プロパガンダは悪ではない、心理職の私が考え方を根本から変えた一冊:AI書評『Propaganda (The Basics) 』
SNSのタイムラインをぼんやり眺めていて、なんだか急に疲れた、と感じたことはありませんか。
私自身、心理職として情報と人の心の関係を見つめてきましたが、最近この「情報疲れ」のような感覚に向き合う場面が増えてきました。怒りや不安を煽る投稿、共感を誘うストーリー、絶え間なく流れてくるニュース。気づけば心がざわつき、何かに反応している自分がいる。
そんなとき、テキサスA&M大学のネイサン・クリック教授の一冊と出会いました。タイトルは『Propaganda: The Basics』。プロパガンダ、と聞くと身構えてしまうかもしれません。でも、この本が伝えているのは、まったく違う視点なんです。今日はその学びを、皆さんと分かち合えたらと思います。
日本語版が出ました!!
プロパガンダという言葉に、別の光を当ててみる
最初に少し驚いたのは、クリック教授がプロパガンダという言葉そのものを再定義しているところでした。
私たちがプロパガンダと聞いて思い浮かべるのは、戦時中のポスターや、独裁国家の演説、ネット上で飛び交うフェイクニュースかもしれません。「他人を騙すための悪い手段」。そんなイメージが、もう100年以上も染みついています。
ところが、教授はこう言うんです。プロパガンダを「悪意の道具」として遠ざけているうちに、私たちはそれを使う力を失ってしまったのだ、と。
そもそもこの言葉の語源は、1622年にローマ教皇グレゴリウス15世によって設立された「信仰普及聖省(Congregatio de propaganda fide)」にさかのぼります。本来は「広めるべき信念を伝播させる」という、もっと中立的な意味だったんですね。
ここで、考え方を一度ふらっと並べ替えてみる必要があります。
プロパガンダは「重力」のようなもの、として受け入れる
教授の主張のなかで、私が一番印象に残ったのはこの一節でした。
「プロパガンダから完全に隔離された無菌室のような社会は存在し得ない」
これは、心理職として情報と人の心の関係を見てきた私にとっても、深く頷ける言葉でした。情報があふれる世の中で、「自分は流されていない」と思っている人ほど、実はもっとも流されやすい。これは医療現場で家族関係や職場の悩みを聞くなかでも、よく感じることなんです。
たとえば、SNSで誰かの意見をシェアする。気の合う仲間とハッシュタグでつながる。こういった日常的なふるまいも、教授に言わせれば「プロパガンダの生産と消費」そのもの。私たちは知らず知らず、誰かの思想を広める担い手になっている。
これは怖い指摘でもあるんですが、同時にこう考えることもできます。であれば、その仕組みを学び、自分のために、社会のために活用することもできる、と。
プロパガンダは、重力に似ています。重力は私たちを地球に縛りつけますが、それを理解し、技術として使いこなせば、飛行機を飛ばすこともロケットを打ち上げることもできる。嫌うのではなく、仕組みを理解して扱う対象なんですね。
感情は、論理を簡単に飛び越えていく
本書の第6章は、心理学を学んだ者として特に響く章でした。タイトルは「情熱の喚起」。
人間が何かを判断するとき、私たちには大きく二つのルートがあるとされています。ひとつは、じっくり考えて検証する「中心ルート」。もうひとつは、感情や直感ですばやく決める「末梢ルート」。
プロパガンダは、まさにこの「末梢ルート」を狙い撃ちにする技術なんです。怒り、不安、共感、愛国心。こうした感情のスイッチを押されると、私たちは情報の真偽を確かめる前に、もう反応してしまう。
ここで強調しておきたいのは、これは決して「私たちが愚かだから」ではない、ということです。ヒトの脳はそういうふうにできているんです。
進化の過程で、危険を察知して瞬時に判断する力は、生き残るために必要でした。森のなかでガサッと音がしたら、まず逃げる。理屈で考えてから動いていたら、もう間に合わない。つまり、私たちのこの「反射的な感情判断」は、生存のために磨かれてきた優秀な機能なんですね。
ただ、この機能がデジタル空間ではしばしば狙われる対象になってしまう。タイムラインで流れてくる怒りを誘発する投稿、不安を煽る見出し、これらはすべて、末梢ルートを狙った設計です。
ここで大事なのは、自分を責めないことだと私は思います。「ああ、また感情で反応してしまった」と落ち込む必要はありません。むしろ、「これは私の脳の自然なはたらきだ」と知り、そのうえで一呼吸おく。これがある意味で、いちばん大切なリテラシーになるんじゃないかと感じています。
これからの私たちに必要な、能動的なやさしさ
本書のもっとも力強いメッセージは、最終章にあります。
「未来はプロパガンダのない世界ではない。それは、プロパガンダの技術を私たち全員が習得し、プロパガンダがもはや私たちを支配する力を持たなくなるような未来である」
この言葉を読んだとき、私はしばらく本を閉じて考え込みました。
これまでの民主主義は、「情報を疑い、検証する」という受動的な市民像を理想としてきました。でも、教授が描く未来の市民は違うんです。沈黙ではなく、自ら説得のメッセージを設計し、公の議論を活性化させる存在。
たとえば、気候変動の問題。たとえば、地域コミュニティの再建。たとえば、政治の透明化。こういった現代の切実な課題に向き合うには、ただ「ファクトを伝える」だけでは足りません。人々の感情を動かし、行動を促し、集団の力を組織化する技術が必要になる。それこそが、教授の言う「民主的なプロパガンダ」なのだと思います。
私はカウンセリングを業務としてはやっていませんが、医療現場で日々、情報と人の心が交差する場面を見てきました。「正しい情報を伝えれば人は変わる」というのは、半分本当で、半分嘘なんです。
人が動くのは、情報のなかに「自分の物語」を見いだしたとき。 これは臨床現場でも、家族や同僚との会話でも、変わらず感じてきたことです。
クリック教授の本は、そういう「人が動く仕組み」を冷静に、しかし希望をもって解き明かしてくれます。読み終えたとき、私のなかでプロパガンダという言葉に対する見方が、ずいぶんやわらかくなっていました。
終わりに
長くなってしまいましたが、今日お伝えしたかったことを整理させてください。
ひとつ目は、プロパガンダは「悪」ではなく、社会に組み込まれた重力のような技術であるということ。ふたつ目は、感情で反応してしまうのは私たちが愚かだからではなく、脳の自然なはたらきだから、自分を責めなくていいということ。そして三つ目は、これからの時代に必要なのは情報を疑うだけでなく、自分の言葉で公の議論を作っていく「能動的なやさしさ」だということです。
情報の海でへとへとになっている皆さんへ。あなたは決して、操作される一方の存在ではありません。仕組みを知れば、あなた自身が、誰かの背中をやさしく押す側に回ることができる。
プロパガンダという少しいかつい言葉に、別の光を当ててみると、私たちのSNSでの一投稿も、職場での一言も、もう少し意味のあるものに思えてきます。あなたは変化を起こせる存在です。それも、今日この瞬間から。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。
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