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SNS疲れのあなたへ|公認心理師が考える、情報との健やかな距離感

スマホを開いて、なんとなくSNSをスクロールしているうちに、気がつけば30分、1時間と過ぎていた──そんな経験、ありませんか?

私は医療機関で働く公認心理師です。臨床のカウンセリングは担当していませんが、職場の同僚や知人から「最近、情報に疲れる」「何が本当か分からない」という声を、ここ1〜2年で本当によく聞くようになりました。

先日、カナダの社会メディア研究者であるアナトリー・グルズド博士の講演内容を知り、ここに大事なヒントがあると感じました。それが「デジタル衛生 (digital hygiene)」という考え方です。今日は、心の専門職としての視点を交えて、お話ししてみたいと思います。

350人の聴衆が、AI画像を見抜けなかった話


グルズド博士は、トロント・メトロポリタン大学で社会メディア研究室の共同代表を務めている方です。先日、ある大学の記念講演で350人以上の聴衆を前に、こんな実験をしました。スクリーンに何枚かの写真を映し、「どれが本物で、どれがAI生成だと思いますか?」と問うたのです。

結果は、博士いわく「成功率は低かった」。専門家の前でも、AIが作った画像と本物を見分けるのは、もう難しい時代に入っているということです。

博士の言葉で、私が一番引っかかったのはこの一文でした。

「ソーシャルメディアは無垢ではない(Social media is not innocent)」

https://www.dal.ca/faculty/management/news-events/news/2026/05/04/social_media__digital_hygeine__mis_information_dis_information.html

可愛い犬や猫の写真ばかりが流れているように見えても、その裏では、商品を売りたいマーケターだけでなく、国家アクターや犯罪者までもが情報を発信している。中東や東ヨーロッパでの紛争を見ても、AIが偽情報の拡散を加速させ、それがいつのまにか「みんなが信じている話」になってしまう。そんな現実が、もう私たちのすぐ隣にあります。

なぜこれが「心」の話なのか


ここで、「でも、それって情報リテラシーの話で、メンタルヘルスとは別の話では?」と思われるかもしれません。

私の答えは、はっきり「いいえ」です。

公認心理師として情報行動を見ていて感じるのは、人の心は、思っているよりずっと「目に入った情報」に引っぱられるということです。心理学には「利用可能性ヒューリスティック」という有名な概念があります。簡単に言うと、頭に思い浮かびやすい情報ほど、人はそれを「よくある真実」だと判断してしまう、という認知のクセです。

タイムラインに不安を煽る投稿が並べば、世界はそういう場所に感じられる。誰かを攻撃する書き込みが目に入り続ければ、人間というものへの信頼が少しずつ削れていく。これは性格の弱さではなく、人間の脳がそう設計されているということです。

つまり、何を見るか・何を信じるかは、その人の世界観をつくり、ひいては心の健康そのものに直結している。私が「デジタル衛生は心の衛生でもある」と考える理由は、ここにあります。

デジタル衛生を支える3つの問い


では、具体的にどうすればいいのか。グルズド博士の話を、私なりに心理職としての言葉に翻訳すると、3つの問いに集約できると感じています。

ひとつ目は、「これは誰が発信しているのか?」という問い。

発信元のアカウントは何者か。実在する組織なのか、それとも作られたばかりの匿名アカウントなのか。これは、街角で見知らぬ人にいきなり何かを差し出されたとき、「あなた誰?」と自然に身構えるのと同じ感覚です。デジタル空間でも、その身構えを忘れないこと。

ふたつ目は、「これはどんな文脈で出てきたのか?」という問い。

切り取られた1枚の写真、文脈のないキャッチーな見出し──こうしたものほど、強い感情を呼び起こします。怒りや恐怖を一瞬で湧き上がらせる情報に出会ったときこそ、「いつ、どこで、何の話の流れで出てきたものなのか?」と一歩下がってみる。私はこれを、患者さんが感情の波に飲まれそうなときにお勧めする「半歩引いて呼吸を整える」のと同じだと考えています。

みっつ目は、「これで誰が得をするのか?」という問い。

これは少し意地悪な視点に聞こえるかもしれませんが、私はとても大切だと思っています。その情報が広まることで、利益を得るのは誰か。注目を集めたい人なのか、商品を売りたい企業なのか、世論を動かしたい組織なのか。これを考えるクセがつくと、強い言葉に振り回される回数が確実に減ります。

グルズド博士の言葉を借りれば、これらに気づき始めた瞬間、人は「批判的な情報の消費者 (critical consumer of information)」になっていく。難しそうに聞こえますが、要は「ちょっと立ち止まって、自分の頭で考える」だけです。

"歯みがき"と同じだと考える


「デジタル衛生」という言葉が秀逸だと感じるのは、衛生という比喩の選び方です。

私たちは毎日、当たり前のように歯を磨き、手を洗います。誰かに強制されたからでも、特別な意志の力でもなく、習慣として身についている。デジタル衛生も同じで、一度きりの大決断ではなく、毎日のちいさな所作として身につけるものなのだ、と博士は伝えているように私には聞こえました。

実際、博士はカナダの議会委員会でも証言を行い、「ツールがどれだけ広く使われているか」「人々がそれを安全に使う準備ができているか」のあいだに、大きなギャップが広がっていると指摘しています。これは、カナダだけの話ではないはずです。日本でも、生成AIで作られたであろう画像や音声を、私自身ほぼ毎週のように目にするようになりました。

ここで、誤解しないでほしいことがあります。「SNSをやめましょう」「スマホを捨てましょう」という話ではありません。情報そのものは、私たちの生活を支え、つながりを生み、ときに人生を変える力を持っています。

問題は、量と質に対して、私たちの心の側のメンテナンスが追いついていないこと。だから、磨く側のスキルをちゃんと育てていきましょう、ということだと私は受け取りました。

私が臨床の周辺で感じてきたこと


冒頭でも触れたように、私はカウンセリング業務そのものは担当していません。ただ、医療の現場で働いていると、ご家族から「ネットで見たこの治療、どうですか?」と尋ねられることや、若いスタッフが匿名アカウントの書き込みで深く落ち込んでいる場面に出会うことが、少しずつですが、増えてきました。

そういうとき私が伝えているのは、「あなたの感じやすさは、弱さじゃない」ということです。

情報の波に揺さぶられるのは、人として自然な反応です。むしろ、共感力が高い人ほど揺さぶられやすい。問題は、「揺さぶられた自分」を責めることでも、「もう何も信じない」と心を閉ざすことでもなくて、揺さぶられたあとに、半歩下がって息を整える時間を確保することなんだろうと思います。

そのためには、3つ目の問い──「これで誰が得をするのか?」──が、私たちを少しだけ冷静にしてくれる。これは経験から、本当にそう感じます。

終わりに


最後に、今日お伝えしたかったことを整理させてください。

ひとつ目は、AIの進化により、もう本物と偽物を見た目だけで見抜くのは限界に近いということ。
ふたつ目は、見る情報は、知らないうちに私たちの世界観と心の状態を作っているということ。
みっつ目は、「誰が・どんな文脈で・誰の得のために」という3つの問いを、歯みがきのように日常に取り入れること。

そして、最も大事なのは、これらができないあなたが「情報リテラシーが低い」のではないということです。AIが進化しすぎただけで、あなたが鈍いわけでは決してない。だからこそ、今日から少しずつ、自分の心を守る習慣を選びとっていけばいいのです。

あなたは、変化を起こせます。スマホを開く一回ごとに、半歩下がる選択ができる。それを積み重ねていける人だと、私は信じています。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。

#デジタル衛生 #公認心理師 #情報リテラシー #SNSとの付き合い方 #メンタルヘルス


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