なぜ『正しい情報』より『感情を動かす情報』が信じられてしまうのか
「これは絶対に知っておいた方がいい」——そんな言葉で始まる情報ほど、実は少し立ち止まって見た方がいいのかもしれません。
私は普段、公認心理師として人の心の動き方を見つめる仕事をしていますが、先日「Decision Making and National Unity Under Threat」という、外国からの情報操作を分析した海外の調査レポート※に目を通しながら、あらためて感じたことがありました。情報に振り回されやすいかどうかを分けているのは、知識の量でも、賢さでもないということです。それは、誰の心にもある、ちょっとした「クセ」なのです。
今日は、心理学の視点から「なぜ人は特定の情報に強く心を動かされてしまうのか」を、一緒に考えてみたいと思います。読み終える頃には、ニュースやSNSを見る目が、少しだけ変わっているかもしれません。
「正しさ」より「感情」が勝ってしまう理由
人の心は、もともと「正確かどうか」より「自分にとって重要かどうか」を優先するようにできています。心理学ではこれを感情優位性と呼んだりしますが、平たく言えば、心を強く揺さぶる情報の方が、淡々とした事実よりもずっと記憶に残りやすく、拡散されやすいということです。
先ほどのレポート※では、ある国の分断的な政治問題をめぐって、著名な発信者が刺激的な言葉で不安や怒りを煽る動画が、数百万単位で再生されていた事例が紹介されていました。内容の正確さよりも、感情を動かす強さの方が、圧倒的に人を動かす力を持ってしまう。これは特別な人だけに起きることではなく、私たちの誰の中にも同じ回路があります。
大切なのは、「感情が強く動いた瞬間」こそが、実は一番立ち止まるべきサインだということです。怒りや不安、あるいは強い共感で胸がざわついたときほど、いったん深呼吸をして「なぜ自分はこんなに心を動かされているのだろう」と自分に問いかけてみる。それだけで、情報との距離の取り方が変わってきます。
心の「一貫性」を守ろうとする気持ちが生む落とし穴
もうひとつ、人の心には「自分の考えを一貫させたい」という強い欲求があります。心理学ではこれを認知的不協和と呼びますが、たとえば「この問題は深刻だ」と感じているのに「対応している人たちを信じている」という、矛盾した気持ちを同時に抱えていると、私たちはどこかで居心地の悪さを覚えます。
同レポート※でも、ある国の国民のおよそ4人に1人が、こうした矛盾した認識を同時に抱えていたことが報告されていました。この矛盾そのものは、決して珍しいものでも、恥ずべきものでもありません。人の心は、もともと完全に一貫してなどいないものだからです。
問題は、この居心地の悪さを解消してくれる「わかりやすい物語」が差し出されたとき、人はそれに強く惹かれてしまうという点にあります。もともとある不満や不安を、誰かが「あなたの感じていることは正しい」と丁寧にすくい上げてくれたように感じると、その語り手を信じたくなるのは、ごく自然な心の動きなのです。だからこそ、既にある不満や社会的な分断は、外部から都合よく利用される隙になりやすいのだと思います。
「自分は大丈夫」という気持ちこそ、最大の死角
三つ目は、少し意外に感じるかもしれません。情報に流されやすい人ほど自覚があるように思われがちですが、実際には逆です。心理学の世界では以前から、人は「自分より他人の方が、情報に影響されやすい」と考える傾向があることが知られています。これは第三者効果と呼ばれる、とても人間らしい心のクセです。
同レポート※でも、多くの人が「この問題は深刻だ」と認識しながら、その一方で「対応している側がきちんと機能しているかどうか」については、およそ5人に1人が「わからない」と答えていました。危機を認識することと、実際に行動したり関心を持ち続けたりすることの間には、思っている以上に大きな距離があるのです。
「自分は情報リテラシーがあるから大丈夫」——そう思っている人ほど、実は無防備になりやすいという逆説を、心のどこかに留めておいていただけたらと思います。
では、私たちには何ができるのでしょうか
こうした心のクセは、なくすことはできません。けれど、知っておくだけで、ずいぶん景色が変わります。
たとえば、強い感情が動いた投稿ほど、共有する前に一呼吸置いてみる。発信元がどこなのか、どんな立場の人が、どんな意図で書いているのかを、ほんの少しだけ確認してみる。同じ話題について、普段あまり見ない角度からの情報にも目を向けてみる。どれも地味なことですが、こうした小さな習慣の積み重ねこそが、実は一番効果のある「心の防御」になります。
そしてもうひとつ、信頼できる取材や検証を重ねているメディア、専門家の発信を大切にすることも、遠回りに見えて確かな一歩です。丁寧に事実を積み上げる仕事は、感情を煽る発信に比べて地味で目立ちにくいものですが、だからこそ、私たち読み手の側から意識して支えていく必要があるのだと感じています。
おわりに
今日は、心理学の視点から情報に流されやすくなる三つの心のクセについてお伝えしました。ひとつは、感情が強く動いた情報ほど記憶や行動に強く残ってしまうこと。ふたつめは、矛盾した気持ちを解消してくれる「わかりやすい物語」に惹かれやすいこと。そして三つめは、「自分だけは大丈夫」という感覚こそが、実は一番の死角になりうるということでした。
これらは、意志の弱さや知識不足の問題ではありません。人間である以上、誰もが持っている心の仕組みです。だからこそ、責めるのではなく、まず「知る」ことから始めていただけたらと思います。知っているだけで、次に感情を強く揺さぶられたときの自分の反応が、きっと変わってきます。
あなたには、立ち止まって考える力が、もうすでに備わっています。今日お伝えしたことが、その力を思い出すきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。
出典
※本記事で紹介した調査データは、以下のレポートを参照しています。心理学的な視点からの解釈・考察は筆者独自のものです。
Marcus Kolga, Jennie Phillips, Brian McQuinn, Bartel Van de Walle. Decision Making and National Unity Under Threat: Foreign Interference, Cognitive Sovereignty, and the Alberta Referendum. Global Centre for Democratic Resilience, CIPHER AI, DisinfoWatch, CASi Labs, 2026年5月6日発行。
https://disinfowatch.org/wp-content/uploads/2026/05/Alberta-and-Foreign-Interference-Report-Final-052026-web.pdf
<レポート要約>
このPDFは、カナダの複数のシンクタンク・研究機関(CIPHER AI、DisinfoWatch、Global Centre for Democratic Resilience、CASi Labsなど)が2026年5月に共同発表した報告書「Decision Making and National Unity Under Threat」の内容です。アルバータ州の分離独立運動を巡り、外国勢力がカナダの「認知的主権(cognitive sovereignty)」をどのように脅かしているかを分析しています。以下に3000字程度で要約します。
背景と目的
アルバータ州の分離運動は外国が作り出したものではなく、エネルギー政策や連邦・州関係、経済的不公平感といった実際の不満に根ざした国内問題である。しかし2026年4月時点で分離支持率は過去5年で最高の27%に達しており、この動きを外国勢力が悪用し、カナダの社会的結束や民主主義への信頼を損なおうとしていることが本報告書の主題である。2026年1月にはアルバータ州選挙管理委員会が独立を問う住民投票実施のための署名収集(約17万8千件必要)を開始しており、報告書はこの過程で外国の情報操作が激化すると警告している。
3つの脅威主体
報告書は、性質の異なる3種類の外国関与主体を特定している。
1つ目はロシアである。ロシアは西側諸国の分断的な問題を特定し悪用する国家戦略(2024年のFBI宣誓供述書で裏付け)に基づき、doctrinal(教義的)・operational(作戦的)・sustained(持続的)にアルバータ分離主義に関与している。2019年から国営メディアSputnikがWexit運動に注目していたほか、プリゴジン系の情報工作「Storm 1516」に関連する「albertaseparatist.com」というウェブサイトが2025年5月から確認されている。さらにロシアの「Pravda News Network」では、2025年12月から2026年4月の間にアルバータ関連記事が67件掲載され、オンタリオ(14件)を大きく上回った。内容は分離運動を人気があるものとして描写し、カナダからの経済的搾取を強調し、外国承認の可能性を示唆するものだった。
2つ目は米国である。米国の関与は covert ではなく overt(公然)であり、トランプ政権下でエスカレートしている。分離運動指導者らは国務省高官と少なくとも3回接触したと主張しており、機密情報隔離施設(SCIF)での会合や5000億ドル規模の融資枠の話まで報じられている。財務長官ベセントも公にアルバータ独立を支持する発言をしている。またタッカー・カールソンやスティーブ・バノン、ベニー・ジョンソン、ティム・プールといったMAGA系インフルエンサー(合計数千万人規模のフォロワー)がアルバータ独立・米国編入を煽る発信を行っている。特にカールソンは「カナダは主権国家ではない」「体制転換の議論も可能」と発言し、この動画はロシア国営メディアRTにも転載された。
さらに衝撃的なのは、両者の収束点であるTenet Media事件である。プールとジョンソンはロシア政府から約1000万ドルの資金提供を受けていたとされる同メディア組織に関与しており、ロシア資金・米国インフルエンサー・分離主義的言説が一体化した実例とされる。
3つ目は経済的日和見主義者である。AIを用いた「スロパガンダ(slopaganda)」と呼ばれる、生成AIと有料声優を組み合わせた偽装コンテンツが「Canadian Reporter」などのYouTubeチャンネルで拡散されている。これらは本物のアルバータ在住者を装っているが、実際は米国やオランダを拠点とする声優が演じていることが判明している。
世論の状況
世論調査では、米国への懸念(2024年7月39%→2026年4月ピーク71%)がロシアへの懸念(52%→42%)を上回るまでに逆転した。米国の関与は可視的である一方、ロシアの関与は covert であるため認知されにくいことが背景にある。約94%のカナダ人が「米国はもはや信頼できる同盟国ではない」との認識で一致し、約77%が米国政治家の分離運動支持発言を不適切と考えている。しかし世代間・党派間・地域間で温度差があり、若年層やPPC(人民党)支持者は米国の介入に寛容な傾向がある。また約3割のカナダ人が「分離の脅威を深刻視しつつ、政治家の対応を信頼していない」という不信のギャップを抱え、この層はアルバータ州とケベック州に偏在している。
脆弱性
報告書は、カナダの情報環境が抱える3つの構造的脆弱性を指摘する。①複数プラットフォームにまたがる連携工作を単一の監視システムでは検知できない「クロスプラットフォーム協調の盲点」、②アルゴリズムの不透明性により拡散状況を把握できない「アルゴリズム透明性の欠如」、③連邦・州・市民社会の脅威情報がリアルタイムで統合されない「情報源間の相関分析の欠如」である。
今後のリスク予測と提言
今後は①署名検証・法的手続き期(次の30~60日)、②住民投票キャンペーン期(夏~10月)、③結果発表後、の3段階でそれぞれ異なる偽情報リスクが高まると予測している。署名の不正廃棄主張、投票資格や不正投票の虚偽主張、そして結果への不正・改ざん疑惑など、各段階の不信は次の段階へと連鎖的に増幅するとされる。
提言としては、政策立案者に対するBill C-70の拡充やEUデジタルサービス法型の規制導入、法執行機関への内部告発者保護、メディア・コミュニケーション分野への予防的な情報発信、市民に対するメディアリテラシー向上や地元独立系ジャーナリズムの支援などが、役割別に整理されている。
結論
報告書は、アルバータの分離を巡る議論自体は正当な民主的討議であるとしつつ、外国政府・国家連携メディア・イデオロギー・利益追求型のネットワークがこれを歪めようとしている点を「危険」と位置づけ、住民投票が本格化する前の信頼構築こそが「準備」ではなく「主たる防御策」であると結論づけている。
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