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ボットのせいじゃなかった──フェイクニュースを広めていたのは「人間の心理」:論文紹介

あなたは今日、SNSで何か情報をシェアしましたか?

ニュース記事のリポスト、友人の投稿への「いいね」、気になるトピックのリツイート。何気ないその一つひとつが、実は情報の拡散という大きな流れの一部になっています。

「フェイクニュースが広まるのは、ボットや悪意あるアカウントのせいだ」──多くの人がそう思っているのではないでしょうか。私もかつてはそう考えていました。ところが、MITの研究チームが450万件以上のツイートを10年以上にわたって追跡した結果、見えてきたのは、もっと身近で、もっと人間くさい理由でした。

今日は、この研究が明らかにした「嘘が真実より速く、遠くまで広がるメカニズム」について、医療関係者の視点からお話ししたいと思います。

嘘は真実の6倍速で広まる──その衝撃的なデータ


まず、この研究のスケール感をお伝えしたいと思います。

MITのSoroush Vosoughi氏らの研究チームは、2006年から2017年までの約11年間にTwitter上で拡散された約12万6000件の噂(ルーマー)を分析しました。関わったユーザーはおよそ300万人、ツイート総数は450万件以上。Snopes、PolitiFact、FactCheck.orgなど6つの独立したファクトチェック機関が検証済みの情報を対象にしており、それらの機関の判定一致率は95〜98%に達しています。

つまり、「真実」と「嘘」のラベルが非常に高い精度で貼られたデータセットを使っているわけです。

そして、その分析結果は驚くべきものでした。

虚偽の情報は、真実の情報と比較して、より遠く、より速く、より深く、より広範囲に拡散していたのです。これはすべての情報カテゴリーにおいて一貫した結果でした。

具体的な数字を挙げましょう。真実の情報が1500人に届くまでにかかる時間と比べて、嘘の情報はその約6分の1の時間で同じ人数に到達しました。拡散の「深さ」で見ると、真実がリツイートの連鎖で深さ10を超えることはほとんどなかったのに対し、嘘は深さ19にまで到達しています。しかも、その速度は真実が深さ10に達するよりも約10倍速い。

これ、ちょっと想像してみてください。真実がようやく隣町まで歩いている間に、嘘はもう新幹線に乗って遠くの都市に着いているようなものです。

政治に関する嘘は、とりわけ「足が速い」


この研究で特に注目すべきなのは、情報のジャンルによる差です。

分析対象となったカテゴリーは、政治、都市伝説、ビジネス、テロ、科学、エンターテインメント、自然災害の7つ。このうち、最も多くの噂が拡散したのが政治カテゴリーで、約4万5000件のカスケード(拡散の連鎖)が確認されています。

そして、虚偽の政治ニュースは他のどのカテゴリーよりも深く、広く、多くの人に届き、最も「バイラル」な拡散パターンを示しました。虚偽の政治ニュースは2万人以上に、他のカテゴリーの虚偽ニュースが1万人に届く速度のおよそ3倍の速さで到達していたのです。

2012年と2016年のアメリカ大統領選挙の時期には、虚偽の政治的噂が明確に増加しています。2014年のクリミア併合の際には、「部分的に真実で部分的に虚偽」という混合型の噂が急増しました。

私はこの結果を見て、ある種の納得と同時に危機感を覚えました。政治的な情報は、私たちの投票行動や社会に対する態度に直結します。そこに最も多くの「嘘」が流れ込んでいるという事実は、民主主義の根幹に関わる問題だと思うのです。

嘘を広めていたのは「ボット」ではなく「人間」だった


さて、ここからがこの研究の最も重要な発見です。

「フェイクニュースの拡散はボット(自動投稿プログラム)のせいだ」という議論は、特にアメリカの議会証言などでも繰り返されてきました。しかし、研究チームが最先端のボット検出アルゴリズムを使ってボットを除外して分析した結果、結論は変わりませんでした。

ボットは真実と嘘の両方の拡散をほぼ同程度に加速させていました。つまり、ボットは「嘘だけ」を優先的に広めていたわけではなかったのです。

虚偽情報が真実より広く速く拡散する最大の要因は、人間の行動そのものでした。

これは映画でいえば、「犯人はずっとそばにいた」という展開に近いかもしれません。私たちが敵だと思っていたボットは、実は脇役に過ぎなかった。本当の主役──つまり嘘を広める主体は、私たち自身だったのです。

なぜ人間は嘘を広めてしまうのか──「新奇性」と「感情」


では、なぜ人間は虚偽情報をより多くリツイートしてしまうのでしょうか。研究チームは2つの観点からこの問いに迫りました。

第一に、「新奇性(ノベルティ)」の問題です。

研究チームは約5000人のユーザーを無作為に選び、彼らが嘘のツイートをリツイートする前の60日間に触れていた情報と、その嘘のツイートの内容がどれだけ「目新しい」ものだったかを計測しました。情報理論に基づく複数の指標(情報ユニーク性、KLダイバージェンス、バタチャリヤ距離)すべてにおいて、虚偽情報は真実の情報よりも有意に高い新奇性を示しました。

つまり、嘘は「ユーザーがこれまで見たことのない種類の情報」である確率が高いのです。

人間の脳は新しい情報に惹きつけられるようにできています。これは進化的にも合理的で、新奇な情報は世界の理解を更新する手がかりになるからです。また、「みんなが知らない情報を知っている」という状態は、社会的なステータスにもつながります。その心理的メカニズムが、嘘の拡散を後押ししているわけです。

第二に、「感情反応」の違いです。

研究チームは、真実と虚偽の噂ツイートに対する返信の感情を、カナダ国立研究評議会(NRC)が整備した約14万語の感情辞書を使って分析しました。

結果は非常に明確でした。虚偽の噂に対する返信は「驚き」と「嫌悪」の感情が有意に強く、真実の噂に対する返信は「悲しみ」「期待」「喜び」「信頼」が有意に強かったのです。

ここに、私は臨床的な視点からも興味深いものを感じます。「驚き」と「嫌悪」は、どちらも強い覚醒(アラウザル)を伴う感情です。心理学的に言えば、覚醒度の高い感情は行動を駆動しやすい。つまり、嘘に触れたときの「え、まさか!」「ひどい!」という反応そのものが、「これはシェアしなければ」という行動に直結しやすいのではないかと考えられます。

一方で、真実に対する「信頼」や「悲しみ」といった感情は、覚醒度がやや低い。静かにうなずく、胸の中にしまっておく──そういう反応になりやすいのかもしれません。

「嘘を広める人」の意外なプロフィール


もう一つ、直感に反する興味深い発見があります。

虚偽の情報を拡散していたユーザーは、真実の情報を拡散していたユーザーと比較して、フォロワー数が少なく、フォロー数も少なく、ツイート頻度も低く、認証アカウントである確率も低く、Twitterの利用期間も短かったのです。

つまり、いわゆる「インフルエンサー」が嘘を広めていたわけではない。むしろ、影響力の小さいユーザーたちの「草の根的な」リツイートの連鎖が、虚偽情報を遠くまで運んでいたということになります。

これは、フェイクニュース対策を考えるうえで非常に重要な示唆です。インフルエンサーのアカウントを監視するだけでは不十分で、情報を受け取る一人ひとりのリテラシーが問われているということだからです。

私たちにできること──3つの「立ち止まる習慣」


この研究結果を踏まえて、私たちが日常的にできることを3つ提案したいと思います。

1つ目は、「驚いたときこそ、一呼吸置く」ということ。

先ほどお話ししたように、虚偽情報は「驚き」の感情を強く引き起こします。逆に言えば、ニュースを見て「え、マジで!?」と思ったときこそ、それが嘘である可能性を疑うべきサインなのです。驚きの感情は「シェアしたい」衝動に直結します。だからこそ、その衝動を感じた瞬間に、まず一呼吸置く。これだけでも、虚偽情報の拡散チェーンを一つ断ち切れる可能性があります。

2つ目は、「出典を確認する癖をつける」ということ。

この研究では6つのファクトチェック機関の判定を用いていますが、私たちの日常でも同じアプローチが使えます。気になる情報を見たら、Snopes、PolitiFact、あるいは日本であればFIJ(ファクトチェック・イニシアティブ)などのサイトで確認する。30秒の手間で、嘘の拡散への加担を避けられます。

3つ目は、「シェアの動機を自問する」ということ。

「これをシェアしたいのは、本当に相手のためか? それとも、自分が"知っている側"にいたいからか?」──この問いを自分に投げかけるだけで、新奇性バイアスに流される確率はぐっと下がるはずです。

この研究の価値と限界


最後に、この研究の価値と、医療関係者として感じる限界について触れておきたいと思います。

まず価値について。この研究は、フェイクニュースの拡散を約12万6000件という大規模データで体系的に分析した、初めてと言える研究です。それまでの研究は、個別の事件(ボストンマラソン爆弾テロなど)に関する噂の拡散を分析するにとどまっていました。さらに、ボットを除外しても結論が変わらないことを確認するなど、ロバストネス(頑健性)の検証も丁寧に行われています。

一方で、限界もあります。この研究はあくまでTwitterというプラットフォーム上のデータに基づいており、他のSNS(Facebook、Instagram、LINEなど)に同じ結論が当てはまるかは分かりません。また、「なぜ人は嘘をリツイートするのか」というメカニズムについては、新奇性と感情という仮説を提示していますが、因果関係の証明には至っていません。研究チーム自身も、今後はインタビューや実験、さらには脳画像研究などを通じた検証が必要だと述べています。

それでも、「嘘が広まる構造」の全体像をここまで明確に描き出した点で、この論文の意義は非常に大きいと私は考えています。

終わりに


今回の内容をまとめます。

虚偽情報は真実よりも遠く、速く、深く、広く拡散する。とりわけ政治に関する虚偽情報の拡散力は際立っている。そして、その主因はボットではなく、人間の行動──特に「新奇性」への引きつけと「驚き・嫌悪」の感情反応である。

だからといって、悲観する必要はありません。

この研究が教えてくれているのは、私たちが「嘘の拡散装置」にもなれるし、「真実の防波堤」にもなれるということです。たった一回の「立ち止まり」が、何千人にも届くはずだった嘘を止めることになるかもしれない。

あなたの指先には、それだけの力があります。次にSNSで「シェアしたい!」と思ったとき、ほんの数秒でいいので、立ち止まってみてください。その小さな習慣が、情報空間を少しだけ健全にする一歩になるはずです。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。

出典:Vosoughi, S., Roy, D., & Aral, S. (2018). The spread of true and false news online. Science, 359(6380), 1146-1151.


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