デマを信じるのは「バカだから」ではなかった
「あの人、なんであんな怪しい話を信じちゃったんだろう」。そんなふうに感じたことはありませんか。ニュースやSNSを眺めていると、明らかにおかしな情報を信じ込んでいる人を見て、つい距離を置きたくなる瞬間があると思います。ですが、もし「賢さ」や「意志の強さ」とは別のところに、デマや陰謀論が広がる本当の理由があるとしたらどうでしょうか。今日は、そのことについて一緒に考えてみたいと思います。
先日、陰謀論やデマに関する専門書を続けて何冊か読み込む機会がありました。ASIOSによる『増補版 陰謀論はどこまで真実か』、Cailin O'ConnorとJames Owen Weatherallによる『The Misinformation Age』、そしてシナン・アラルの『デマの影響力』です。切り口はそれぞれ違うのですが、読み進めるうちに、驚くほど同じ結論に行き着くことに気づきました。それは、デマに引っかかるかどうかは、その人の頭の良さや性格の問題ではなく、私たちが暮らす「情報の環境」そのものに原因があるということです。
私は公認心理師として、人の心の動きに日々関心を向けている人間です。今日は臨床の話ではなく、この3冊から見えてきた「なぜ人は誤った情報を信じるのか」という構造を、私なりに整理してお伝えしたいと思います。
疑いは「仕組まれた商品」であることがある
『The Misinformation Age』の中に、忘れられない一文があります。かつてタバコ産業の内部文書に残されていた言葉で、「疑いは我々の商品である」というものです。タバコが健康を害することを否定するために、企業側は嘘のデータを捏造する必要すらありませんでした。世界中の研究の中から、たまたま自社に都合の良い結果が出た研究だけを選び出し、資金を投じて広める。あるいは、圧倒的な科学的合意があるテーマに、あえて少数の懐疑論者を「対等な意見」として登場させる。それだけで、一般の人々は「専門家の間でも意見が割れているらしい」と誤解してしまうのです。
これと同じ構造は、砂糖業界による健康被害の隠蔽や、気候変動をめぐる懐疑論の拡散でも繰り返し使われてきました。恐ろしいのは、この手法が「嘘をつく」のではなく「本物の疑いを演出する」ことに徹している点です。私たちが情報に接するとき、その裏側に「誰かが意図的に疑いを商品として売っている」可能性があることを、頭の片隅に置いておくだけで、見え方は変わってくると思います。
賢い人が集まっても、集団としては間違えることがある
『The Misinformation Age』では、経済学者バラとゴヤルが開発したモデルを使い、興味深いシミュレーションが紹介されています。全員が合理的に振る舞い、感情に流されず、証拠に基づいて判断しようとしていたとしても、ネットワークのつながり方次第で、集団全体が誤った信念にたどり着いてしまうことがあるというのです。著者はこの現象を、個人の合理性が集団としての正しさを保証しないことの証拠として提示しています。
さらに著者たちが指摘する「ゾルマン効果」も印象的でした。情報の共有スピードが速すぎると、集団は本当に真実へたどり着く前に、間違った結論で満足してしまうという逆説的な現象です。『デマの影響力』が描く「ハイプ・マシン」、つまり現代のソーシャルメディアの姿は、まさにこの効果を最大限に増幅させる装置だといえます。似た者同士が集まりやすい構造、閉じたコミュニティの中で意見が強化されていくエコーチェンバー、そして利用者の関心に合わせて情報を誇張し増幅させるアルゴリズム。これらが絡み合うことで、一人ひとりは真面目に考えているつもりでも、全体としては現実からずれた場所にたどり着いてしまう。これは意志の弱さの問題ではなく、私たちが今いる情報環境の設計そのものの問題なのだと思います。
大切なのは「冷笑」ではなく「懐疑」という姿勢
ここまで聞くと、少し絶望的な気持ちになるかもしれません。ですが、ASIOSの『増補版 陰謀論はどこまで真実か』が示してくれる姿勢には、大きな希望があります。この本のタイトルは「陰謀論は嘘だ」という断定ではなく、「陰謀論はどこまで真実か」という問いかけになっています。30を超える陰謀論を検証する中で、著者たちが大切にしているのは、物事を「100%の嘘」か「100%の真実」かで単純に切り捨てないことです。
例えば「ある団体の幹部が定期的に会合を開いている」という部分は事実かもしれませんが、「その会合で世界を裏から操っている」という結論は、証拠のない飛躍かもしれません。この「どこまでが事実で、どこからが飛躍なのか」という境界線を、手間を惜しまず一つひとつ確かめていく。それがASIOSの言う懐疑主義であり、何でも疑って「どうせ嘘だ」と切り捨てる冷笑主義とはまったく別のものです。陰謀論に惹かれてしまう人の根底には、多くの場合「真実を知りたい」という純粋な気持ちがあります。その気持ち自体を否定せず、一緒に事実を確かめていく姿勢こそが、最も誠実な向き合い方なのだと感じます。
『デマの影響力』の著者も、最終的には規制や法整備だけでなく、情報を受け取る私たち自身のリテラシーを高めることの大切さを強調しています。一度拡散してしまった情報は、後からいくら訂正しても完全には消えません。だからこそ、情報を受け取る最初の一瞬に、少しだけ立ち止まる習慣が、これからの時代にはますます大事になってくるのだと思います。
まとめ
今日お伝えしたかったことを、あらためて整理します。
まず、デマや陰謀論を信じてしまうのは、その人が愚かだからではありません。疑いそのものが商品として意図的に作られていることがあり、私たちはその構造にさらされています。次に、一人ひとりが真面目に考えていても、つながり方やスピードの速さによって、集団としては誤った方向に流されてしまうことがあります。そして最後に、大切なのは何でも疑って切り捨てる冷笑ではなく、事実と飛躍の境界線を丁寧に見極めていく懐疑の姿勢です。
情報があふれる今の時代、完璧に騙されない人などいないと思います。私自身、専門書を読み込みながら、自分もまた同じ構造の中にいる一人なのだと、あらためて感じさせられました。だからこそ、誰かを「あんな話を信じるなんて」と切り捨てるのではなく、自分自身の情報との向き合い方を、少しずつ整えていけたらと思っています。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。
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