正解率わずか70点のAI判定に、心理師がゾッとした3つの理由
最近、SNSで流れてきた動画を見て「これ、本物かな」と一瞬迷ったことはありませんか。生成AIの動画は、ここ数年でびっくりするほどリアルになりました。指の形も、表情の揺れも、もう素人目にはほとんど見分けがつきません。けれど本当に怖いのは動画そのものよりも、それを見続けるうちに、私たちの中から「見抜く感覚」がそっと失われていくことなのだそうです。医療の現場で人の心の動きと向き合ってきた私にとっても、これはまったく他人事ではありませんでした。今日は、この現象を心理学の視点から、あなたと一緒に考えてみたいと思います。
わずか2年で、別物になった映像
2023年の春、「ウィル・スミスがスパゲティを食べる動画」というAI生成映像がSNSで話題になったことがありました。顔は崩れ、口の動きも不自然で、誰が見てもひと目でAI動画だと分かるレベルのものでした。
ところが、それからたった2年ほどで、プロの目でさえ本物と見分けがつかないほどのクオリティに進化してしまったといいます。これは日本ファクトチェックセンター編集長の古田大輔氏が、ダイヤモンド・オンラインの取材の中で語っていた内容です。かつては指先や目元の不自然さといった「AIらしさ」が明確にあり、そこを見ればすぐに判別できていました。しかし高性能な動画生成AIが次々と公開されたことで、その手がかりはもうほとんど残っていないのが現状のようです。
私はこの話を聞いて、単純に「技術が進んだ」というだけの話には思えませんでした。むしろ、私たちの側の感じ方が、静かに変わり始めているのではないかという方に、関心が向いたのです。
誤情報を作る人より、広める人の方がずっと多い
この取材の中で、もうひとつ印象的だったのが、偽・誤情報の発信者についての整理です。発信者は大きく3つのタイプに分けられるといいます。損得のために意図的に発信する人、自分こそ正しいと信じ込んで発信してしまう人、そして注目や承認を求めて発信する人です。
ただ、それ以上に厄介なのは、こうした発信者本人よりも、それを「正しい情報」だと信じて広めてしまう人の数の方が、圧倒的に多いという点です。悪意がない分だけ、ブレーキが働きにくい。ここに、被害がどこまでも連鎖していく構造があるのだと感じました。
これは心理学的に見ても、とても自然な現象です。人の脳は、目にする情報すべてを一から吟味していては、とても処理が追いつきません。ある程度「見慣れたもの」は疑わずに受け入れる、というのは、限られたエネルギーで効率よく生きるための、いわば省エネの仕組みなのです。これは意志が弱いからでも、うっかり者だからでもありません。誰の脳にも備わった、ごく自然な働きです。
一番怖いのは、AIではなく「慣れ」
さらに考えさせられたのは、AIを使って動画の真偽を判定しても、その精度は今のところ7〜8割程度にとどまるという話です。2〜3割の確率で間違える食べ物を、誰も好んで口にはしないでしょう。それくらい、まだ発展途上の技術だということです。
けれど古田氏がもっとも懸念していたのは、判定精度そのものよりも、AI動画を見続けることで人に起きる変化でした。本物か偽物かを疑うこと自体を、多くの人がだんだん諦めてしまう。すると、本物と偽物を見極める感覚そのものが、少しずつ鈍っていくというのです。
本来、災害や戦争の現場を撮った映像というのは、画面が揺れていたり、煙で肝心なものが見えなかったりと、粗さや不完全さがつきものです。一方でAIが作る映像は、まるで映画のワンシーンのように整い、劇的に仕上がっています。皮肉なことに、その「作り込まれた自然さ」の方に、私たちはかえってリアリティを感じてしまう。これは、感覚の慣れという観点から見ると、とても納得のいく話です。同じ刺激に繰り返しさらされると、私たちの神経はその刺激への反応を弱めていきます。強い光に目が慣れていくのと同じように、「衝撃的でドラマチックな映像」に触れ続けるうちに、その強さこそが「普通」だと脳が学習してしまうのです。
感覚を守るために、私が意識している3つのこと
ここまでの話を、私は「怖がるための話」にはしたくありません。大切なのは、この仕組みを知ったうえで、感覚を守る小さな習慣を持っておくことだと思っています。私が普段、意識していることを3つお伝えします。
1つ目は、感情が大きく動いた瞬間ほど、いったん手を止めることです。驚き、怒り、悲しみ。強い感情が動いたときほど、人は検証よりも先に「いいね」や共有を押してしまいがちです。行動に移す前の数秒だけ、立ち止まる。それだけで、随分と違います。
2つ目は、情報の窓口をひとつに絞らないことです。旅行先の宿を決めるとき、口コミだけで即決する人は少ないはずです。公式サイトも見るし、地図アプリの評価も見る。情報も同じで、比較的信頼できる窓口をいくつか持っておくことが、判断の支えになります。
3つ目は、「本物っぽさ」と「本物」は別物だと、意識的に区別する視点を持つことです。整いすぎている映像、ドラマチックすぎる展開ほど、少し立ち止まって疑ってみる。これは冷たい人間になるということではなく、むしろ自分の感覚を大切に守るための、優しい習慣だと私は思っています。
まとめ
今日お伝えしたかったことを、あらためて整理します。
生成AIの映像は、この数年でプロでも判別が難しいほど進化したこと。誤情報は発信者よりも、悪意なく広めてしまう人の方が圧倒的に多いこと。そして一番の危機は技術そのものではなく、私たちが「見抜く感覚」を少しずつ手放してしまうことにあるということです。
これは、あなたの意志が弱いからでも、注意力が足りないからでもありません。誰の脳にも備わった、ごく自然な仕組みの結果です。だからこそ、責める必要はまったくありません。ただ、知っているだけで、立ち止まり方は変えられます。
感情が動いた瞬間にひと呼吸おくこと。情報の窓口をひとつに絞らないこと。整いすぎた映像ほど、少し疑ってみること。この3つを胸に置いておくだけで、あなたの「見抜く感覚」は、きっとこれからも守っていけると、私は信じています。
長文にもかかわらず、最後までお付き合いくださりありがとうございます。これからも、いい意味で"ちょっとだけマニアックな"情報を届けていけたらと思います。
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