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なぜ『遺体が隠されている』というデマは、否定されても生き残ったのか

災害のニュースが流れた夜、気づけば何時間もSNSをスクロールしていた——そんな経験はありませんか。

私も正直、あります。不安なときほど、私たちは情報を求めずにいられません。そしてその心理の隙間に、デマは静かに入り込んできます。

2024年10月、スペインで起きた大水害。そこで生まれた「政府が遺体を隠している」という陰謀論は、公式の否定にもかかわらず、姿を変えながら1か月近く生き延びました。

なぜ、正しい事実を突きつけても、デマは死なないのか。

今回は、ハーバードの研究誌に掲載された最新の論考を手がかりに、公認心理師の視点からこの問いを一緒に考えてみたいと思います。読み終わる頃には、デマへの「構え方」が少し変わっているはずです。



水没した駐車場から、陰謀論が生まれた


まず、何が起きたのかをお話しさせてください。

2024年10月29日、スペイン東部を「DANA」と呼ばれる気象現象による大規模な鉄砲水が襲いました。バレンシアを中心に230人を超える方が亡くなり、78の自治体が被災した、同国近年で最悪級の気象災害です。

その混乱のなかで、ひとつの噂が生まれます。舞台は、アルダイア市にある大型ショッピングセンター「ボナイレ」の地下駐車場でした。この駐車場は水害で急速に水没し、約2億リットルもの水が溜まって数日間立ち入り不能になったのです。

中がどうなっているのか、誰にも分からない。この「情報の空白」こそが、デマの温床になりました。

数時間のうちに、TikTokやTelegram、Xには「数百の遺体が中に取り残されている」という虚偽の投稿があふれました。犠牲者の数はまず86人、次に258人、800人超、ついには1000人と、日を追うごとに膨れ上がっていったそうです。

そして11月5日、転機が訪れます。当局が「駐車場から遺体は発見されなかった」と公式に発表したのです。

普通に考えれば、ここでデマは終わるはずですよね。

ところが、そうはなりませんでした。

否定された瞬間、デマは「進化」した


ここからが、この事例のいちばん怖いところです。

公式の否定を受けて、噂は消えるどころか本格的な陰謀論へと変貌しました。「少なくとも200人の子どもが犠牲になった」「警察が現場への接近を封じている」「遺体は夜中に冷蔵トラックでこっそり運び出された」「政府も救急隊も法医学者も記者も、全員がグルになって隠蔽している」——主張はそんなふうに姿を変えていったのです。

その語り口も巧妙でした。「知り合いの治安警備隊員から聞いた」「警察と仕事をしている潜水士の友人が言っていた」といった、匿名で検証不可能な"証言"が、真実の代わりとして機能したのです。

なかでも象徴的だったのが、ある音声データです。軍の緊急部隊の軍曹を名乗る人物が泣きながら「口止めされている」「一晩中遺体を運び出していた」と語る音声が、数百万回も再生されました。

心理学を学んだ立場から言わせていただくと、これは実によくできた「物語」です。権威(軍人)、感情(涙)、具体的なディテール(夜間の搬出)。人の心を動かす要素が全部そろっている。

事実かどうかとは、まったく別の次元で。

なぜ私たちはデマを信じてしまうのか——3つの心理


ここで少し、人間の側の心の仕組みを整理してみましょう。私は3つのポイントがあると考えています。

第一に、不安は情報への渇きを生むということ。災害初期の不確実さと公的情報の遅れは、高い社会的不安と重なり合い、「何が起きているのか理解したい」という切迫感が情報の批判的な吟味を上回ってしまうのです。喉がカラカラのとき、水の安全性を確かめずに飲んでしまうようなものですね。

第二に、確認バイアス。人は自分の既存の信念と一致する説明を受け入れやすく、たとえ虚偽でも、もともとの考え方にフィットする物語には特に無防備になります。「政府は信用できない」と感じている人にとって、「隠蔽」の物語はスッと腑に落ちてしまう。

第三に、負の感情は判断力を鈍らせること。怒りや恐怖といったネガティブな感情は、偽ニュースを「正確だ」と誤認させる直接的な効果を持ち、内容を確かめずに共有してしまう可能性を高めることが研究で示されています。

つまりデマを信じるのは、頭が悪いからでも、意志が弱いからでもありません。人間の心に標準装備された仕組みが、災害という特殊な状況で逆手に取られているだけなのです。

だからこそ、自分を責める必要はまったくない。必要なのは、仕組みを知って備えることです。

ファクトチェックの限界と、「議論チェック」という新しい武器


さて、論考の核心に入ります。

デマ対策といえば「ファクトチェック(事実確認)」が定番です。ただ、この論考の著者たち——スペインの検証団体Maldita.esのメンバー——は、現場での実感としてこう指摘します。個別の虚偽を打ち消すだけでは、感情的な切迫感、制度への不信、憶測に基づく因果関係を組み合わせた複雑な説明の枠組みを崩すには不十分だった、と。

実際、訂正された信念は時間とともに元に戻りやすく、訂正そのものが忘れられてしまうことも研究で分かっています。モグラ叩きのように一つずつ潰しても、物語という「巣」が残っていれば、デマは何度でも湧いてくるわけです。

そこで彼らが用いたのが、2つの補完的なアプローチでした。

ひとつはナラティブ・モニタリング利用者からの問い合わせやSNS投稿、転送メッセージをAI支援のプラットフォームでリアルタイムに追跡し、テーマの近い主張をまとめて、その変化を地図のように描き出す手法です。個々のデマではなく「物語の全体像」を監視する、いわば定点観測ですね。

もうひとつがアーギュメント・チェッキング(議論チェック)です。事実確認が「それは本当か嘘か」を問うのに対し、議論チェックは、前提(真偽を問わず)がどのような推論によって誤った結論に使われているか——どんな因果の思い込みや論理の飛躍が議論を支えているか——を評価します。

これは私たち心理職の世界でいう「認知の歪みへの気づき」にとても近い発想で、読んでいて深くうなずきました。事実そのものより、事実の「つなぎ方」に目を向けるのです。

陰謀論を支えていた「論理の飛躍」たち


では実際、あの陰謀論はどんな理屈で組み立てられていたのか。論考では、繰り返し現れた誤謬(ごびゅう)が具体的に挙げられています。

たとえば「駐車場が水没した。だから死者がいるはずだ」「700台の車が取り残されている。だから同じくらいの遺体があるはずだ」という飛躍(論理の断絶)。「誰も犠牲者がいなかったと証明できない」という無知への訴え。「匿名の音声が遺体の存在を裏づけている」という偽りの権威。「今これを暴かなければ、今後も悲劇が隠され続ける」という滑りやすい坂の論法。

こうして並べてみると、どうでしょう。ひとつひとつは、日常の会話でも耳にしそうな理屈ばかりだと思いませんか。

Maldita.esはこれらに対し、事実の否定ではなく「問いかけ」で応じました。

「もし数百人が亡くなっていたら、家族からの捜索願はどこにあるのか。届け出も、名前も、写真も、ひとつもないのはなぜか」「立場も利害も異なる複数の政党、組織、機関の何百人もが、一切の漏洩なく隠蔽を続けられると考えるのは合理的だろうか」——そんなふうに。

さらに物理学者グライムズの確率モデルを引きながら、何百人もの沈黙と協調を要する工作は統計的に数週間で破綻する、と説明したそうです。実際、内部告発も写真も、ただの一件も出てきませんでした。

「嘘だ」と断じるのではなく、「一緒に考えてみませんか」と誘う。この姿勢が、私はとても好きです。人は否定されると心を閉ざしますが、問いかけられると考え始めるものですから。

心のワクチンとしての「考える型」


この議論チェックには、もうひとつ大きな価値があります。それは未来への備えになることです。

心理学には「接種理論」という考え方があります。弱毒化した誤った推論にあらかじめ触れておくことで、将来のデマに対する認知的な抵抗力が育つ——まさに予防接種と同じ発想です。

議論チェックは、活動中のデマから繰り返し現れる誤謬や語りのパターンを特定することで、将来の予防的介入の土台となる「推論のテンプレート」を生み出すとされています。

一度「匿名の権威者の証言」というパターンを見抜く目を持てば、次の災害で似た手口に出会ったとき、立ち止まれる。しかもその「型」は、日常会話やSNSで、なぜある主張が破綻しているのかを自分の言葉で周囲に説明する道具として再利用できるのです。

知識は消えても、考える型は残ります。魚をもらうのではなく、釣り方を覚えるのに似ていますね。

私たちが明日からできる、3つのこと


最後に、この論考から私なりに持ち帰りたい実践を3つにまとめます。

ひとつめは、情報の空白に気づいたら「まだ分からない」を受け入れること。災害直後の沈黙は隠蔽ではなく、確認に時間がかかっているだけのことがほとんどです。不確かさに耐える力は、それ自体が立派なスキルです。

ふたつめは、強い感情が動いたときこそ、一呼吸おくこと。怒りや恐怖で手が震えるような投稿に出会ったら、それは「シェアする前に立ち止まれ」という心のアラームだと思ってください。見出しがなぜ真か偽かを考えるために一時停止するだけで、偽情報の共有が減ることも示されています。

みっつめは、事実だけでなく「理屈のつなぎ目」を見ること。「AだからBのはずだ」の「だから」は本当に成り立つのか。この一点を問う習慣が、あなた自身と、あなたの大切な人を守ります。

終わりに


今日の要点をまとめます。

  1. デマを信じるのは意志の弱さではなく、不安・確認バイアス・感情という人間共通の心の仕組みによるもの

  2. 陰謀論は否定されると消えるのではなく、形を変えて適応する「進化する物語」である

  3. 事実確認だけでは足りず、物語全体の監視と、論理の飛躍を問う「議論チェック」が補完として有効

  4. 誤った推論のパターンを知ることは、次の危機に備える「心のワクチン」になる

  5. 感情が強く動いた瞬間の一呼吸が、拡散の連鎖を断ち切る最初の一歩になる

デマの世界は日々巧妙になっていますが、悲観する必要はありません。今日ここまで読んでくださったあなたは、すでに「考える型」の最初のひとつを手に入れています。

完璧である必要はないのです。百回に一回、シェアの前に立ち止まれたら、それはもう大きな変化。あなたは、自分の情報環境を変えていける人です。私はそう確信しています。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。

【出典】 Ramos, C., Jiménez-Cruz, C., & Hernández-Escayola, P. (2026). Narrative monitoring and argument-checking: Enhancing effectiveness in countering disinformation beyond fact-checking. Harvard Kennedy School (HKS) Misinformation Review. https://doi.org/10.37016/mr-2020-198

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