なぜ同じニュースを見ても「信じる人」と「陰謀論に走る人」に分かれるのか:論文紹介
コロナ禍、あなたの周りにもいたのではないでしょうか。「ワクチンは生物兵器だ」「政府が権力を強めるための茶番だ」と、真剣な顔で語る人が。
不思議なのは、そういう人が必ずしも「情報弱者」ではないことです。むしろ熱心に情報を集めていたりする。では、何が違うのか。
スウェーデンのカロリンスカ研究所などのチームが、68カ国・約4万7000人を対象に調べた結果、ひとつの答えが浮かび上がりました。鍵を握るのは「知識量」でも「学歴」でもなく、「素直さ(オープンマインドネス)」だったのです。今回は、その研究をかみ砕いてお伝えします。
「素直な人」と「そうでない人」──何がそんなに違うのか
2026年に学術誌『Judgment and Decision Making』に掲載された研究があります(Pärnamets et al., 2026)。スウェーデン・カロリンスカ研究所のフィリップ・パーナメッツ氏らのチームが、コロナ禍の初期に世界68カ国から集めた約4万6745人のデータを分析した、かなり規模の大きい研究です。
この研究が調べたのは、「オープンマインドネス(素直さ・開かれた心)」という心理的な特性が、人々の行動にどう影響したか、という点でした。具体的には次の4つです。
・物理的距離の確保(なるべく家にいる、他者と距離を置くなど)
・衛生行動の実践(手洗い、消毒など)
・公衆衛生政策への支持(学校・店舗閉鎖、集会禁止への賛否など)
・陰謀論を信じる程度(「コロナは生物兵器」「政府の陰謀だ」など)
「素直さ」って、具体的にどういうこと?
ここで言う「素直さ」は、日常語とは少し違います。研究では次のような態度を指しています。
・自分より詳しい人から学ぶことを恥じない
・地位が低い人からでも、知らないことを教われる
・自分と大きく違う人の話も、きちんと聞こうとする
・「間違いを認めるのは弱さだ」とは思わない
逆に言えば、「自分はだいたい正しい」「他人から学ぶ必要はない」という態度が強い人ほど、素直さのスコアが低くなります。「自分の知識の限界を認められるかどうか」がポイントです。
結果:素直な人は、17の心理特性の中でも群を抜いていた
研究チームは、オープンマインドネスを含む17の心理的特性(自己愛傾向、政治的イデオロギー、リスク認知、帰属意識など)をまとめて分析しました。
結果は明確でした。オープンマインドネスは、感染対策行動や公衆衛生政策への支持において、17の特性の中で最も強い、あるいはトップクラスの予測因子だったのです。
具体的な数字も示しておきます。
・物理的距離の確保:素直さが高いほど実践しやすい(β = 0.17)
・衛生行動の実践:同様に正の相関(β = 0.092)
・政策への支持:同様に正の相関(β = 0.13)
・陰謀論を信じる程度:素直さが高いほど信じにくい(β = −0.14)
さらに注目すべきは、「陰謀論を信じる度合い」との相関係数(信頼性補正後)がr = −0.35だったことです。心理学の分野では「中程度から大きい」とされる効果量で、過去のメタ分析で最強の予測因子とされてきた「認知的熟慮(r = −0.17)」や「積極的に開かれた思考(r = −0.25)」をも上回る数値です。
こういう数字を読んでいると、「素直さ」って思っていた以上に強力な認知的ワクチンなのだと実感します。
「素直さ」は一枚岩じゃなかった──2つの顔
この研究でもうひとつ興味深かったのは、オープンマインドネスを詳しく分析すると、2つの異なる側面が浮かび上がったことです。
第1因子:学習志向(Learning Orientation)
「他の人から学ぶことが好き」「知らないことを教わるのが嬉しい」という積極的・前向きな姿勢です。この因子が高い人ほど、感染対策行動や政策支持と強く関連していました。
第2因子:脅威志向(Threat Orientation)
「自分と違う人間の話は聞く気がしない」「ミスを認めるのは弱さだ」という防衛的・自己保護的な態度です。この因子が高い人ほど、陰謀論を信じやすかったのです(r = 0.40)。
つまり、「感染対策をしっかりやる」と「陰謀論を信じにくい」は、同じ「素直さ」から来るように見えて、実は少し違うメカニズムで動いていた、ということです。
公衆衛生への協力は「新しいことを学ぼうとする姿勢」から生まれ、陰謀論への抵抗は「他者を脅威と見なさない姿勢」から生まれる──そういうイメージでしょうか。
右寄りの政治観を持つ人ほど「脅威志向」が効いた
政治的イデオロギーとの関係も調べられています。右寄りの政治観を持つ人は、「脅威志向」のスコアが高い傾向にあり(r = 0.21)、さらに陰謀論とも相関していました(r = 0.22)。
ただし研究者たちは慎重で、「これは一項目だけの簡易測定であり、政治的立場の善し悪しを論じるものではない」と注記しています。世界68カ国で「左右」の意味は相当違いますから、この数字をそのまま国内の文脈に当てはめるのは要注意です。
この研究、どこまで信頼できるのか
正直なところ、この研究が完璧かというとそうではありません。研究者自身も認めている限界点をいくつか挙げておきます。
まず、データの多くが自己申告です。「ちゃんと手洗いをした」「距離を保った」は、あくまで本人が回答したもの。実際の行動と一致しない可能性があります(ただし、コロナ禍では自己申告と実際の行動に一定の相関があるという先行研究もあります)。
次に、因果関係はわかりません。「素直な人が感染対策をした」のか、「感染対策をした経験が人を素直にした」のか、この研究からは判断できません。あくまで相関関係です。
そして最大の課題は、「素直さをどう育てるか」がまだわかっていないことです。特性の重要性は示された。でも育て方は未解明。ここが今後の研究の焦点になるはずです。
医療の現場で感じること
仕事柄、さまざまな患者さんや家族と接していると、情報への向き合い方の個人差の大きさを実感します。「先生、こんな話を聞いたんですが本当ですか?」と尋ねてくれる方は、こちらの説明もよく聞いてくれる。一方で「ネットで調べたから間違いない」と最初から心を閉じている方には、何を話しても届かないことがある。
この研究を読んで、その差は「知識量」じゃないんだな、と改めて思いました。「自分がまだ知らないことがある」と思えるかどうか──それがすべての入り口なのかもしれません。
「素直であること」は美徳論の話ではなく、公衆衛生上の実践的なスキルである。そんな視点で捉え直すと、この研究はなかなか重い示唆を持っています。
まとめ
68カ国・約4万7000人の大規模調査で、「素直さ(オープンマインドネス)」がコロナ禍の感染対策行動と陰謀論への非信奉において最強クラスの予測因子でした。
「素直さ」には「学習志向(感染対策と関連)」と「脅威志向(陰謀論と関連)」の2つの側面があり、右寄りの政治観と脅威志向にも相関が見られました(ただし解釈には注意が必要です)。
相関研究であり因果関係は不明で、「どうすれば素直さを育てられるか」は今後の研究課題です。
次のパンデミックがいつ来るかはわかりません。でも、その時に「情報の免疫力」として機能するのは、学歴でも情報量でもなく、「自分はまだ知らないことがある」という、ある意味で当たり前の謙虚さなのかもしれない。
そう思うと、日々の患者さんとの会話も、少し違って見えてきます。
参考文献:
Pärnamets, P., Alfano, M., Ross, R. M., & Van Bavel, J. J. (2026). Open-mindedness predicts support for public health measures and disbelief in conspiracy theories during the COVID-19 pandemic across 68 countries. Judgment and Decision Making, e8. https://doi.org/10.1017/jdm.2026.10033
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