見出し画像

韓国8社・DAU100万人規制でわかった、フェイクニュースが心を壊す理由

最近、SNSで見た情報を、思わず誰かに伝えたくなったことはありませんか。「これ、本当なのかな」と少し引っかかりながらも、気づけば信じて拡散していた。そんな経験、私にもあります。医療の現場に身を置きながら、情報に振り回されて心をすり減らしていく人たちの姿を、日々のニュースの向こうに感じることが増えました。先日、韓国で虚偽情報に関する新しい法律が施行されたというニュースを目にしました。国が情報の真偽にどこまで踏み込むべきかをめぐって、大きな議論になっているようです。今日はこのニュースを入り口に、情報とどう付き合えば心が疲れずにいられるのか、公認心理師としての視点から、一緒に考えてみたいと思います。


韓国で、いったい何が始まったのか


2026年7月7日、韓国改正情報通信網法という法律が施行されました。対象になったのは、1日あたりの平均利用者数(DAU)が100万人を超えるプラットフォームです。今年の基準では、NAVER、カカオ、ネイト、ディシインサイド、グーグル、Meta、X(旧ツイッター)、TikTokの8社が指定されました。

この法律のポイントを、私なりに整理してみます。

まず、誰かが「これは虚偽・操作情報だ」と通報すると、プラットフォーム側は削除やアカウント停止といった対応を取り、通報した人にも投稿した人にも結果を知らせる義務を負います。異議があれば、プラットフォームに申し立てたり、第三者機関に紛争調整を求めたりすることもできます。

さらに、収益を得ながら情報発信を続けている人――具体的には、直近3か月で3件以上投稿して広告収入などを得ており、なおかつ購読者10万人以上か、月平均再生数10万回以上のいずれかに当てはまる人――が、故意に他人へ損害を与える目的で虚偽情報を流し、それが確定判決で認められた場合には、最大5倍の懲罰的賠償責任を負う可能性があります。同じような違反を2回以上繰り返せば、最高10億ウォンの過料が科されることもあるそうです。

一方で、風刺やパロディは明確に規制の対象外とされています。政治家への批判についても、公人側が賠償請求を濫用できないよう配慮する規定が置かれました。そして、カカオトークでの個人間のやり取りのような、限られた相手との私的な会話は対象になりませんが、誰でも入れるオープンチャットルームは対象になる、という線引きがされています。

こうして数字と条文を並べてみると、かなり緻密に設計された制度だということが伝わってきます。実際、この記事を書くために元記事を読み込みながら、私は何度も「なるほど、そこまで考えられているのか」と唸ってしまいました。

なぜ、これほど議論を呼んでいるのか


とはいえ、この法律をめぐる議論は、施行された今も収まっていません。野党は憲法訴願の準備を進めており、法律の撤回を求める国会への請願には14万人以上が賛同しているそうです。

一番の論点は、「誰が、虚偽情報かどうかを判断するのか」という部分にあるように、私には見えます。裁判所が最終的な判断を下す前に、プラットフォーム側が一次的に投稿を削除したりアカウントを止めたりできる仕組みになっているからです。これが行き過ぎると、確定判決を待たずに情報が消されてしまう、いわば「先回りの検閲」に近い状態を生みかねない、という懸念です。

しかも、プラットフォームが虚偽情報の判断を専門の「ファクトチェック団体」に委ねる場合、その認証を受けた団体は今のところ国内に1社しかないとのことです。仮にすべてのプラットフォームがその1社と提携すれば、非常に大きな影響力を一つの組織が持つことになります。政府側は「判断するのはあくまでプラットフォームであり、政府がファクトチェックの中身に関与することはない」と説明していますが、政府が支援する組織がファクトチェック団体を後押しする構図そのものに、不安を覚える人がいるのも理解できます。

私はここで、どちらが正しいと決めつけたいわけではありません。虚偽情報によって傷つく人を守りたいという目的そのものは、とても真っ当なものだと思います。同時に、「何が真実か」を誰かに委ねすぎることへの警戒心も、健全な感覚だと感じます。この両方の気持ちが同時に成り立つこと自体、私たちの心が、情報というものにいかに敏感に反応するかを表しているのではないでしょうか。

心理の視点から見えてくること


ここからは、公認心理師としての視点で、少し違う角度からこのニュースを眺めてみたいと思います。

私たちの心には、もともと「繰り返し目にした情報を、正しいと感じやすくなる」という性質が備わっています。心理学では、これを錯誤真実効果と呼びます。何度も同じ話を目にすると、内容の正しさとは関係なく、なんとなく「本当なのかもしれない」という感覚が積み重なっていくのです。加えて、不安や怒りを刺激する情報ほど強く印象に残りやすく、共有されやすいという傾向も知られています。SNSのアルゴリズムは、こうした人間の性質ととても相性がいいため、結果として虚偽情報が広まりやすい土壌ができあがってしまいます。

1938年、アメリカでオーソン・ウェルズが手がけたラジオドラマ「宇宙戦争」が、火星人の侵略を報じるニュース速報のような演出だったために、一部のリスナーを混乱させたという出来事は、メディアと心理の関係を語るときによく引き合いに出されます。当時どこまで実際にパニックが広がったかについては、後年の研究で誇張されていたとする指摘もありますが、「もっともらしい語り口」が人の心をどれほど揺さぶるかを考えるきっかけとして、今も語り継がれています。ラジオの時代からSNSの時代へと形を変えながら、私たちの心は今も同じような揺さぶられ方をしているのかもしれません。

ここで私が伝えたいのは、「虚偽情報に心を動かされるあなたは弱い」ということでは、決してありません。むしろ逆です。それは、情報社会に生きる人間なら誰にでも起こりうる、ごく自然な反応です。自分を責める必要はまったくありません。大切なのは、その仕組みを知ったうえで、少しだけ立ち止まる習慣を持つことだと、私は考えています。

情報との付き合い方は、食事とよく似ていると私は感じています。同じものばかり食べ続ければ栄養が偏るように、同じ意見ばかりに触れ続ければ、心の視野も偏っていきます。強い感情が動いたときほど、一度箸を置くように、シェアする前にひと呼吸おいてみる。情報の出どころを確かめてみる。反対の立場の意見にも、少しだけ耳を傾けてみる。そうした小さな習慣の積み重ねが、心の免疫力を少しずつ育ててくれるように思うのです。

もし、うっかり不確かな情報を信じて広めてしまったとしても、それは「情報の食生活」を整えていく途中の出来事にすぎません。がまんして情報を遮断する必要はなく、見極める力を育てていくチャレンジだと捉え直してみてください。法律がどう変わっていくとしても、自分の心を守る感覚だけは、私たち自身の手の中にあります。

おわりに


今日お伝えしたことを、あらためて整理します。

一つ目は、韓国で施行された改正情報通信網法が、DAU100万人以上の8社を対象に、通報対応や懲罰的賠償、過料といった仕組みを備えた、かなり緻密な制度だということ。二つ目は、その一方で「誰が虚偽情報を判断するのか」という一次判断の仕組みをめぐって、表現の自由との緊張関係が今も議論され続けているということ。三つ目は、私たちの心には、繰り返しや感情に反応しやすいという性質が備わっており、それは弱さではなく人間として自然な仕組みだということ。そして四つ目は、法律や制度がどう変わっても、情報とのあいだに少し距離を置く小さな習慣が、私たち自身の心を守ってくれるということです。

情報があふれる時代だからこそ、心の免疫力は、誰でも今日から育て始めることができます。あなたの心は、あなたが思っている以上に、変化していく力を持っています。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。

#虚偽情報 #フェイクニュース対策 #情報リテラシー #認知バイアス #メンタルヘルス


いいなと思ったら応援しよう!

AIでエビデンスを探る_公認心理師 よろしければ応援お願いします。いただいたチップは、執筆のための書籍購入や、AIのために使わせていただきます。