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情報が増えるほど人は賢くなる——その『当たり前』が間違っていた

情報が増えれば、人は賢くなる。そう思っていませんか。

私もずっとそう信じていました。医療の現場にいると、患者さんがスマートフォンで調べてきた情報を持ってくることがよくあります。「ネットに書いてあった」「YouTubeで見た」——その情報が正しい場合も、残念ながらそうでない場合もあります。でも不思議と、量が多いほど人は確信を深める傾向があります。

先日読んだ3冊の本が、そのモヤモヤに名前をつけてくれました。情報は本来、真実を届けるためにあるのではない——そんな、少し怖い話をしようと思います。


情報は真実より「つながり」を選ぶ——3冊の本が突きつけた、情報社会の不都合な真実


今回読んだのは、ユヴァル・ノア・ハラリ著『NEXUS』、ポール・オフィット著『反ワクチン運動の真実』、山口拓朗著『読解力は最強の知性である』の3冊です。テーマはバラバラに見えますが、読み終わると不思議なほど同じ問いに行き着きました。

「そもそも、情報とは何のためにあるのか」

その答えが、思っていたのとかなり違っていました。

情報の「本当の目的」はハラリが教えてくれた


『NEXUS』でハラリは、情報に関する私たちの根本的な思い込みを崩します。

私たちは「情報=真実の伝達手段」だと信じています。情報が増えれば正確さが増し、自由に流通すれば人は賢くなる——これをハラリは「情報のナイーブな見方」と呼んで、真っ向から否定するのです。

彼が主張するのは、情報の本来の機能は「接続(connection)」にあるということです。DNAだって外部の真実を記述したものではなく、細胞同士をうまく機能させるための指令書です。人間社会においても、貨幣・法律・国家・宗教——こうした強力な「情報ネットワーク」は、客観的な真実よりも、共有されたフィクションや神話によって支えられています。

つまり、情報は人々をつなぐためのものであって、真実を届けるためのものとは限らないのです。

これが怖いのは、「つながり」のために真実が犠牲にされることがある、という含意があるからです。ハラリは15世紀の印刷機の発明を例に出します。グーテンベルクの印刷機が普及した後、ヨーロッパでベストセラーになったのは科学書ではなく、「魔女に与える鉄槌」という魔女狩りのマニュアルでした。情報の流通量が増えたとき、人々は真実に近づいたのではなく、恐怖が増幅されたのです。この構図は、現代のSNSにそのまま当てはまります。

「一枚の嘘の論文」が世界を変えた


この怖さが現実になった事例が、『反ワクチン運動の真実』に詳しく描かれています。

1998年、イギリスの医師アンドリュー・ウェイクフィールドが世界的権威の医学誌『ランセット』に論文を発表しました。「MMRワクチン(麻疹・おたふく・風疹の三種混合)が自閉症を引き起こす可能性がある」という内容です。対象はたった12人でした。

しかしその論文は世界中のメディアに拡散し、ワクチン接種率は急落し、麻疹の再流行が起きました。後の調査で、ウェイクフィールドには反ワクチン訴訟を有利に進めるための多額の報酬が支払われていたこと、データが改ざんされていたことが明らかになります。2010年に論文は撤回され、彼は医師免許を剥奪されました。

ここで著者のオフィット博士は、痛烈な言葉を残しています。「鐘を鳴らすことはできても、鳴らした鐘の音を消すことはできない」と。

一度広まった「ワクチン=危険」という物語は、科学的な反証が積み重なっても消えませんでした。なぜか。ハラリの言葉を借りれば、それが「つながり」として機能してしまったからです。恐怖と不信という感情を共有した人々がネットワークを作り、反ワクチンコミュニティとして固まった。情報は真実ではなく、そのコミュニティへの「帰属」を強化するために使われ続けたのです。

私は医療の現場で、この現象を小さなスケールで目の当たりにすることがあります。患者さんに科学的な根拠を丁寧に説明しても、「でもネットでは違うことが書いてあった」と返ってくるとき、伝えているのは情報ではなく「あなたの側にはいません」というサインとして受け取られてしまっているのかもしれない、と感じることがあります。

「読解力」が最後の砦になる理由


では、どうすれば「情報の接続力」に飲み込まれずにいられるのか。

山口拓朗著『読解力は最強の知性である』は、その処方箋を提示しています。著者は読解力を「相手の言葉を借りて、自分の頭で考える力」と定義します。これは非常に重要な定義です。情報を「受け取る」のではなく、「自分の頭で処理する」という主体性の宣言だからです。

本書が提唱する核心は、「1%の本質をつかむ」という視点です。情報を木に例えると、私たちはどうしても目立つ「枝葉」に注目してしまいます。センセーショナルなタイトル、感情を揺さぶるエピソード、有名人の一言——これらはすべて枝葉です。読解力とは、それを見抜いて「幹」にあたる本質だけを抽出する力です。

そのための問いとして著者が提示するのが「なぜ?」と「そもそも?」の二つです。ウェイクフィールドの論文騒動に当てはめてみると、「なぜこの情報は拡散したのか?」(恐怖という感情的なフックと曖昧さ)、「そもそもこの研究はどれほど信頼できるのか?」(たった12人・資金源・利益相反)という問いを立てるだけで、まったく違った見え方になってきます。

「読解力=文章を読むスキル」だと思っていた私にとって、これは発見でした。読解力とは情報を「受信する技術」ではなく、情報の渦の中で自分の思考を守る「盾」なのかもしれません。

3冊が重なり合う場所


この3冊を並べると、一本の線が見えてきます。

情報は本来、真実より「つながり」のために存在する(NEXUS)。だからこそ、恐怖や感情に訴える嘘の情報は爆発的に広まり、科学的な真実よりも強固な「接続」を作り出してしまう(反ワクチン運動の真実)。それに対抗するために必要なのは、情報量でも知識量でもなく、「本質をつかむ読解力」という能動的な思考習慣だ(読解力は最強の知性である)。

反ワクチン運動の恐ろしさは、その主張が「嘘だから広まった」のではなく、「つながりを生んだから広まった」という点にあります。子どもを守りたいという純粋な親心が、誤った情報のネットワークに取り込まれてしまった。そこには悪意だけでなく、愛情もありました。

だからこそ、情報の受け取り方を変えることが必要なのだと、私は思います。「この情報は私に何を感じさせようとしているのか」「なぜ今この情報が目の前に来ているのか」と問い直す習慣。それだけで、情報との距離感はずいぶん変わるはずです。

まとめ


最後に、3冊を読んで気づいたことを整理すると、こうなります。

情報の目的は「真実の伝達」だけではなく「人々のつながり」にある——これを前提として受け入れること。感情を揺さぶる情報ほど、「つながり」として機能しやすく、真実かどうかとは別の力学で動いている。そして、その渦に飲み込まれないために必要なのは、「なぜ?」「そもそも?」という問いを立て続ける読解力です。

情報が増えれば増えるほど、この力は希少価値を持ちます。みんなが情報に流されていく時代に、自分の頭で考える人間でいること——それが、公認心理師として、そして一人の人間として、私がこの3冊から受け取ったメッセージでした。

あなたもぜひ、この3冊を手に取ってみてください。きっと、いつもと違う目で情報が見えてきます。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。

#情報リテラシー #読書感想文 #メディアリテラシー #反ワクチン #読解力


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