真面目で優しい人ほど要注意|公認心理師が読み解く陰謀論にハマる罠:AI書評『参政党と大陰謀論時代』
ふとした瞬間、家族や友人がいつもと違うことを言い始めた経験はないでしょうか。
「実は、ワクチンには〇〇が入っているらしい」 「テレビが言っていることは、ぜんぶ嘘なんだ」
数年前なら冗談で笑い飛ばせた言葉が、いまは目の前の大切な人から、真剣な顔で語られる時代になりました。
私は医療の現場で働きながら、公認心理師として人の心の動きを学んできた人間です。この数年で「何かが大きく変わってきている」という感覚を、ずっと拭えずにいました。
そんな中で手に取ったのが、文春新書から刊行された黒猫ドラネコさんによる『参政党と大陰謀論時代』というルポルタージュです。今日はこの一冊を読んで考えたことを、ゆっくり書いていきたいと思います。
一冊のルポルタージュが映し出した、私たちの「いま」
『参政党と大陰謀論時代』は、ウェブライターの黒猫ドラネコさんが、数年にわたってスピリチュアルや疑似科学、反ワクチン、陰謀論といった社会の周縁部を取材し続けた記録です。
中心に据えられているのは、2025年の参議院議員選挙で大きく躍進した参政党。そして、その周辺で渦巻く神真都Q、N党、つばさの党、コオロギ食反対運動といった、さまざまな「胡散臭い」運動の数々です。
正直に言うと、ページをめくる手が止まりませんでした。同時に、笑いと慄きが交互にやってくる、不思議な読書体験でもありました。
著者は、これらの動きを「大陰謀論時代」と呼んでいます。かつてはネット掲示板の片隅で囁かれていた言説が、いまや国会議事堂の扉を叩いている。著者はそんな現代の風景を、冷静なまなざしで観察しているのです。
なぜ「ごく普通の人」が陰謀論にハマってしまうのか
ここから少しだけ、公認心理師としての視点も交えて書かせてください。
私が本書を読んでいて何度も唸らされたのは、著者が陰謀論にハマる人々を「単なる愚かな人」として描いていない点でした。
著者が観察したデモの現場には、近所のおじさんやおばさんがいる。子どもを心配する若いお母さんがいる。まじめに勉強してきた大学生がいる。決して、特別に「変な人」ばかりが集まっているわけではないのです。
ではなぜ、ごく普通の人が、ある日突然「何かおかしい」言説に染まっていくのか。本書を読み解くと、そこには三つの心理的な仕掛けが見えてきます。
1つ目の落とし穴:複雑すぎる世界が、人を「物語」へ駆り立てる
ひとつ目は、「物語への渇望」です。
ウクライナ、ガザ、円安、生成AI、少子高齢化、災害——。私たちが生きる現代は、あまりにも要素が多すぎて、誰一人として全体像を把握できません。
そんなとき、人の脳は「単純で分かりやすい説明」を強く求めます。「世界はとても複雑だ」と認めるのは、知性的にも感情的にもしんどい作業ですから、これは仕方のない性質でもあります。
ここで陰謀論は、極上の「物語」を提供してきます。「すべての悪はグローバルエリートが裏で操っているからだ」——この一文ですべてが説明できてしまう、甘美で分かりやすい物語を。
著者はこの構造を、まるで麻薬のように人を捉えると指摘していました。私もこの分析にとても強く頷きました。物語は人に安らぎを与えますが、誤った物語は思考を停止させ、現実を見えなくしてしまうのです。
2つ目の落とし穴:「居場所」がない人ほど、強い結束に惹かれる
ふたつ目は、「居場所への希求」です。
本書を読んでいて、私が最も胸を締めつけられたのは、デモや集会の現場に集まる人々の表情でした。著者の描写によれば、そこにいる人たちは、まるで宗教的な儀式に参加するように互いを抱きしめ、涙を流している。
特に印象的だったのが、2025年参院選で東京選挙区の候補者が叫んだとされる「みなさんのお母さんにしてください!」という言葉です。
冷静に考えれば、政治的なスローガンとしてはあまりに情緒的すぎます。しかし著者は、ここに集う人々が求めているのは政策ではなく「無条件に受け入れてくれる誰か」だったのではないか、と分析していました。
私はこの指摘に深く考え込みました。現代社会は、職場でも家庭でも近所づきあいでも、人と人のつながりが薄くなっています。孤独な個人が「ここにいてもいい」と感じられる場所が、陰謀論コミュニティだったとしたら?
これはもはや、政策論争では解けない問題なのだろうと思います。
3つ目の落とし穴:「選ばれし者」という幻想
みっつ目は、「特別な自分」というアイデンティティの提供です。
陰謀論の最大の魅力は、「あなたは騙されていない、選ばれし者なのだ」というメッセージにあると著者は語ります。
考えてみれば、普段の生活で「自分は特別だ」と感じる機会はそう多くありません。会社では駒のように扱われ、家庭でも疲れ切っている。そんなとき、陰謀論コミュニティに入れば、「真実を知っている数少ない人間」という位置を、いとも簡単に手に入れることができてしまう。
これは、自尊心が傷ついた人にとって、とても強力な「処方箋」になります。
そしてここで、真面目で優しい人ほど危ないのは、彼らがしばしば「世のため、人のため」という大義によって、さらに強く動かされやすいからです。「子どもたちを守るために」「日本の未来のために」——その思いは本来とても尊いものです。けれど、その思いが正確な情報と切り離された瞬間、暴走の燃料になってしまう。
著者は、神真都Qによるワクチン接種会場襲撃事件にも触れていました。逮捕者の中には、親の影響で活動にのめり込んだ「2世の少年」までいたといいます。これが、私が本書を読んで一番ぞっとした部分でした。
「笑い飛ばす」時期は、もう終わってしまったのかもしれない
本書のキャッチコピーは「笑いと慄きのトンデモ観察ルポルタージュ」です。
ジャンボタニシを神聖視し、コオロギを敵視し、現行の憲法を否定する。外側から眺めれば、たしかに笑える話なのかもしれません。
でも、その人たちが実際に投票所に足を運び、議席という公的な力を手に入れた——これが2025年参院選で起きた現実だと、著者は冷静に書いています。
私たちは、いつまで「トンデモ」と笑っていられるのでしょうか。
著者があとがきで述べていたのは、「それでも観察し、記録し続けることの大切さ」でした。感情的な扇動に流されず、事実を一つひとつ確かめていく地道な姿勢こそが、唯一の処方箋なのだ、と。
私はこの言葉に、同じ「観察」を仕事の根っこに持つ人間として、強く励まされました。
私たちにできる、心の整え方
ここまで読んでくださった方の中には、「自分は大丈夫だろうか」と少し不安を感じた方もいるかもしれません。
でも、安心してください。「自分はもしかして…」と立ち止まれる人は、それだけですでに大きな抗体を持っています。
私が公認心理師として大切にしているのは、シンプルな三つの姿勢です。
ひとつは、「分からないこと」をそのまま抱える練習をすること。世界は本当に複雑で、すべての答えを今すぐ得る必要はない、と自分に言い聞かせる時間を意識的に持つことです。スッキリしないモヤモヤに耐える筋力こそ、これからの時代の最大の武器だと思っています。
ふたつめは、複数のつながりを大事にすること。一つのコミュニティだけに依存すると、視野が狭くなりやすい。家族、職場、趣味、地域、ネット。いくつかの居場所を行き来することが、心の安定につながります。
みっつめは、自分が「特別」でなくても価値があると信じること。あなたは、何かの「真実」を知っているから尊いのではありません。ただ生きて、誰かと関わって、日々を重ねているだけで、十分に大切な存在です。
これは、医療の現場で多くの方々と関わってきた中で、私が心から伝えたいと思っていることです。
おわりに
『参政党と大陰謀論時代』は、政治の本のように見えて、実は私たちの「心の構造」を映し出した、とても深い心理学の本でもあると思いました。
最後に、今回お伝えしたかったことを五つにまとめます。
ひとつ、陰謀論にハマる人は、決して特別な「変な人」ではないこと。
ふたつ、人を引き寄せる仕掛けは「物語」「居場所」「選ばれし者の感覚」の三つに集約されるということ。
みっつ、真面目で優しい人ほど、大義によって動かされやすいということ。
よっつ、笑い飛ばすだけでは、もう乗り切れない時代に入っているということ。
いつつ、私たちにできるのは、複雑さに耐え、複数のつながりを持ち、ありのままの自分を肯定する練習を続けることだということ。
激しい言葉や派手な物語に揺さぶられるたびに、自分の足元を確かめる。そのほんの数秒の習慣が、これからの時代を生き抜く一番の武器になっていくはずです。
あなたには、ちゃんと選び直す力があります。誰かが用意した「分かりやすい物語」に飲み込まれずに、自分の言葉で世界を見つめ続けることが、必ずできます。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。
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