、メディアの誤報を検証するサイト「GoHoo(ゴフー)」を立ち上げました。2017年にはFIJの事務局長として、日本でのファクトチェックの基盤整備と国際原則の導入に力を注いでいます。

調査報道の最前線にいたジャーナリストと、法律の専門家。この二人が手を組んだことで、本書には実務的な重みと理論的な厳密さの両方が詰まっています。

ファクトチェックとは「何をする」ことなのか


ここ、実はけっこう誤解されがちなポイントです。

ファクトチェックとは、公開された言説の中から「客観的に検証可能な事実」に限定して、その正確性を検証し、結果を発表する営みのことです。

大事なのは、検証するのは「事実」であって「意見」ではないということ。「私はこの政策に反対だ」という意見は検証対象にならない。でも「この政策により失業率が下がった」という事実言明は、データで確認できる。その線引きが、ファクトチェックの肝です。

そして立岩氏がはっきり言っていることがあります。

ファクトチェックというのは、別に誰を糾弾するものでも誰を否定するものでもない。単純にどの発言の中のこの部分が事実として照らし合わせたらどうかっていう作業で、どっちかというとちょっと機械的な作業に近い。

この「抑制された姿勢」こそが、信頼の源泉。相手の立場に関係なく、誤りがあれば正す。非党派性・中立性がファクトチェックの生命線です。

9段階のレーティング——「嘘か本当か」では終わらない


ファクトチェックのおもしろいところは、白黒つけて終わりではないこと。FIJが推奨するレーティングは、なんと9段階もあります。

「正確」 は、事実の誤りがなく重要な要素も欠けていない状態。「ほぼ正確」 は一部に不正確な点があるけれど根幹は合っている場合。「ミスリード」 は、嘘は言っていないけど重要な事実の欠落や釣り見出しで誤解を招くケース。ここ、SNS時代にはすごく多いパターンですよね。

さらに 「不正確」(正確な部分と不正確な部分が混在)、「根拠不明」(証拠が極めて乏しい)、「誤り」(根幹部分に事実の誤りがある)、そして 「虚偽」(誤りがあり、かつ事実でないと知りながら伝えた疑いが濃いケース)。

加えて 「判定留保」(現時点では真偽を証明できない)と 「検証対象外」(意見や主観であり、そもそも検証できない性質のもの)があります。

この9段階を見て感じるのは、「情報ってグラデーションなんだな」ということ。白か黒かじゃなく、その間にたくさんの段階がある。このレーティングがあることで、読者は「どの程度信頼できるか」を自分で判断する材料が手に入るわけです。

韓国JTBCの「ファクトチェック・ルーチン」がすごい


本書では海外の事例も紹介されています。中でも印象的なのが、韓国のJTBCテレビでの取り組み。

JTBCでは、リーダー記者・プロデューサー・リサーチャー・デザイナーからなる専門チームが組まれていて、毎日こんなサイクルでファクトチェックをしています。

午前中に疑わしい言説を議論して検証対象を選定。手分けして確認作業に入る。午後には検証結果をチーム内で徹底的に議論し、多角的な「クロスファクトチェック」を実施。原稿を書き上げたら予想される反論と突き合わせて最終チェック。そして夕方のニュースでグラフィックとともにプレゼンする。

このルーチンによって、たとえば「韓国は日本よりIT技術で50年遅れている」という野党関係者のネット投稿が、客観的な指標に基づいて即座に「事実ではない」と判定されたりしている。日常のニュース制作にファクトチェックが組み込まれているのは、正直うらやましいと思いました。

ちなみにインドネシアの「マフィンド」という組織では、Facebookを利用する7万人のメンバーから偽情報が寄せられ、それをファクトチェックしてSNSやラジオで発信するという、まさに市民参加型のプラットフォームとして機能しています。

日本での実践——選挙戦における「事実」の攻防


日本国内での具体例も紹介されています。

2017年の衆議院総選挙では、FIJを中心とした学者やジャーナリストのチームが、政治家の発言やネット上の言説をリアルタイムで検証しました。政治家の発言を「正しい」から「ウソ・デタラメ」まで色分けしたグラフで可視化する手法が使われ、有権者に対して視覚的にわかりやすい判断材料を提供しています。

「移民政策」や「期日前投票のすり替え」といった社会不安を煽る言説が拡散された際には、速やかに調査して不正確な情報を打ち消す作業が行われました。すべての出典を明記し、疑問を持った人が自分でも確認できるように設計されている。これは既存メディアへの不信に対する一つの処方箋と言えるでしょう。

また、自民党の裏金問題における「訂正」という表現の使われ方についても検証が行われています。政治家が不都合な事実を隠すために使う言葉のレトリックを、客観的な証拠で解体していく——これは権力監視としてのファクトチェックの真骨頂です。

ファクトチェックにも「副作用」がある


ここからは少し慎重な話。ファクトチェックは万能ではありません。

まず、「時間の非対称性」 の問題。AIによるフェイクニュースの生成は一瞬ですが、それを検証するには何倍もの時間がかかります。立岩氏自身も「即効性のある手段にはなり得ない」と認めています。

次に、「バックファイア効果」。これは心理学的にも知られている現象ですが、誤情報を否定するためにその情報を繰り返し引用することで、かえって誤情報の認知度を高めてしまったり、特定の層でむしろ反発を招いて「自分の信じたい情報をより強固に信じ込む」という逆効果が生じることがあります。

公認心理師としての立場から補足すると、人間には「確証バイアス」という認知の偏りがあります。自分にとって都合のいい情報を集め、都合の悪い情報を無視してしまう傾向です。ファクトチェックの結果が自分の信念と矛盾するとき、「このファクトチェック自体が偏っている」と感じてしまう人がいるのは、ある意味で自然な心理反応なんです。だからこそ、ファクトチェックは「押しつけ」ではなく「判断材料の提示」に徹する必要がある。

そして、日本における担い手の不足。ファクトチェックは手間のかかる地道な作業であり、それを継続できる組織や人材がまだ限られています。

今日からできる「ファクトチェック6つの心得」


本書には、僕たち一般人が今日から実践できる「情報の護身術」がまとめられています。

①情報源を確かめる。
その情報は誰が、どんな意図で発信したのか。まず疑うところから始めましょう。

②一次情報にあたる。
誰かの要約や解釈ではなく、元の公文書や統計、発言の全文に直接あたる。この一手間が大きな差を生みます。

③「事実」と「意見」を区別する。
文章の中に客観的に検証可能なデータがあるのか、それとも書いた人の価値判断なのか。これを見分けるだけでも情報の受け取り方が変わります。

④複数のメディアで比較する。
一つの情報源に頼らず、多角的に確認することで偏りや誤認を防ぐことができます。

⑤発信された時期を確認する。
過去の古い情報が、まるで今の出来事のように使い回されていることがあります。日付チェックは地味だけど重要です。

⑥自分のバイアスに気づく。
「信じたい情報を信じてしまう」という心理傾向に自覚的になること。これがリテラシー向上のいちばんの鍵だと僕は思います。

「情報のワクチン」という発想


楊井氏の言葉で、本書の中でも特に心に残ったものがあります。

大事なことは、何が事実かを一般の人々が見極めるための判断材料を淡々と提供することである。ファクトチェックは、人々の免疫力を高めるうえで非常に有用である。

ファクトチェックを「情報のワクチン」として捉える、この視点がいいなと思いました。ワクチンって、病原体そのものをやっつけるわけじゃないですよね。体の免疫力を高めて、自分自身で対処できるようにするもの。ファクトチェックも同じで、「これが正しい答えです」と押しつけるのではなく、判断の材料を提供することで、僕たち一人ひとりが情報を取捨選択する力を育てる。

市民教育としてのファクトチェック


立岩氏は、ファクトチェックを単なる「誤情報の駆逐ツール」ではなく、一種の「市民教育」として位置づけています。

実際に大学生がファクトチェッカーとして活動に参加したり、高校生向けの授業で検証の手法が紹介されたりしているそうです。今後はさらに若い世代へ広げることで、社会を根本から変える試みが目指されています。

多くの市民がファクトチェックを経験し、そのプロセスを知ることで、フェイクニュースが自然と拡散しにくくなる「抑制力が働く社会」をつくる。これが理想の形。

ファクトチェックの判定は絶対的なものではなく、無数にある情報の一つとして「加算」していく役割を担うものです。その存在を知ること自体が、僕たちの情報に対する慎重な姿勢を促してくれる。

最後に——「あなたもファクトチェッカーに」


本書のメインメッセージの一つに、こんな言葉があります。

ウソの情報によって分断や拒絶が深まることを避け、事実を積み上げることで民主主義の力を底上げする。

そして、著者からの熱い呼びかけ——「あなたもファクトチェッカーに」

プロのジャーナリストだけでなく、僕たち一般市民も情報の担い手であり発信者である。情報の受け手が主体的に動くことでしか、フェイクニュースの蔓延は防げない。

ファクトチェックという手法は、地道で、時に副作用を伴い、即効性にも欠けるかもしれません。でも、感情的な言説が飛び交う社会において、客観的な証拠に基づいて淡々と真偽を明らかにする作業は、僕たちが理性を保つための「最後の砦」なんだと思います。

非党派性、透明性、再現性、そして謙虚な自己規制。本書が示したこれらの原則は、これからの情報社会を生き抜くための羅針盤になるはずです。

まずは今日、SNSで見かけた気になる情報に対して「それ、本当?」と一回だけ立ち止まってみること。その小さな一歩が、ウソによって分断されない社会への第一歩なのかもしれません。


#ファクトチェック #フェイクニュース対策 #情報リテラシー #ポストトゥルース #あなたもファクトチェッカーに


いいなと思ったら応援しよう!

AIでエビデンスを探る_公認心理師 よろしければ応援お願いします。いただいたチップは、執筆のための書籍購入や、AIのために使わせていただきます。