誤情報にもう振り回されなくなる、公認心理師が教える3つの心理知識
「それ、根拠あるの?」そう聞かれて、うまく答えられなかった経験はありませんか。SNSで見かけた投稿を信じてしまったり、後から嘘だとわかっても、なぜかもやもやが消えなかったり。
私は医療の現場で働きながら、公認心理師として人の心の動きに向き合ってきました。今日は、最近読んだ興味深い分析記事をきっかけに、「なぜ人は誤った情報に引き込まれてしまうのか」を、心理の専門家の視点からお話ししたいと思います。あなたの意志が弱いからではありません。人の心には、そうなってしまう自然な仕組みがあるのです。
「事実を伝える」だけでは、人の心は変わらない
まず知っておいていただきたいのは、正しい情報を伝えることと、人の考えや行動が変わることは、まったく別の話だということです。
米カーネギー国際平和財団が数百件の研究をもとにまとめた報告では、ファクトチェックには個々の誤解を正す効果はあるものの、その人の態度や行動までは変えにくいことが示されています。つまり「これは嘘です」と丁寧に説明しても、その人が抱いていた不安や、その情報を信じたくなった気持ちそのものは、簡単には消えないということです。
心理の仕事をしていると、これは本当によく実感します。人は情報を、頭だけで処理しているわけではありません。不安、孤独感、誰かとつながりたいという気持ち、そうした感情とセットで情報を受け取り、記憶していきます。だからこそ、感情の部分に触れないまま「事実」だけをぶつけても、なかなか届かないのです。これはあなたが頑固だからでも、勉強不足だからでもなく、人間の心が本来そうできているというだけの話です。
噂は「事実」ではなく「物語」として広がっていく
もうひとつ、興味深い事例をご紹介します。2024年10月、スペインを襲った大洪水の際、「商業施設の地下駐車場に多数の遺体が隠されている」という噂が広がりました。最初は44人とされていた数字は、数日のうちに258人、1000人へと膨らみ、当局が「遺体はない」と否定したあとも拡散は止まらず、7日間で通常の4倍にあたる1万3000件ものメッセージが飛び交ったといいます。
一つひとつの嘘を訂正しても、噂全体が止まらなかった理由。それは、この噂が単なる「間違った情報」ではなく、ひとつの「物語」として広がっていたからだと、私は考えています。
人には、バラバラな出来事に筋の通ったストーリーを見出したいという心理があります。特に、大きな災害や不安な出来事のあとは、「わからない」状態に耐えるのがとてもつらくなります。そこに「実は隠されていた真実がある」という物語が差し出されると、たとえ根拠が薄くても、心の落ち着きどころとして受け入れてしまいやすくなるのです。これは弱さではなく、不確かな状況を生き抜くために人の心が持っている、ごく自然な働きです。
現地のファクトチェック団体は、個別の噂を訂正するだけでなく、その噂を支えている論理そのもの、たとえば「前後関係を因果関係と取り違える」「結論をあらかじめ前提に含めてしまう」といった考え方のクセに目を向け、それを丁寧に指摘する方法を試みたそうです。事実を並べるだけでなく、「なぜその物語を信じたくなるのか」まで踏み込む。この視点の転換は、心理支援の考え方ととても近いものを感じます。
すべての誤情報が、同じように危険なわけではない
三つ目にお伝えしたいのは、「信じている人の数」と「実際に生まれる害」は、必ずしも比例しないということです。
2016年に米国で起きたピザゲート事件では、根拠のない陰謀論を信じた人は数多くいましたが、実際に武器を持って行動を起こしたのは、そのうちのたった一人でした。海外の研究者は、限られた労力をどこに注ぐべきかを考えるうえで、「この情報が信じられて行動につながって初めて害になるのか」「それとも公表された時点ですでに、誰かの心を傷つけたり実害を及ぼしたりするのか」を見分ける視点を提案しています。
これは、私たちが日々の不安とどう付き合うかにも通じる話だと思います。目にする情報すべてに同じだけの警戒心を持とうとすると、心はあっという間に疲れ果ててしまいます。「これは自分や大切な人の生活に、実際にどれくらい影響するだろうか」と一段階立ち止まって考えるだけで、無駄に消耗する不安をずいぶん減らすことができるのです。
技術だけでは、人の心は守れない
日本では今も、真偽をどれだけ精密に見分けられるかという「技術」に、対策の力点が置かれがちだと感じています。ディープフェイクを検出する技術や、真贋を自動判定するプログラムの開発には、公的な研究費も投じられています。もちろん、こうした技術そのものは大切な取り組みです。
ただ、それだけでは足りないと私は感じています。「なぜその噂は広がったのか」「人はどんな気持ちでそれを信じたのか」「実際にどんな害が生まれているのか」。ここに向き合わない限り、精密な判定技術が整えば整うほど、その「真実を決める力」自体が、権威主義的な国家や資金力のある者にとって、都合よく利用される対象になりかねません。実際、そうした動きはすでに始まっているという指摘もあります。
だからこそ私は、技術の進歩を待つだけでなく、一人ひとりが自分自身の心の動き方を知っておくことにも、同じくらいの価値があると考えています。
今日からできる、3つの心がまえ
最後に、日常のなかで実践できることを、3つお伝えします。
一つ目は、強い感情が動いたときこそ、立ち止まるということです。怒りや不安で心がざわついたときは、まさにその情報が「物語」として心に刺さっている合図です。共有する前に、ひと呼吸置く。それだけで、多くの拡散は防げます。
二つ目は、「事実」だけでなく「物語」を疑ってみるということです。この情報は、誰の不安や願いに寄り添う形で語られているだろうか。そう考えるくせをつけると、単なる情報の真偽だけでは見えてこない部分が見えてきます。
三つ目は、「わからない」を抱えたままでいる力を育てることです。すべてに白黒つけようとせず、「今はまだわからない」と保留にできる心の余白は、不確かな時代を生きるうえで、とても頼りになる筋力だと私は考えています。
おわりに
今日お伝えしたかったことをまとめます。
・正しい情報を伝えるだけでは、人の考えや行動はすぐには変わらない ・噂は「事実の集まり」ではなく「物語」として広がっていく
・信じている人の数と、実際の害の大きさは、必ずしも比例しない ・技術だけでなく、一人ひとりが自分の心の動きを知ることが、これからの情報社会を生き抜く力になる
・強い感情が動いたときこそ、立ち止まる合図だと覚えておいてほしい
情報にあふれた今の時代、誤情報に一度も心を揺さぶられたことがない人など、おそらくいないと思います。それは弱さではなく、人間らしさそのものです。どうか自分を責めすぎず、今日お話しした視点を、これからの毎日に少しずつ取り入れていっていただけたら嬉しいです。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。
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