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『愛情深い人』ほど、他者を排除しやすいという進化の皮肉: AI書評『分断と排除の人類史』

あなたは最近、SNSを見ていて「この人たちとは絶対に分かり合えない」と感じたことはないでしょうか。

政治の話、ワクチンの話、あるいは職場の理不尽。「どうしてこんなに簡単なことが伝わらないんだろう」と、気づけば深夜まで画面を見続けてしまう。私自身、医療現場で働きながら、そういう焦りや苛立ちに飲み込まれそうになる瞬間があります。

でも最近、一冊の本に出会って、その焦りの「正体」が少し見えた気がしました。

デイヴィッド・サムソンの『分断と排除の人類史』です。この本は、私たちの脳が30万年前からほとんど変わっていないという、ちょっと不都合な事実から始まります。今日はその話を、できるだけ自分の言葉でお伝えしたいと思います。


「愛情深い人」ほど、他者を排除しやすいという進化の皮肉


医療の現場にいると、「この人は本当に患者さんのことを思っているんだな」という同僚に出会うことがあります。患者への献身的なケア、チームへの強い連帯感。そういう人が、ある瞬間を境に、特定の考え方を持つ相手に対して信じられないほど冷淡になることがある。

最初はその落差を、単純な「疲れ」や「ストレス」だと思っていました。でも、サムソンのこの本を読んで、私は「これは個人の問題ではなかった」という、少し怖い気づきを得ることになりました。

サムソンが指摘するのは、人間の「自己犠牲や共感」と「外部への排除衝動」が、まったく同じ根っこから生えているという事実です。つまり、仲間への愛情が深い人ほど、仲間でない者への拒絶も強くなりやすい。これは性格の問題ではなく、30万年かけて磨かれた「生存のためのプログラム」なのです。

私たちの祖先は、小さな集団——サムソンはこれを「トライブ」と呼びます——の中で生き延びてきました。食料も少なく、天敵もいた過酷な環境で、見知らぬ他者は「競合相手か脅威」である可能性が高かった。だから脳は、「敵か味方か」を瞬時に判定する回路を発達させた。仲間への愛と、他者への警戒は、コインの表と裏として進化してきたのです。

私たちのOSは30万年前のまま


進化人類学者のロビン・ダンバーが提唱した有名な「ダンバー数」という概念があります。人間が安定した社会関係を維持できる人数の上限は、約150人。それ以上の集団では、直接の交流による信頼関係が機能しなくなります。

祖先たちの生きた世界は、まさにこの150人規模でした。顔が見える相手、声が届く距離の相手と、日々信頼を積み重ねながら生きていた。そこでは「誰が信頼できるか」も、「誰がフリーライダーか」も、自分の目で確かめられた。

ところが今、私たちは何百万人もの「見知らぬ他者」とSNSでつながり、一秒も会ったことのない相手の発言に、心臓がドキドキするほどの怒りを感じる。脳のOSは30万年前のままなのに、扱っているハードウェアだけが劇的に進化してしまったのです。

サムソンはこれを「進化のミスマッチ」と呼んでいます。ウミガメが月光を頼りに海を目指す本能を持っているにもかかわらず、電灯の光に引き寄せられて車道へ迷い込んでしまうように。私たちも、かつては有効だった本能によって、現代では害を受けてしまっている。

なぜフェイクニュースは止まらないのか


医療者として正直に言うと、コロナ禍の頃、SNS上で拡散されるデマに、心が折れそうになった瞬間がありました。「あの情報が事実ではないことは明らかなのに、なぜこんなに広まるのか」という徒労感。

でも、サムソンはその謎を鮮やかに解いてくれます。

情報がトライブの中で広がる理由は、「真実かどうか」ではなく「仲間への忠誠を示せるかどうか」だというのです。特定の情報を信じてシェアすることは、真偽の確認行為ではなく、「私はこのトライブの一員だ」と宣言する儀式として機能する。フェイクニュースが消えないのは、人々が愚かだからではなく、「仲間に認められたい」という本能が「正確な情報を選ぶ」という理性に勝っているからなのです。

これを「信頼のパラドックス」とサムソンは表現しています。私たちが情報の真偽をめぐって戦っているつもりでいるとき、実は私たちはアイデンティティをめぐって戦っている。正直、これを読んだとき、背筋が少し冷えました。

では、私たちにできることは何か


絶望的な話を続けてきましたが、サムソンが最終的に言いたいことは「だから人間はどうしようもない」ではありません。むしろその逆です。

本能の正体を知ることに、意味があると彼は言う。

SNSで激しい怒りが湧いてきたとき、一歩引いて「これは理性的な判断か、それとも本能的な部族反応か」と自問する習慣。これは、心理学でいう「メタ認知」に近い感覚です。自分の感情や思考を、一歩外側から観察する視点。私が公認心理師の資格取得の学習を通じて繰り返し出会った概念でもありました。

サムソンが提案するもう一つのヒントが、「身体性を持つ小さな共同体への回帰」です。顔が見えて、声がかけられる関係のなかにいること。趣味のサークルでも、職場の小さなチームでも、地域のつながりでもいい。デジタル上の巨大な「仮想トライブ」ではなく、矛盾だらけの生身の人間と日常を重ねていくこと。

私自身、職場の外で、無関係に見えるコミュニティに顔を出す機会を意識的に持つようになったのは、この本の影響が少なくありません。

そして文化人類学者の松村圭一郎が言う「うしろめたさ」という感情も、実は重要な鍵だとサムソンの議論を読みながら感じました。システムに守られた立場の人間が、他者の苦境に対して抱く微かな居心地の悪さ。この感情を「なかったこと」にせず、むしろそこから目を背けないことが、制度という名の「壁」に小さな隙間を作るのだと。

まとめ:この本が教えてくれた3つのこと


この本を読んで、私が持ち帰ったものを3つに整理するとこうなります。

まず、「仲間への愛と、他者への排除は同じ根っこを持つ」という事実。これは自分の善意を疑えということではなく、自分の善意が持つ「影」に無自覚でいないために知っておきたいことです。

次に、「感情が激しく動いたとき、それは本能のアラームかもしれない」という視点。怒りや嫌悪を感じること自体は悪いことではないけれど、それが「部族本能」の反応なのか「理性的な判断」なのかを区別しようとする習慣が、暴走を防ぐ最初の防波堤になります。

そして「身近な、顔の見える人間関係を大切にすること」の意味の深さ。150人という制約は、弱点ではなく、私たちが本来的に信頼を育める規模なのです。

分断はニュースの向こう側の話ではなく、私たちの脳の中に、今この瞬間も走っているプログラムの話です。でも、それを知っているだけで、少しだけ自由になれる気がする。そう思わせてくれた一冊でした。

ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。「おもしろかった」「役に立った」と感じていただけたら、そっとスキを押していただけると、とても励みになります。


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