お医者さんも嘘をつく?医療フェイクニュースが怖い本当の理由
「これ、効くらしいよ」——そんな一言を、SNSや身近な誰かから受け取った経験はありませんか。
コロナ禍のあの時期、私は医療の現場に立ちながら、患者さんやその家族が次々と「ネットで見た情報」を持ち込んでくる光景を目の当たりにしました。イベルメクチン、うがい薬、「ワクチンで遺伝子が変わる」…。善意から共有された情報が、むしろ回復を遠ざけてしまうこともある。
もし「医療情報くらい、自分で判断できる」と思っているとしたら、ぜひこの先を読んでみてください。公認心理師でもある私が、ファクトチェック白書2024を読みながら感じた、医療フェイクニュースのリアルな怖さをお伝えします。
「嘘は空を飛ぶ」——300年前の警告が、今もっとも刺さる
「嘘は空を飛び、真実はかなり遅れて嘘を追いかける」
これは、『ガリバー旅行記』で知られる風刺作家のジョナサン・スウィフトが1710年に書き記した言葉です。300年以上も前に生きた人間が、まるで今のSNSを見ているかのように、情報の拡散について的確に警鐘を鳴らしていた。正直、読んだときに鳥肌が立ちました。
2024年、認定NPO法人ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)と早稲田大学が共同で公表した『ファクトチェック白書2024』を通読して、あらためて思い知らされたことがあります。私たちは今、スウィフトが想像した以上に「嘘が飛び交う時代」の只中にいる、ということです。
ファクトチェックとは、誰かがすでに社会に向けて発信した情報を、発信者と関係のない第三者が検証し、その結果を公表する活動のことです。単に「これは嘘だ」と言うのではなく、情報源を明示し、判定の根拠を開示する。そういった透明性のある活動を指しています。
医療の現場が、最もデマの温床になりやすい理由
公認心理師として情報の在り方に関心を持ち続けてきた立場から言うと、医療分野の誤情報には特有の「危なさ」があります。
心理学者のオルポートとポストマンは『デマの心理学』のなかで、「デマの流布量は、問題の重要さと、証拠のあいまいさの積に比例する」という考え方を示しました。これをそのまま医療に当てはめると、恐ろしいほど説明がつくのです。健康や命がかかっていれば「問題の重要さ」は最大値に跳ね上がる。そして医療情報は専門的で難解で、一般の方には真偽の判断が難しい。つまり「証拠のあいまいさ」も高水準になりやすい。この二つが掛け合わさったとき、デマが猛烈な勢いで広がる土壌が生まれます。
白書には、まさにそのような事例が実名と共に記録されています。コロナ禍で「うがい薬がコロナに効く」と大阪府知事が会見で発言し、翌日にはドラッグストアからうがい薬が消えた話。政治家や著名人が「ワクチンで癌が増えている」「ウイルスを売るためにワクチンが作られた」と街頭で演説した話。そしてアメリカでは消毒剤の飲用を勧める誤情報によって800人以上が死亡したという記録。
問題はその誤情報の発信源です。白書はこう明記しています。「医師や医療関係者がワクチンに関する誤情報を流した例も確認された」と。
これは、私自身も医療に関わる人間として、深刻に受け止めなければならない事実です。
「正しい情報」が逆効果になることもある、という皮肉
白書の中で、私がもっとも印象に残った知見の一つが、トイレットペーパーのデマをめぐるエピソードです。
コロナ禍で「トイレットペーパーが不足する」という根拠のない情報が拡散したとき、その情報を打ち消す報道もまた、買い占めをさらに加速させた可能性があると研究者が指摘しています(Iizuka et al., 2022)。つまり「これは嘘ですよ」という訂正の情報でさえ、人々の注意を引きつけ、「じゃあ本当に買っておいた方がいいのかも」という行動につながり得る、ということです。
これは心理学でいう「バックファイア効果」や「誤情報の反証が生む逆効果」に近い現象で、私も専門的な関心を持ち続けてきたテーマです。情報の正誤を伝えるだけでは不十分で、どう伝えるか、いつ伝えるか、という設計そのものが問われます。医療コミュニケーションの難しさが、まさにここにあります。
医療者として、私が今やっていること
白書を読み終えて、私が自分自身に課したことが三つあります。
まず、情報の「一次源」を確認する習慣を、改めて徹底することです。「テレビで見た」「SNSに出てた」ではなく、その情報はどこから来たのか。論文か、公的機関の発表か、それとも匿名のまとめサイトか。医療関係者の私でも、疲れているときや忙しい時間帯には確認を怠ってしまうことがある。それを自覚するだけでも、ずいぶん違います。
次に、「自分の言葉で拡散しない」というルールです。善意から情報を共有したくなる気持ちはよく分かります。でも白書が示すように、誤情報はほとんどが悪意ではなく、善意によって広がっていく。「これ大事かも」と思ったとき、一呼吸おいて確認するだけで、連鎖を断ち切れることがある。
そして最後に、「分からない、と言える勇気」を持つことです。医療関係者として、すべてを知っているかのように振る舞うことへの圧力は実感としてあります。でも、不確かなことを断定することの危険性は、白書が実例をもって教えてくれています。「今のところ分からない」「専門家に確認してほしい」と伝えることの方が、時として患者さんや周囲の人を守ることになる。
生成AIの時代、フェイクはより精巧になる
一点、白書が強調していて、私も強く危機感を覚えた内容をお伝えしなければなりません。
2022年の豪雨災害の際、生成AIで作られた偽の災害画像がSNSに投稿されました。一見では本物と区別がつかないようなクオリティで、BuzzFeed Japanがその日のうちに「AIが生成した可能性がある」と注意喚起しました。G7広島サミットを経て、国際社会では生成AIによる誤情報のリスクへの対応が議論の中心になりつつあり、日本でも内閣府の有識者会議がその対応策を検討し始めています。
つまり、これから私たちが目にする「嘘」は、以前より格段にリアルで、見破りにくくなっていく可能性が高い。医療情報に限らず、画像、動画、そして一見すると「専門家らしい」言説が、AIによって量産される時代が既に始まっています。
まとめ——それでも、知ることは最大の武器
ここまで読んでいただいて、少し怖くなった方もいるかもしれません。でも私は、知ることそのものが、最大の防衛になると信じています。
今回お伝えしたかった大切なことを三つにまとめます。
一つ目。医療分野は「問題の重要さ」と「情報のあいまいさ」が掛け合わさりやすく、デマが最も広がりやすい領域の一つです。医療関係者でも誤情報を発信することがあるという事実を、謙虚に受け止める必要があります。
二つ目。「正しい情報で打ち消す」だけでは不十分な場合があります。情報を「いつ・どう・誰に」伝えるかという設計が、誤情報対策には欠かせません。
三つ目。生成AIによって、これからフェイクはより精巧になります。今のうちに「一次源を確認する」「分からないことは分からないと言う」「善意の拡散にも立ち止まる」という習慣を育てておくことが、何より大切です。
情報の海を泳ぎ続けるには、泳ぎ方を知っておくことが欠かせません。あなたは今日、その一歩を踏み出しています。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。
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