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認知的不協和の理論で読み解く、SNSでデマが消えない本当の理由

皆さんの周りに、SNSで見た怪しい情報を、どれだけ説明しても信じ続けてしまう方はいませんか。

ワクチンに関する陰謀論、根拠のない健康法、特定の人々を悪者にする物語――。

医療現場で働く公認心理師として、こうした「正しい情報では覆らない信念」に何度も向き合ってきました。そして、ある時期からはっきりと感じるようになったのです。

これは、知性や情報リテラシーだけの問題ではない、と。

人の心はそんなに単純な仕組みでは動いていません。今日はその「人がデマを信じる本当の理由」について、心理学の視点から私なりに整理してみたいと思います。


「あの人、本気で信じているんですよ」と聞かされる日々


医療現場にいると、同僚から「あの患者さん、SNSで見た情報を本気で信じていて」とこぼされる場面があります。

私たちは、その都度ていねいに事実を伝えます。エビデンスを示し、誤りを指摘し、信頼できる情報源を案内する。

けれど、信じている本人の心はそう簡単には動かない。

それどころか、正しい情報を提示すればするほど、態度がかえって硬くなることさえあるのです。

これは医療の現場だけの話ではありません。SNSで毎日のように繰り返されている「デマの拡散」も、根っこにあるメカニズムはほぼ同じだと、私は感じています。

「あの事件の犯人は外国人だ」「先日の地震は人工地震だ」――いくら否定されてもしぶとく信じられ続けるデマ。

なぜ、人はそんなに頑固に「間違った何か」を抱きしめ続けるのでしょうか。

「正しい情報を渡せば人は変わる」という思い込みを手放す


まず、根本的な誤解を一つ手放してほしいと思います。

それは「正しい情報さえ届ければ、人は誤った信念を捨ててくれる」という発想です。

心理学の世界には、社会心理学者レオン・フェスティンガーが提唱した「認知的不協和理論」という考え方があります。人は、長年信じてきたことと矛盾する情報に出会うと、強い不快感を覚える。そしてその不快感を消すために、無意識のうちに二つの道のどちらかを選びます。

一つは、自分の信念を修正する道。 もう一つは、新しい情報のほうを否定したり、無視したりする道。

どちらが楽かといえば、残念ながら圧倒的に後者なんですよね。

さらに最近の研究では「バックファイア効果」も繰り返し報告されています。誤った信念を持つ人に正しい情報を提示すると、かえってその信念が強化されてしまうという、ちょっと厄介な現象です。

人間というのはどうやら、自分の認知のつじつまを合わせるためなら、現実のほうをねじ曲げてでも整合性を取りにいく生き物のようです。

私自身、医療現場でこの現象を何度も目にしてきました。だからこそ、相手の「無知」を責めても何も変わらないと痛感しています。

私が考える、人が「信じる」ときの三つの機能


ここから先は、公認心理師としての私なりの仮説です。

人が何かを強く「信じる」とき、その信念には三つの機能が同時に働いていると、私は捉えています。

一つ目は、認知の整理機能。

複雑すぎる世界に、わかりやすい筋道をつけてくれます。「悪はあそこにいる」「原因はあれだ」と決めてしまえば、混沌とした現実がスッと整理される。脳にとって、これはとても心地よい体験です。

二つ目は、感情の調節機能。

行き場のない不安や怒りや孤独に、向ける先を与えてくれます。原因不明の漠然とした不安より、特定の敵に向ける怒りのほうが、ずっと扱いやすい感情になります。

三つ目は、所属の確保機能。

「同じものを信じる仲間」という強い絆を生み出してくれます。マズローの欲求階層を持ち出すまでもなく、誰かとつながりたい・認められたいという欲求は、私たち人間の根源的なエネルギーですよね。

つまり、誰かが何かを強く信じているとき、それは単なる「情報」ではないのです。

混乱した世界を整え、扱いきれない感情を調え、孤独な日々に仲間をくれる――生きるための装置として機能している。

これを「単なる誤情報」だと思って訂正しようとすると、相手にとっては生活の支柱を引き抜こうとしているのと同じことになります。抵抗されて当然なんですよね。

ここに気づくと、デマを信じる人を「バカ」「リテラシーが低い」と切り捨てる気持ちが、自然と消えていきます。

SNSが特別に危険な、三つの心理的理由


ではなぜ、特にSNSという場が、これほど私たちを巻き込むのでしょうか。

私は心理学的に、三つの要素が重なっていると考えています。

一つ目は、間欠強化(intermittent reinforcement)です。

たまに「いいね」が大量につく、たまにバズる、たまに刺激的な投稿が流れてくる。この「たまに」というのが、行動心理学の研究では最も依存性の高い報酬パターンだと知られています。スロットマシンと同じ構造です。私たちは知らず知らずのうちに、SNSというスロットを延々と回し続けているんですね。

二つ目は、選択的接触の容易さです。

アルゴリズムが「あなたが反応しやすい情報」ばかりを流してくる。同じ意見の人ばかりが集まる空間ができあがり、自分の信念が一日中補強され続ける。心理学でいう「エコーチェンバー」が、いまや誰のスマホの中にも完成しています。

三つ目は、身体感覚の欠落。

これは医療従事者として特に強調しておきたいところです。SNS上の議論では、相手の顔色も、声のトーンも、ためらいや迷いといった非言語情報も、私たちはほとんど受け取っていません。

だから簡単に、相手を「絶対悪」として処理してしまえる。生身の人間と向き合っていたら、そう単純に敵認定はできないものなんですけどね。

この三つが重なると、人は驚くほど熱心に、しかも無自覚に、信念のループの中に閉じ込められていきます。

一冊の本が言語化してくれた視点


このテーマを考えていた折に、作家・批評家の物江潤さんの新刊『SNSと交換様式 しらけるという倫理にむけて』(春秋社)に関する記事を読みました。

物江さんは、SNSのデマの拡散を「交換」という哲学的な視点から読み解いていて、私が日々の医療現場で感じてきたモヤモヤをくっきりと言葉にしてもらえたような感覚がありました。

特に「信じる側もまた、人生の目的や仲間との連帯という大きなものを受け取っている」という指摘は、私の「三つの機能」の話とも重なる部分があります。

哲学者・柄谷行人氏の交換様式論を背景にした論考で、興味のある方はぜひ読んでみてください。

ただし、ここから先は私の臨床周辺の実感と、心理学にかかわっている者としての処方箋を綴っていきたいと思います。

私が日々実践している、SNSとの距離の取り方


ここからは、公認心理師として、そして一人のSNS利用者としての私が日常で実践している工夫を共有させてください。

完璧でも特別でもないですが、自分の心を守るためのささやかな技術です。

一つ目の習慣は「タイムラインを開く前の一呼吸」です。

スマホに手を伸ばすとき、頭の中で「今、自分は何を求めて開こうとしているのか」を確認する。情報収集なのか、暇つぶしなのか、刺激が欲しいのか、孤独を埋めたいのか。

これを言語化するだけで、無自覚に流される時間がぐっと減ります。たった3秒の習慣ですが、効果は驚くほど大きいです。

二つ目の習慣は「怒りが湧いた瞬間は、絶対に反応しない」です。

怒りは、SNSアルゴリズムが最も大好物にしている感情です。怒った瞬間にリポストや投稿をすると、結果的に誰かの広告収益に貢献しているだけ、ということが多い。

私は怒りを感じたら、いったんスマホを置いて、コップ一杯の水を飲むようにしています。たいていの怒りは、それで半分くらいに減ります。

三つ目の習慣は「週に一度、意図的に異なる意見を読みにいく」です。

自分のエコーチェンバーを自分で破る、能動的な作業です。普段なら絶対に開かないであろう論調の記事を、月に何本か読む。最初は気持ち悪いんですが、自分の認知の偏りに気づける貴重な時間になります。

「あ、私はこの話題で、こんなに偏った見方をしていたんだ」と気づけたとき、人は少しだけ謙虚になれるものです。

「住みにくい現実」を引き受ける、というささやかな勇気


最後にもう一つだけ、大切なことを。

SNSの外には、夏目漱石が『草枕』で書いたとおり「住みにくい人の世」が広がっています。

不器用な後輩、なかなか分かり合えない家族、こちらの正論が通じない上司。すれ違いと摩擦に満ちた、面倒くさい日常。

正直に言えば、私だって時々、現実の煩わしさから逃げ出したくなる夜があります。スマホの中の、価値観の合う仲間とだけ会話していたほうが、ずっと気持ちよく感じるときもある。

でも、その煩わしさのなかでこそ、本物の関係性は育っていきます。

『星の王子さま』で語られているように、かけがえのないものは、そこに費やした時間によってかけがえのないものになっていく。すれ違いや、誤解や、それでも一緒に過ごす時間の積み重ねが、本当の連帯を作っていく。

SNS上の即席のつながりが「悪」だと言いたいわけではありません。

ただ、その手軽さを優先するあまり、目の前にいる大切な人との時間を後回しにしてしまうのは、人生という限られた資源の使い方として、あまりに損だと思うのです。

終わりに


今日の記事で皆さんと共有したかったことを、最後に三つに整理しておきます。

一つ目は、人が誤った信念を抱き続けるのは、その信念が「認知を整え・感情を調え・所属を確保する」という生きるための装置として機能しているから、ということ。だから、ただ正しい情報を投げつけても、相手の心は動きません。

二つ目は、SNSは間欠強化・選択的接触・身体感覚の欠落という三つの心理メカニズムが重なる、極めて巻き込み力の強い空間だということ。あなたが引き込まれているのは、意志が弱いからではなく、設計があまりにも強力だからです。

三つ目は、一呼吸置く・怒りで動かない・異なる意見に触れる――この三つの小さな習慣を持つだけで、SNSとの関係はぐっと健やかになるということ。完璧を目指さなくていい。少しずつ、自分のペースで大丈夫です。

「住みにくい人の世」は、確かに面倒です。

でも、そこにかけ続けた時間こそが、誰にも奪われない財産になっていきます。

明日からのSNSとの付き合い方、ちょっとだけ見直してみませんか。 あなたの心と時間は、もっと大切にされていい場所にあるはずです。

そして、安心してください。あなたの中には、自分の時間と感情の使い道を選び直す力が、いつでもちゃんと備わっています。

ここまで読んでくださったあなたに、心からの感謝を。「おもしろかった」「役に立った」と感じていただけたら、そっとスキを押していただけると、とても励みになります。

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