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善意の人ほどデマを拡散する――京都の事件で見えた認知バイアスの怖さ

あなたは、子どもが被害に遭ったというニュースを見たとき、どんな気持ちになりますか。

胸が痛くなって、犯人への怒りが込み上げて、「せめて真実だけは知りたい」と思う。その感情は、まったく正しい。まったく自然なことです。
でも、私は医療現場で働きながら、ずっと気になっていることがあります。それは、「子どもの死」という誰もが感情を揺さぶられる出来事の周辺に、これほどまでにデマや陰謀論が集まりやすいという事実です。

2026年に起きた京都の養父による子どもの遺体遺棄事件でも、SNSには根拠不明の「真相」が溢れました。善意の人々が、善意のまま、誤った情報を拡散していた。公認心理師として、そのメカニズムをきちんと言葉にしておきたいと思い、この記事を書きました。



なぜ、悲しいニュースの周りにデマが集まるのか


事件の詳細が明らかでない段階から、SNSには「養父は〇〇人だ」「警察が隠している事実がある」「メディアが報じない真相」といった投稿が次々と現れました。

私はこれを見たとき、怒りより先に、悲しみを感じました。亡くなった子どものことではなく(もちろんそれも深く悲しんでいましたが)、情報の空白に人々が苦しんでいる様子に対して、です。

社会心理学には「流言の公式」と呼ばれる考え方があります。デマの広がりやすさは「話題の重要性」×「情報の曖昧さ」で決まる、というものです。子どもの命という「重要性の極めて高い」出来事に、「情報が少ない・公式発表が遅い」という曖昧さが重なったとき、デマが爆発的に拡散する条件が整う。京都の事件は、まさにその典型でした。

「隠されている」という物語が、脳には心地よい


人間の脳は、わからないことをわからないまま放置するのが非常に苦手です。

専門的には「認知的閉鎖欲求」と呼ばれますが、要するに「早く白黒つけたい」という強い衝動が誰にでもある、ということです。複雑で、時間がかかって、それでも結論が出ない現実より、「誰かが意図的に隠している」という単純明快な物語のほうが、脳にとってずっと「処理しやすい」のです。

さらに、情報が不足しているとき、脳は無意識にパターンを見出そうとします。バラバラな情報の断片を拾い集め、「これはつながっているはずだ」「こういう意図があるはずだ」と意味を作り上げていく。これが、根拠のない「陰謀」が自然に生まれるメカニズムです。

悪意からではない。むしろ、答えを求める真剣さから、人は陰謀論に向かっていく。それが、この問題の一番難しいところだと私は感じています。

「証拠がない」こと自体が「証拠」になる怖さ


今回の事件で、私が特に注目したのは「証拠がないこと」が「隠蔽の証拠」として使われる構図でした。

「公式発表が少ないのは、何かを隠しているからだ」という論法は、反証が不可能です。証拠が出てきたら「ほら、やっぱり」となり、証拠が出なければ「完璧に隠蔽されているからだ」となる。どちらに転んでも、陰謀論は強化されていく。

これを「循環論法」と言います。論理のループの中に閉じ込められると、どんな正確な情報も「体制側の工作」に見えてしまう。ファクトチェックさえ、「隠蔽の一部」として消化されてしまう。この状態になると、もはや言葉では人の認識を変えることがほぼできなくなります。

医療現場でも、似た構造を見ることがあります。「薬が効かないのは、製薬会社が本当の情報を隠しているからだ」という信念を持った患者さんに、どれだけエビデンスを示しても届かない、という経験を、複数の同僚から聞いてきました。

善意の人が、なぜデマを広めるのか


「自分は騙されない」と思っている人ほど、実は危ない。これは、心理学の研究が繰り返し示してきた事実です。

感情が高ぶっているとき、特に「怒り」や「悲しみ」の状態にあるとき、人間の情報処理能力は大きく低下します。亡くなった子どもへの悲しみ、犯人への怒り、「なぜこんなことが起きたのか」という答えを求める焦り。これらすべてが、「真相を知りたい」という強烈な動機を生み出し、同時に冷静な情報評価を難しくします。

加えて、「テレビが報じない隠された真実を知っている」という感覚は、奇妙な充実感を与えます。「目覚めた側にいる」というアイデンティティが生まれ、その情報を共有することが「善意の行動」として強化されていく。だから、デマを広げた人の多くは、本当に「子どものために」という気持ちからやっていた、と私は思います。その動機を責めることは、私にはできません。

では、私たちに何ができるのか


答えは、「わからないことを、わからないままにしておく力」を育てることだと思います。

哲学の言葉で「ネガティブ・ケイパビリティ」と呼ばれるものです。詩人のジョン・キーツが提唱した概念ですが、要するに「不確かさや謎の中にいても、イライラして結論に飛びつかずにいられる能力」のことです。これは、弱さではありません。むしろ、知的な強さの一形態だと私は考えています。
具体的には、3つのことを意識してほしいと思います。

まず、感情が高ぶっているときは「シェアする前に一晩おく」。怒りや悲しみの中にいるときは、情報処理が歪んでいる可能性が高い。一晩経って、もう一度見てみる。それだけで、かなりのデマが止まります。

次に、「なぜ公式発表が遅いのか」と感じたとき、「隠しているからだ」より先に「調査中だからかもしれない」という仮説を立てる習慣を持つこと。現実の捜査や行政の仕組みは、SNSのスピードに追いつけません。遅さには、多くの場合、別の理由があります。

そして最後に、「これを広めることが本当にその子のためになるか」と一度問うこと。悲しみを行動に変えたいという気持ちはとても大切です。ただ、根拠のない情報の拡散は、遺族をさらに傷つけることがある。それを忘れないでほしいのです。

おわりに


亡くなった子どもに、私たちが本当に捧げられるものは何でしょうか。

扇情的な「真相」を拡散することではなく、静かに事実に向き合い、なぜこういう事件が起きるのかを社会全体で考えていくことではないか、と私は思います。

感情があるから、人はデマに引き込まれる。でも、感情があるからこそ、立ち止まることもできる。「本当にこの子のことを思うなら」という問いを、情報に触れるたびに持ち続けることが、今の私にできる最善だと思っています。

まとめ


• 「情報の空白」×「感情の高ぶり」がそろったとき、デマは最も拡散しやすい
• 「証拠がないこと」が「陰謀の証拠」になる循環論法の罠に注意する
• 善意の人こそ、感情に動かされてデマを広めやすい
• 「わからないことをわからないまま保留する力」がデマへの最大の防衛策
• シェアの前に「一晩おく」「本当にその子のためになるか」を問う習慣を

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。

#フェイクニュース #陰謀論 #心理学 #メディアリテラシー #公認心理師


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