「テレビが偽情報を流した」——この誤解、あなたはしていませんでしたか?
「テレビが偽情報を流していた」——そんな言葉をSNSで見かけたとき、あなたはどう受け取りましたか?
先日、東洋大学の小笠原盛浩教授が発表した調査結果が話題になりました。今年2月の衆院選期間中に広まった代表的な偽情報のうち、なんと8割近くが「事実だ」と誤認識されていたというものです。そしてその情報を得た経路として、テレビが最多の32.7%を占めていた。
ここで「やっぱりテレビはダメだ」と感じた方——少し待ってください。私も最初にこの見出しを見たとき、正直、同じように受け取りそうになりました。でも調査の中身をきちんと読み解くと、少し違う景色が見えてきます。報道を「どう読むか」は、私たちひとりひとりに問われている問題です。
テレビが「偽情報を流した」のか?
今回の調査を報じた最初の見出しを読んで、「テレビが偽情報を発信していた」と受け取った人が少なからずいたようで、SNSではそうした趣旨の投稿も多数見られました。私も医療の現場で情報リテラシーについて考えることが多いので、この反応はとても気になりました。
調査が示しているのは「偽情報に接した経路がテレビだった人が一番多かった」ということ。つまりテレビを通じて偽情報が伝わったケースが多かった、という意味です。テレビが偽情報を作り出して流した、とは必ずしも言っていない。
この違い、伝わりますか?ちょっとだけ付き合ってください。
なぜテレビ経由で偽情報が広まるのか
では、なぜテレビを通じて偽情報が広まったのでしょう。私はここに3つの構造的な理由があると考えています。
ひとつ目は、ファクトチェック報道の「逆効果」です。「〇〇はウソ」という見出しのニュースを見たとき、人の脳に強く残るのは「〇〇」の部分であることが多い。これは認知心理学で言うところの「否定語の処理の非対称性」に近い現象で、否定の文脈で提示された情報ほど、肯定的な内容として記憶に残りやすいことがあります。ファクトチェック報道が意図せず偽情報を強化してしまう、という皮肉なのです。
ふたつ目は、党首討論や街頭演説のストレートニュースという形式の問題です。候補者の発言をそのまま放送することは報道として正当です。しかし発言の中に誤りや不正確な情報が含まれていても、速報性を優先するストレートニュースでは検証が間に合わないことがある。視聴者はテレビで「本人がそう言っている」映像を見て、それを事実として受け取ってしまう。
三つ目は、テレビへの信頼感そのものが誤認識率を高めるという逆説です。調査でも、テレビ経由での誤認識率は84.9%と最も高い数字でした。「テレビで言っているから本当だろう」という既存の信頼感が、むしろ批判的思考のブレーキになってしまっているのかもしれません。
「8割誤認」という数字の重さ
少し立ち止まって、改めてこの数字を見てほしいのです。衆院選の期間中に広まった代表的な偽情報5件のうち、1件でも見聞きした人の79.9%がそれを「事実だ」と思っていた。
なかでも印象的だったのは「マンションの高騰は外国人が投機目的で購入しているせいだ」という情報で、回答者の44.4%が見聞きしており、そのうち89.6%が事実と認識していました。私自身も、この話を職場の雑談で耳にしたことがあります。「なんか聞いたことある」という感覚が、じわじわと「本当のことかもしれない」に変わっていく——そういう体験をしている人が、おそらく周囲にも大勢いるのではないでしょうか。
映画『インセプション』に「アイデアは最も回復力のある寄生虫だ」というセリフがあります。一度植え付けられたイメージは、否定されても消えにくい。偽情報の恐ろしさを言い当てているような言葉だと、今回の調査を読んで改めて思いました。
私たちにできること、正直な3つの提案
では、どうすればいいのか。私が考えるチャレンジを3つ、正直にお伝えします。
まず「見出しだけで判断しない」こと。これは言うのは簡単でも、実際には難しい。でもせめて、「テレビが最多」という言葉を見たとき、「何が最多なのか?」と一瞬立ち止まる癖をつけるだけで変わります。
次に「複数の媒体を見比べる」こと。今回も朝日新聞の記事では、調査内容にかなり忠実な報道がされていました。同じ調査でも、切り取り方が違うと受け取り方がまったく変わる。これは医療情報でも全く同じで、私が日々感じていることです。
最後に「自分も騙されるかもしれない、という前提」を持つこと。「自分は騙されない」という自信ほど、実は危険なものはありません。研究者や専門家でさえ認知バイアスから自由ではない。「もしかしたら自分も誤解しているかもしれない」という謙虚さが、情報と向き合ううえで一番の武器になります。
報道を読む力は、民主主義の基礎体力
小笠原教授はこの調査を受けて「個人で情報の真偽を見極めることが困難になっており、信頼できる情報にアクセスしやすい環境の整備が必要だ」と訴えています。まったくその通りだと思います。
同時に私は、個人の側からも「読む力」を育てていく必要があると感じています。環境の整備は待ちながら、自分の読解力も磨いていく——その両輪が必要です。
選挙という、社会の意思決定にかかわる場面だからこそ、偽情報の影響は大きい。報道を正しく読み解く力は、医療情報に向き合う力と同じく、現代を生きるすべての人に求められる基礎体力なのだと、私はそう思っています。
おわりに
今回の話をまとめると、こうなります。
東洋大の調査が示したのは「偽情報に接した経路としてテレビが最多」であり、「テレビが偽情報を発信した」ということではない。テレビを通じて広まった背景には、ファクトチェック報道の逆説的効果・ストレートニュースの検証の限界・テレビへの信頼感が誤認識率を高めるという3つの構造がある。そして私たちひとりひとりが「報道の読み解き方」というチャレンジに向き合うことが、今この時代に問われている。
情報の海は、これからますます深く、速くなっていきます。でも、波に飲み込まれるのではなく、波の動きを読む人になってほしい——あなたには、その力があります。
気になる点やご質問があれば、コメント欄でお知らせください。ここまで読んでくださったことに感謝いたします。ありがとうございました。
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