「接種後に亡くなった」と「接種のせいで亡くなった」は、なぜ全く違うのか
もし誰かから「日本でワクチン接種後に389万人が亡くなったという論文が出た」と聞いたら、あなたはどう感じるでしょうか。驚き、怒り、不安——さまざまな感情が一気に押し寄せるかもしれません。実際にいま、SNSを中心にそのような主張が広がっています。元になっているのは、市民ボランティアが自治体に情報公開請求を行い、約400万人分の接種データを集めて分析したプレプリント(査読前論文)です。データの規模は確かに大きい。しかし、医療関係者として論文を一読した私が感じたのは、「この数字、そのまま受け取って大丈夫だろうか」という率直な疑問でした。今日は、この論文が何を示し、何を示していないのかを、できるだけ平易な言葉で一緒に考えてみたいと思います。
最初に伝えておきたいこと——この論文は「存在しない」わけではありません
まず誤解のないように言っておきますと、この論文そのもの(Arakawa et al.)は実在する文書です。Zenodoという学術リポジトリに公開されたプレプリントで、著者も実在する研究者です。「フェイクニュースだから無視しろ」と片付けるつもりはありません。
ただし、「実在する論文であること」と「その結論が正しいこと」は、まったく別の話です。ここを混同してしまうと、私たちの判断は簡単に歪んでしまいます。学術の世界には、公開されたものの厳しい批判を受けて撤回される論文もあれば、最初は無視されたけれど後年正しさが証明されるものもあります。だからこそ、中身を丁寧に読む作業が必要になるのです。
この論文は何をしたのか——「市民が集めたデータ」の価値と限界
研究の骨格はシンプルです。市民ボランティア数百人が日本全国191の自治体に情報公開請求を出し、そのうち57の自治体から得られた約402万人・約1754万回分の接種データを分析しています。接種日、ロット番号、接種回数、死亡日などを統合し、「最終接種から死亡までの日数」や「ロット別の死亡率」を可視化したものです。
正直に言えば、このデータ収集の努力自体には敬意を払いたいと思っています。行政データを市民の力で集め、検索可能なWebデータベースにまとめるというのは、日本ではあまり例がない試みです。「データの集め方・見せ方」に新規性がある——これは間違いありません。
しかし、問題はここからです。データを集めたことと、そこから因果関係を導けることは、根本的に次元が違います。たとえば「雨の日に交通事故が多い」というデータを集めても、それだけでは「雨が交通事故の原因だ」とは言えませんよね。路面が滑りやすいのか、視界が悪いのか、そもそも雨の日に無理して運転する人が多いだけなのか——比較対象や条件の整理がなければ、原因はわからないままです。
3つの致命的な問題——なぜ「389万人」をそのまま信じてはいけないのか
この論文の結論を鵜呑みにできない理由を、3つに絞って説明させてください。
第一に、比較対象がありません。
ワクチンの安全性を評価するとき、最も基本的なのは「接種した人」と「接種しなかった人」の死亡率を比べることです。ところが、この論文には未接種群のデータがありません。著者ら自身が論文の中で「未接種者の死亡データを取得できなかった」と認めています。つまり、「ワクチンを打った人が一定期間内に亡くなった」ことは示せても、「打たなかった場合と比べてどうだったか」がわからないのです。
これがなぜ致命的かといいますと、日本は高齢化社会で年間約160万人が亡くなっています。しかもワクチン接種率は人口の約85%に達します。つまり、仮にワクチンが一切関係なくても、亡くなった方の大半は「接種後の人」になります。これは統計上の必然であって、因果関係の証拠ではありません。「傘を持っている人が雨に濡れている」のを見て、「傘が雨を降らせた」と結論するようなものです。
第二に、交絡要因が調整されていません。
この論文では、年齢、基礎疾患、要介護度、感染歴、地域差といった「結果に影響しうる他の要因」がほぼ調整されていません。特に深刻なのは、追加接種を多く受けた層ほど高齢者が多いという点です。高齢者はもともと死亡リスクが高いですよね。だから「接種回数が増えるほど死亡率が上がる」という観察結果は、「高齢者ほどたくさん打ち、高齢者ほど亡くなりやすい」という当たり前の事実を映しているにすぎない可能性があります。
疫学の世界では、こうした紛らわしい要因を「交絡」と呼びます。交絡を無視したまま因果関係を語るのは、映画のレビューで「この映画館は暑かった」と書いて「だから映画がつまらなかった」と結論するようなもので、論理が飛躍しているのです。
第三に、全国推計の方法が粗すぎます。
この論文は57の自治体データを全国に拡大するために、25.8という倍率を単純にかけています。日本には約1,700の自治体があり、そのうちたった57からのデータが全国を代表すると仮定しているわけです。開示に協力した自治体には何らかの偏りがあるかもしれませんし、都市部と地方、年齢構成、観察期間も異なります。この「単純倍率外挿」は、たとえて言えば「東京の3つのラーメン店の平均価格を調べて、日本全国のラーメンの総売上を推計する」ようなもので、推定の不確実性が非常に大きいのです。
「接種後に死亡」と「接種が原因で死亡」——この区別がすべてを分けます
私がこの論文を読んで最も伝えたいのは、この一点に尽きます。
「接種後1年以内に389万人が死亡した」と聞くと、まるでワクチンが389万人を殺したかのように聞こえます。しかし、「接種後に起きた」ことと「接種のせいで起きた」ことは、科学的にはまったく別の主張です。ラテン語で「post hoc ergo propter hoc」(後に起きたから、それが原因だ)という論理的誤りがありますが、まさにそれに該当します。
具体的に考えてみましょう。日本では1億人以上がワクチンを接種しました。年間死亡者数は約160万人。ということは、4年間で約640万人が亡くなる計算になります。接種率85%を考えれば、そのうち約540万人は「接種した人」です。その多くが「最終接種から1年以内」に入る可能性は十分にあります。つまり、389万人という数字は、自然死亡の相当部分を含んでいるとみるのが妥当です。
論文の著者ら自身も、考察の中で「この数字がすべてワクチンによる直接の死亡を意味するわけではない」と書いています。しかし、SNSではその但し書きが抜け落ち、「389万人がワクチンで殺された」という形で流通しています。これは非常に危険な情報の歪みです。
それでも「全部無意味」ではありません——記述データから学べること
ここまで厳しいことを書いてきましたが、「だからこの論文に何の価値もない」と言いたいわけではありません。記述疫学——つまり「何が、いつ、どれくらい起きたかを記録すること」には、それ自体に意味があります。
この論文が示唆していることの中で、実務的に重要なのは3つあります。
ひとつは、ワクチンの安全性モニタリングでは「接種直後だけでなく中長期的なフォローも重要だ」という点です。これは公衆衛生上の正当な問題提起といえます。ふたつめは、行政が持つデータの「ロット別・時系列別の透明化」がもっと必要だということです。そしてみっつめは、高齢者や基礎疾患のある方への接種判断を「個別化」する必要性です。
ただし、こうした示唆を本当に意味のある知見に昇華させるには、この論文のデザインでは足りません。全国レジストリを使った未接種群との比較、年齢や併存疾患を調整した回帰分析、自己対照ケースシリーズ(同じ人の接種前後を比べるデザイン)、死因別の解析——こうした手法が必要になります。結論を強くする前に、まず設計を強くしなければなりません。
「査読前」という意味を、もう少しだけ真剣に考えてみませんか
この論文はZenodoに掲載された「プレプリント」です。プレプリントとは、他の専門家による査読(ピアレビュー)を経る前に公開された論文のことで、研究の速報性を高めるメリットがある一方、内容の妥当性は保証されていません。
「Zenodoに載っている」ことは、「公開場所として正規のリポジトリを使った」という意味でしかなく、「中身が正しいと認められた」こととはイコールではないのです。ここは一般の方が最も誤解しやすいポイントだと思います。学術誌に掲載された査読済み論文であっても撤回されることがあるのですから、査読前の段階ではなおさら慎重に読む必要があります。
実際、この論文の主張に対しては、Science Feedbackなどのファクトチェック機関が「年齢や基礎疾患の調整がなく、結論は妥当ではない」と評価しています。ロイターもまた、日本関連のワクチン死亡増加の主張について「ワクチンが原因だと示したものではない」と報じています。
著者の背景も知っておきましょう——科学と運動の境界線
もうひとつ触れておきたいのは、著者と関連組織の立場です。論文の著者欄には研究者の名前に加えて、「mRNAワクチン中止を求める国民連合」や「憂国ユニオン」という活動団体が記載されています。データベースを運営しているサイトも、ワクチン政策の見直しを明確に掲げています。
誤解しないでいただきたいのですが、「活動団体が関わっているからダメ」と短絡的に言いたいのではありません。研究者がある立場を持つこと自体は珍しくありませんし、問題提起型の研究にも価値はあります。ただ、「中立的な疫学研究」として読むのか、「政策運動の一環としての発信」として読むのかでは、情報の受け取り方が変わってきます。発信者の立場を知った上で、データと結論を分けて評価する——これが健全な読み方だと私は思います。
SNSで流れてきたとき、あなたにできること
この種の情報がSNSのタイムラインに流れてきたとき、私たちにできることは意外とシンプルです。
まず、「数字のインパクトに圧倒されない」こと。389万人という数字は確かに衝撃的ですが、その数字がどう算出されたかを知れば、見え方はまったく変わります。次に、「因果と相関を区別する」こと。「〇〇の後に起きた」と「〇〇のせいで起きた」は違う、というシンプルな原則を頭の片隅に置いておくだけで、情報リテラシーは格段に上がります。そして、「元の論文の限界を、著者自身が認めているかどうかを確認する」こと。今回の論文は、限界を一応は書いています。しかしSNSでの拡散では、そうした留保がきれいに削ぎ落とされてしまうのです。
私たち一人ひとりが「ちょっと立ち止まって考える」ことが、デマの拡散を食い止める最も確実な方法です。
おわりに——「怖い」と感じた自分を否定しなくていいのです
最後に、もしこの論文の情報に触れて「怖い」と感じた方がいらっしゃったら、その感情を否定する必要はまったくありません。自分や家族の健康に関わる話ですから、不安を感じるのは当然です。大切なのは、不安を感じたときに「だからこそ慎重に情報を確かめよう」と一歩踏み出せるかどうかだと思います。
今回の論文から私が得た最も大きな教訓は、次の3つです。
1つ目は、「接種後に起きた」と「接種が原因で起きた」は、科学的にまったく別の主張であること。2つ目は、大きなデータでも、比較対象がなければ因果関係は語れないこと。3つ目は、数字の裏側にある前提や限界を確認する習慣が、自分と大切な人を守ること。
あなたがこの記事を読んで「なるほど、そういう見方があるのか」と少しでも感じてくださったなら、もうそれだけで十分です。情報に振り回されない自分をつくる力は、あなたの中にすでにあります。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。
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