法律で偽情報は減らせるのか。むしろ問われているのは私たちの心のクセ
「またSNSでデマが広まった」というニュースを見るたびに、どこか他人事のように感じていませんか。実は先日、SNSでの偽情報対策を義務づける法律が成立しました。けれど私は、法律だけでこの問題が解決するとは思っていません。なぜなら、デマに引っかかるかどうかを本当に左右しているのは、法律よりもずっと手前にある「人の心の仕組み」だからです。今日は、公認心理師として日々感じていることを、正直にお話ししたいと思います。
法律が変わっても、心はすぐには変わらない
先日、SNS上の偽情報対策を事業者に義務づける法律が成立しました。2027年の春に行われる統一地方選挙から適用される予定だそうです。ニュースで見た方も多いのではないでしょうか。
こうしたニュースを見ると、私たちはつい「これで偽情報は減るはずだ」と安心してしまいます。事業者側の対応が制度として整うことは、もちろん大切な一歩です。けれど、心理の仕事に携わっている立場から正直に言うと、制度が変わることと、私たちひとりひとりが情報に振り回されなくなることは、まったく別の話だと感じています。
というのも、デマや偽情報を信じてしまう、あるいはつい拡散してしまうという行動の裏側には、誰の心にも共通して備わっている、いくつかのクセがあるからです。今日はそのクセを、3つに絞ってお伝えしたいと思います。
ひとつめのクセ、見たいものだけを信じてしまう心
心理学の世界でよく知られている現象に、確証バイアスというものがあります。これは、自分がもともと持っている考えに合う情報ばかりを集めてしまい、逆に反する情報は目に入っても素通りしてしまうという、誰にでもある心の性質です。
行動経済学の分野でノーベル賞を受賞したダニエル・カーネマンという研究者は、人の思考には直感的で速い判断と、じっくり考える遅い判断の二種類があると説明しています。SNSを流し見しているときの私たちは、ほとんどの場合、前者の速い判断のほうを使っています。だからこそ、自分の考えに近い投稿が流れてくると、深く検証する間もなく「やっぱりそうだよね」と受け入れてしまうのです。
これは意志の弱さでも、知識不足でもありません。人間の脳が、限られたエネルギーの中で効率よく判断するために持っている、いわば省エネ機能のようなものです。まずはこの事実を知っておくだけでも、次にSNSを開いたときの心の構えが変わってきます。
ふたつめのクセ、繰り返し見た情報を本物だと錯覚する心
ふたつめは、真実性の錯覚効果と呼ばれるものです。同じ情報を何度も目にすると、それだけで「本当のことなのだろう」と感じやすくなるという、これも人間の脳に共通する仕組みです。
SNSのタイムラインは、似たような投稿が繰り返し流れてくる構造になっています。一度目にした偽情報が、形を変えて何度も視界に入ってくるうちに、いつのまにか馴染みのある情報として、心の中で「事実」の棚に置かれてしまう。これは知識の量とは関係のない、いわば脳の癖のようなものだと私は理解しています。
たとえるなら、毎日同じ道を通っているうちに、その道が近道なのかどうかを疑わなくなる感覚に近いかもしれません。実際に近いかどうかより、通い慣れているという安心感のほうが、判断を左右してしまうのです。
みっつめのクセ、不安なときほど早く広めたくなる心
そしてみっつめが、不安と拡散行動の結びつきです。人は不安を感じると、その不安を少しでも早く手放したいという気持ちから、情報を確かめる前に周囲と共有したくなる傾向があります。
これは診察室の外で人と接していても、よく感じることです。強い不安を抱えている方ほど、「早く誰かに伝えなければ」という衝動に駆られやすい。それ自体は、周囲の人を心配する優しさの表れでもあります。だからこそ私は、拡散してしまった人を責める気持ちにはなれません。むしろ、不安という感情に、心が真剣に反応している証拠だと感じています。
「がまん」ではなく「練習」というとらえ方へ
ここまで3つの心のクセをお伝えしてきましたが、大切なのは、これらを「直すべき欠点」として捉えないことです。私はいつも、こうした心の反応を「がまんするもの」ではなく「練習で扱いが上手くなっていくもの」として考えるようにお伝えしています。
具体的には、気になる投稿を見たときに、すぐに反応する前に一呼吸だけ置いてみること。発信元がひとつだけの情報は、もうひとつ別の情報源にも目を通してみること。そして何より、自分が今どんな感情でその投稿を見ているのかに、ほんの少しだけ気づいてみることです。
この3つは、どれも難しいテクニックではありません。けれど積み重ねていくと、情報に振り回される時間が、少しずつ減っていく感覚を持てるようになります。実際に、日々の相談の中でも、こうした小さな習慣を続けている方ほど、SNS疲れのような状態から距離を置けているという実感があります。
法律ができた今だからこそ、できること
今回の法律は、あくまで事業者側の仕組みを整えるものです。けれど、その仕組みが本当に生きてくるかどうかは、私たち一人ひとりが自分の心のクセを知っているかどうかにかかっていると、私は考えています。
法律という外側の変化と、心の練習という内側の変化。このふたつが揃って初めて、SNSという広い情報の海を、少し安心して泳げるようになるのではないでしょうか。
おわりに
今日お伝えしたかったことを、あらためて整理します。
ひとつめは、デマを信じてしまうのは意志が弱いからではなく、確証バイアスという誰にでもある脳の仕組みのせいだということ。ふたつめは、繰り返し見た情報ほど本物だと錯覚してしまう、真実性の錯覚効果があるということ。みっつめは、不安な気持ちが、確かめる前に広めたくなる衝動を生んでいるということです。そして何より、これらは「直すべき欠点」ではなく「練習で扱いが上手くなっていくもの」だということを、忘れないでいてほしいと思います。
法律が変わっていく時代だからこそ、自分の心の仕組みを知っておくことは、これからますます大きな武器になっていきます。あなたはもう、その第一歩を踏み出しています。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。
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