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なぜ人は『エボラは嘘だ』と信じるのか——現地の惨状が問いかけること

あなたは、「自分はデマを信じないタイプだ」と思いますか?

ほとんどの人は「私は大丈夫」と即答するでしょう。でも、公認心理師として心理学を学んできた私の正直な見方は少し違います。「自分は騙されない」と強く信じている人ほど、実はデマに引き込まれやすいという研究結果が、心理学の世界では繰り返し報告されているのです。

今、コンゴ民主共和国でエボラ出血熱が猛威を振るっています。感染者は837人、死者は196人。そのなかで「エボラは存在しない」というデマが広がり、隔離施設が放火され、18人の患者が逃走しました。遠い国の話のように感じますか?でも、これは私たちの社会でも起こりうる「情報の問題」だと、私は考えています。



コンゴで今、何が起きているのか


まず、現地の状況を整理させてください。

コンゴ民主共和国では2026年6月現在、エボラ出血熱の深刻な流行が続いています。感染者数は837人、死亡者数は196人にのぼり、緊急事態宣言が出されてすでに1か月が経過しました。エボラ出血熱は早期発見と適切な隔離治療が感染拡大を防ぐ上でとても重要です。それが今、ほとんど機能しない状況になっています。

現場では、信じがたいことが起きています。

国境なき医師団が設置した隔離テントに何者かが放火し、施設は焼け落ちました。治療を受けていた18人の患者が逃走し、行方がわからなくなっています。亡くなった患者の棺を医療従事者から奪おうとした市民と警察が衝突し、銃や催涙ガスまで使われる事態にまで発展しました。

この混乱の根底にあるのが、「エボラは存在しない」というデマの拡散です。

現地で働くコンゴ人のエトムさんは、こう語っています。「新型コロナ以降、多くの人がワクチンを信じなくなりました。SNSで『ワクチンは危険だ』という情報が広まり、それを信じる人が増えています。」感染はすでに隣国ウガンダにも拡大し、19人の感染と2人の死亡が確認されました。

施設を燃やした人たちは、悪人だったのか


この報道に触れたとき、私が最初に感じたのは怒りではありませんでした。

深い、悲しみでした。

施設に火をつけた人、棺を奪おうとした人——彼らは本当に悪人だったのでしょうか。私にはそう思えません。「エボラは嘘だ」という情報を信じ込み、愛する家族や地域を守ろうとした人たちが、間違った方向に力を使ってしまった。そう見えるのです。

善意が破壊に変わる瞬間——それがデマの本当の恐ろしさだと、私は思っています。

なぜ人はデマを信じてしまうのか


心理学に「確証バイアス」という概念があります。人間は自分がすでに信じていることと一致する情報を好み、矛盾する情報は無意識に退けてしまいやすい傾向があります。「医療は信用できない」という感情が一度根付くと、「エボラは嘘だ」という情報はとても受け入れやすいものに変わってしまいます。

もう一つ重要なのが、「恐怖と不確かさ」の関係です。

エボラ出血熱は、見えない恐怖です。「なぜ自分たちの地域だけがこんな目に遭うのか」という理不尽さを前にしたとき、人間の心はシンプルでわかりやすい説明を求めます。「実は存在しない病気のせいにされている」という陰謀論的な語りは、不安を一瞬和らげる逃げ道になりえます。怖いから信じる、というよりも、怖いからこそ別の「答え」を必死に探してしまうのです。

そして、見落とせないもう一つの要因があります。SNSのアルゴリズムです。

SNSは「人が反応しやすい情報」を優先的に届ける仕組みになっています。恐怖や怒りを刺激する投稿は、穏やかで正確な情報より圧倒的に広まりやすい。これは個人の「賢さ」や「頭の良さ」だけでは防げない、構造的な問題です。どれだけリテラシーの高い人でも、繰り返し同じ方向の情報を浴び続ければ、知らず知らずのうちに影響を受けていきます。

「自分は大丈夫」という自信は、残念ながらその防御にならないのです。

新型コロナが残した傷


エトムさんが語っていたように、今の状況の底には新型コロナ禍で世界中に広がった医療不信があります。

コロナ禍、私たち医療現場もまた混乱の渦中にいました。情報は日々更新され、昨日の正解が今日覆ることもありました。ガイドラインが変わるたびに「医療は本当に信頼できるのか」という疑問が生まれたことは、患者さんの立場からすれば無理もなかったとも思います。ただ、その不信の種が今、コンゴではデマという形で命取りの結果をもたらしています。

これは日本でも決して他人事ではありません。

ワクチンをめぐる議論、副反応報道、SNSを飛び交った真偽不明の情報——日本でも似たような経験をした人は多いはずです。コロナ禍は、世界規模で医療への信頼を揺さぶった出来事でした。そしてその揺らぎは今もSNSのアルゴリズムを通じて増幅され続けています。コンゴで起きていることは、その極端な形の一つかもしれませんが、根っこにある問題は私たちの日常と地続きだと感じています。

では、私たちにできることは何か


具体的に三つ、お伝えしたいと思います。

まず、「自分はデマを信じない」という過信を手放すことです。人間の認知は、誰でも感情に左右されるようにできています。それは弱さではなく、ごく自然な人間の特性です。それを知っておくこと自体が、自己防衛の第一歩になります。

次に、「情報の出どころ」を確認する習慣を持つことです。その情報は誰が発信しているか、どんな根拠があるか、別の信頼できる情報源と照らし合わせたらどうか——この三つの問いを立てるだけで、デマに流されるリスクはぐっと下がります。

そして最後に、「感情が大きく動いたときこそ立ち止まる」意識を持ってほしいのです。怒り、恐怖、強い共感——こうした感情は判断力を一時的に低下させます。「ドキッとした」「すごく怖い」——その感情が動いた瞬間に気づけること自体が、一種の防衛になります。

現地の医師はこう言っています。「もし人々が『エボラは存在しない』と考え続けるなら、この流行を管理することは難しくなります。」この言葉は、エボラの話だけではないと私は強く思います。

まとめ


コンゴで起きているエボラ危機の根底には、医療不信とデマの拡散があります。施設を燃やした人たちは悪人ではなく、間違った情報を信じた普通の人たちです。善意が破壊に変わる——それがデマの本当の恐ろしさです。

人がデマを信じるのは、心理的にはごく自然なことでもあります。確証バイアスや恐怖への反応は誰にでも備わっている人間の特性であり、「自分は大丈夫」という過信こそが最大のリスクになりえます。

コンゴの問題はすでに国境を越えています。正確な情報が届き、医療への信頼が回復しなければ、感染の連鎖は断ち切れません。でも私たちにできることは、実はシンプルです。情報の出どころを確認すること、感情が動いたときこそ一歩立ち止まること、そして「自分は騙されない」という過信を手放すこと。この三つだけです。

遠い国で今日も命がけで闘っている医療者たちへのささやかな連帯は、私たち一人ひとりが情報と丁寧に向き合うことから始まると信じています。

あなたが今日、情報一つに対して「これは本当だろうか」と立ち止まってくれるだけで、世界は少しだけ変わります。そう信じて、この記事を書きました。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。

#エボラ出血熱 #感染症 #医療デマ #情報リテラシー #公認心理師


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