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マーシャル『経済学原理』第1編第1章【2/56】

マーシャル『経済学原理』の第1編「予備的概観」第1章「序論」をAI翻訳しました。誤訳や読みづらいところが残っているかもしれませんが、温かい目で読んでいただけたらうれしいです。

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この翻訳について

  • 目的:個人の学習・読書用の試訳です。学術的な厳密さまでは保証できません。

  • 方法:AIで下訳 → 自分で全体を見直し、一部の表現を修正しています。

  • 出典:原文はこちら

  • お願い:引用の際は出典の明記をお願いします(本文リンク・本記事URLなど)。


AIによる要約

第一章「序論」では、経済学の対象と意義が説明される。マーシャルによれば、経済学は富の研究であると同時に、人間の日常生活と性格形成を扱う学問である。仕事や所得のあり方は、人々の能力、家族生活、道徳的成長に深く関わり、とくに貧困は知的・精神的な発達を妨げる大きな悪とされる。近代には労働者階級の生活改善が進み、すべての人が教養ある生活の機会を得られるかという問いが現実的になった。章の後半では、近代産業社会を単に「競争」の時代と見るのは不十分だとされる。むしろその特徴は、自立、先見、自由な選択にもとづく「経済的自由」にある。競争には害もあるが、無条件に否定すべきではなく、人間性の現実をふまえ、自由企業の利益と弊害を公平に見極めることが経済学の課題なのである。


本文

政治経済学、すなわち経済学は、人々が日々の暮らしの中でどのように生きているかを研究する学問である。とくに、個人と社会の行動のうち、福祉に必要な物質的条件を手に入れ、それを用いることに深く関わる部分を考察する。

したがって経済学は、一方では富を研究する学問であり、他方では、より重要な意味で人間を研究する学問の一部である。宗教的理想を別にすれば、人間の性格を最も強く形づくってきたものは、日々の仕事と、その仕事によって得られる物質的資源であった。世界史を動かしてきた大きな力も、宗教と経済の二つである。軍事の精神や芸術の精神が、ある時期に強い力をもったことはある。だが宗教の影響と経済の影響は、どこでも第一級の地位を失ったことがなく、ほとんど常に、他のすべてを合わせたものより重要であった。宗教的な動機は、経済的な動機よりも強い。しかし、それが生活の広い範囲に直接働きかけることは少ない。人が生計を得るための仕事は、心が最もよく働く時間の大半を占めている。その時間の中で、人は仕事に能力をどう用いるか、仕事がどのような思考や感情を呼び起こすか、また仕事仲間や雇い主、雇われる人々とどのような関係を結ぶかによって、性格を形づくられていく。

所得の大きさも、多くの場合、それを得る方法に劣らないほど人の性格に影響する。年収が千ポンドか五千ポンドかという違いは、家庭生活の充実にそれほど大きな差をもたらさないかもしれない。だが、三十ポンドか百五十ポンドかという違いは大きい。百五十ポンドなら、充実した生活に必要な物質的条件があるが、三十ポンドではそれがないからである。たしかに貧しい人々も、宗教、家族愛、友情の中に、最高の幸福の源となる能力を働かせる場を見いだすことはできる。だが、とりわけ過密な場所での極度の貧困は、より高い能力を鈍らせてしまう。大都市で残余層と呼ばれる人々には、友情を育てる機会がほとんどない。品位ある生活も静けさも知らず、家族生活のまとまりさえほとんど知らない。宗教もしばしば彼らには届かない。もちろん、彼らの身体的、精神的、道徳的な不健康には、貧困以外の原因もある。だが、その主な原因は貧困である。

残余層に限った話ではない。都市にも農村にも、食べ物、衣服、住まいが足りないまま育つ人々が非常に多い。彼らは賃金を得るために幼いうちから働きに出され、教育も途中で終わってしまう。その後も、栄養の足りない身体で長く消耗の激しい労働を続けるため、高い知的能力を伸ばす機会を得にくい。もちろん、彼らの生活が必ず不健康で不幸だというわけではない。神や人への愛情に喜びを見いだし、生まれつき細やかな感情をもち、物質的には豊かな多くの人々よりも、むしろ欠けるところの少ない生活を送ることもある。それでも貧困は、彼らにとって大きく、ほとんど混じりけのない悪である。健康なときでさえ、疲労はしばしば苦痛に近く、楽しみは少ない。病気になれば、貧困の苦しみはいっそう重くなる。満足する心があれば、そうした悪にもかなり耐えられるかもしれない。だが、耐えるべきではない悪もある。働きすぎ、学びが足りず、疲れ果て、心配に追われ、静けさも余暇もない生活の中では、彼らは自分の知的能力を十分に生かすことができない。

したがって、貧困に伴う悪のすべてが、貧困から必然的に生じるわけではない。しかし大きく見れば、「貧しい者を滅ぼすものはその貧困である」。貧困の原因を研究することは、人類の大きな部分を低い状態に押しとどめる原因を研究することにほかならない。

奴隷制は、アリストテレスには自然の定めと見えていた。古い時代には、おそらく奴隷自身もそう考えていた。人間の尊厳はキリスト教によって宣言され、この百年のあいだに、ますます強く主張されるようになった。だが、その言葉の十分な意味を私たちが感じ始めたのは、ごく近い時代に教育が広まってからである。今ようやく私たちは、いわゆる「下層階級」が本当に必要なのかを、真剣に問うようになっている。すなわち、洗練され教養ある生活に必要なものを他人に供給するために、生まれたときから重労働を背負わされ、自分自身は貧困と労苦のためにその生活へ少しも加われない人々が、大勢いなければならないのか、という問いである。

貧困と無知は少しずつ取り除ける。この希望を大きく支えているのは、十九世紀を通じて労働者階級が着実に前進してきた事実である。蒸気機関は、体をすり減らし、人の品位を傷つけるような労働から、彼らをかなり解放した。賃金は上がり、教育もよくなり、より広く行き渡った。鉄道と印刷機によって、同じ職業に就く人々は、離れた地域にいても連絡を取りやすくなり、広い見通しに立った方針を考え、それを実行できるようになった。知的な仕事への需要も増えたため、職人階級は急速に増え、いまではまったく熟練をもたない労働者を数で上回っている。職人の多くは、もはや本来の意味での「下層階級」ではない。その中には、百年前の上層階級の大多数よりも洗練され、気高い生活を送る人々もすでに現れている。

こうした進歩は、一つの問いを現実の問題として私たちの前に置くようになった。すべての人が、貧困の苦しみや、過度に機械的な労働がもたらす停滞から逃れ、教養ある生活を送る公平な機会をもって世に出ることは、本当に不可能なのか。この問いは、時代が真剣さを増すにつれて、いっそう前面に押し出されている。

この問いに、経済科学だけで完全に答えることはできない。答えは、人間性がもつ道徳的、政治的な力にも左右されるが、その点について経済学者が特別な情報を得る手段をもっているわけではない。経済学者も、ほかの人々と同じように、できる限り推測するしかない。とはいえ、答えの大きな部分は、経済学の領域に属する事実と推論にかかっている。だからこそ、経済研究には、主要で最高の関心が向けられるのである。

人類の福祉にこれほど深く関わる問題を扱う科学なら、どの時代にも多くのすぐれた思想家を引きつけ、今ごろはかなり成熟していてもよさそうである。ところが実際には、取り組むべき問題の難しさに比べて、科学として経済学を研究する人の数はいつも少なかった。そのため、この学問はいまなお、ほとんど幼年期にある。理由の一つは、経済学が人間のより高い福祉とどう結びつくのかが、十分に見られてこなかったことにある。富を研究する学問というだけで、多くの研究者は最初から距離を置きがちである。知識の領域を大きく広げるような人々は、富をそれ自体として所有することには、あまり強い関心をもたないからである。

しかし、もっと重要な理由は、現代の経済学が対象とする産業生活の条件や、生産、分配、消費の方法の多くが、ごく最近になって生まれたものだという点にある。もちろん、実質の変化は、外に現れた形の変化ほど大きくない場合もある。現代の経済理論の多くは、見かけから受ける印象以上に、発展の遅れた民族の生活条件にも当てはまる。だが、さまざまに異なる形の底にある実質上の共通性を見いだすのは容易ではない。形が変わってしまうために、どの時代の著述家も、先人の仕事から本来得られたはずの利益を十分に受け取りにくかったのである。

現代生活の経済条件は複雑である。しかし多くの点で、以前よりもはっきりしている。事業活動は他の関心事から明確に区別され、個人が他人や共同体に対してもつ権利も、より明確に定められている。とりわけ、慣習からの解放、自由な活動、絶えざる先見、休みない企業心の発達によって、物や労働の相対的な価値を左右する原因は、以前より精密に、しかも目に見えやすい形で現れるようになった。

現代の産業生活は、昔より競争的になったとよく言われる。しかし、それだけでは十分な説明にならない。競争とは厳密にいえば、何かを売ったり買ったりするときに、人と人とが互いに競り合うことである。こうした競り合いが、以前より激しくなり、社会のすみずみにまで広がっていることは疑いない。とはいえ、それは現代の産業生活を形づくる根本的な性質から生まれた副次的な結果であり、ほとんど偶然に伴って現れたものといってよい。

その根本的な性質を、ひとつの言葉で十分に言い表すことはできない。それは、ある種の独立性であり、自分で進む道を選ぶ習慣であり、自立心である。また、よく考えながらも素早く選び、判断する力でもあり、将来を見通して、遠い目的に合わせて自分の進路を定める習慣でもある。こうした性質は、人々を競争へ向かわせることがあり、実際にしばしばそうしてきた。けれども同時に、それは善いものも悪いものも含めて、協同や結合へ人々を向かわせることもある。そして現に、いまはその方向へ進みつつある。ただし、共同所有や共同行動へ向かうこの傾向は、昔のものとはまったく性格が違う。慣習から生じたものでも、隣人との結びつきに受け身で流れ込んだものでもないからである。利己的であれ利他的であれ、自分の目的を達するために最もふさわしいと慎重に考えた行動を、各個人が自由に選んだ結果なのである。

「競争」という語には、悪い響きがつきまとっている。そこには、利己心や、他人の福祉に対する無関心まで含まれているように受け取られがちである。たしかに、初期の産業形態には、現代ほど意識的な利己心は少なかった。しかし同時に、意識的な利他心も少なかった。現代を特徴づけているのは、利己心そのものではない。むしろ、意識して選び取るという点なのである。

原始社会の慣習では、家族とみなす範囲が広く、その外側にいる隣人に対しても、後の文明社会では薄れていくような義務が課される。ところが同時に、見知らぬ人には敵対的であることを求める。これに対して現代社会では、家族に親切であるべき範囲は狭くなるが、その義務はかえって強くなる。隣人は、見知らぬ人に近い位置に置かれるようになる。隣人や見知らぬ人とのふつうの取引で求められる公正さや誠実さは、原始的な人々が隣人との一部の取引で示す基準よりは低い。だが、彼らが見知らぬ人と取引するときの基準よりは、はるかに高い。つまり、弱まったのは近隣どうしの結びつきであって、家族の結びつきではない。家族の結びつきは多くの点で以前より強まり、家族愛は昔よりはるかに多くの自己犠牲と献身を生んでいる。また、見知らぬ人への共感も、現代以前にはなかった意識的な利他心の源として育っている。現代的な競争が生まれた国は、どの国よりも所得の大きな部分を慈善にあて、西インド諸島の奴隷を自由にするために二千万ポンドを支払った。

どの時代にも、詩人や社会改革者は、昔の英雄たちの徳を魅力的に語り、同時代の人々により高い生き方を促してきた。だが、歴史の記録を注意深く調べても、また後進的な民族を同時代に観察しても、人間が全体として昔より冷酷で厳しくなったという見方は裏づけられない。慣習や法律が自由な選択を認めている場合に、昔の人のほうが自分の幸福を他人のために進んで犠牲にした、という見方も成り立たない。知的能力が他の方面にはあまり発達せず、現代の実業家のような創意ももたない民族の中にも、市場では隣人に対してさえ厳しい取引をする、悪い意味で抜け目のない人々は多い。不幸な人々の窮状につけ込む点で、東洋の穀物商人や金貸しほど無節操な商人はいない。

たしかに、現代は商取引の不正に新しい機会を与えた。知識の進歩は、物を実際とは違って見せる新しい方法を生み、さまざまな混ぜ物を可能にした。しかも今日では、生産者は最終消費者から遠く離れている。そのため不正をしても、生まれた村で一生を送る人が隣人をだました場合のように、すぐに厳しく罰せられるわけではない。不正の機会が昔より多いことは確かである。だが、人々がその機会を昔より高い割合で利用していると考える理由はない。むしろ現代の取引の仕組みは、一方で信頼する習慣を、他方で不正の誘惑に耐える力を前提としている。そうしたものは、後進的な人々の間には見られにくい。素朴な正直さや個人的な忠実さは、どの社会にもある。だが、後進国で現代型の事業を築こうとした人々は、信頼を要する職務を現地の人々に任せることがほとんどできないと知っている。高い技能や知性を要する仕事よりも、強い道徳的性格を要する仕事のほうが、外国からの助力なしには成り立ちにくい。中世には、当時としても発覚を免れるのが難しかったことを考えると驚くほど、商取引での混ぜ物と詐欺が広く行われていた。

貨幣の力が目立つ文明の時代になると、詩人たちはしばしば、金という物質の重みがまだ人々を圧迫していなかった昔を、真の黄金時代として描いてきた。その牧歌的な描写は美しく、人々の高い想像や決意を呼び起こしてきた。しかし、そこに歴史的な真実が多く含まれているわけではない。自然の恵みが単純な欲求を十分に満たしてくれる小さな共同体では、物質的な必要に悩まされることが少なく、卑しい野心に誘われにくい場合もたしかにあった。とはいえ、今日なお残る原始的な条件のもとで、密集して暮らす人々の内面にまで立ち入って見れば、遠くから眺める以上に多くの欠乏、狭さ、厳しさがある。苦痛が少なく、安楽が広く行き渡っているという点で、今日の西洋世界にまさる例は見いだしにくい。だから、現代文明を作ってきた力に、悪を思わせる名を与えるべきではない。

「競争」という語にそのような悪い響きがつくのは、おそらく筋の通ったことではない。だが実際には、そう受け取られている。競争が非難されるとき、人々は反社会的な形の競争ばかりを見がちである。活力と自発性を保つために必要で、これを止めればかえって社会の福祉を損ないかねない競争があるかどうかは、ほとんど問われない。商人や生産者は、競争相手が十分な利潤を得られないほど低い価格で商品を出すと、その参入に腹を立て、不当だと訴える。たとえ安い商品を買う人々のほうが切実な必要を抱えており、その競争相手の活力と才覚が社会に利益をもたらす場合でも、そうなのである。多くの場合、「競争の規制」という言葉は誤解を招く。実際には、生産者の特権的な階級が作られることを覆い隠しているからである。彼らは結合した力を使い、自分たちより低い階級から有能な人が上がってこようとする試みを妨げる。反社会的な競争を抑えるという名目で、その人が新しい仕事を切り開く自由を奪うのである。その人が商品の消費者に与える利益は、競争に反対する比較的小さな集団に与える損害を上回るはずなのにである。

競争を、公共の利益のために行われる利他的で力強い協同と比べるなら、最良の競争でさえ相対的には悪である。まして、その厳しく卑しい形は憎むべきものである。すべての人が完全に有徳な世界なら、競争は場違いであろう。しかしその世界では、私有財産も、あらゆる私的権利も同じように場違いである。人々は義務だけを考え、隣人より多くの快適さやぜいたくを得たいとは望まない。力のある生産者は多少の困難に容易に耐えられるので、弱い隣人が自分より少なく生産しながら多く消費することを望むだろう。そしてその考えに満足し、自分の力、発明力、自発性のすべてを公共の利益のために用いるだろう。そうなれば人類は、自然とのあらゆる戦いに勝つ。これこそ詩人や夢想家が思い描く黄金時代である。だが、責任をもって物事を進める場では、人間性になお残る不完全さを無視することは、愚かであるだけでなく有害である。

一般の歴史、とくに社会主義的な試みの歴史が示しているのは、普通の人々が、純粋で理想的な利他心を長く保つことはめったにないということである。例外は、小さな宗教的熱狂者の集団が強い情熱に動かされ、物質的な利益など高い信仰の前では取るに足りないと考える場合に限られる。

もちろん人間には、今実際にしているよりもはるかに多く、他人のために尽くす力がある。経済学者にとって最も大きな課題は、このまだ十分に生かされていない社会的な力を、どうすれば最も速く育て、最も賢く用いることができるかを見いだすことにある。とはいえ、経済学者は、競争一般を吟味せずに非難してはならない。人間性が現在のようなものである以上、競争を抑えることが競争そのものよりも反社会的に働かないと確かめられるまでは、競争の個々の現れについて中立でいるべきである。

その意味で、「競争」という言葉は、現代の産業生活の特徴を表すにはあまりふさわしくない。ここで必要なのは、善悪どちらの道徳的評価も含まず、現代の商業と産業が、より自立した習慣、より深い先見、より意識的で自由な選択によって特色づけられているという、争いにくい事実を示す言葉である。この目的に十分かなう言葉はない。だが「産業と企業の自由」、短く言えば「経済的自由」は、少なくとも正しい方向を指しており、よりよい言葉がない限り用いてよい。もちろん、この意識的で自由な選択は、協同や結合こそ目的に至る最善の道だと見える場合には、個人の自由からある程度離れる方向にも進みうる。そうした意識的な結社が、それを生み出した自由をどこまで損なうのか、また公共の福祉にどこまで役立つのかは、本巻で扱う範囲を超えている。

以前の版では、この序論の後に、二つの短い概説を置いていた。一つは自由企業、さらに広く言えば経済的自由の発展を扱い、もう一つは経済学という科学の発展を扱っていた。どれほど簡潔にまとめても、それらは体系的な歴史ではない。目的はただ、経済の仕組みと経済思想が現在の姿に至るまでの道筋に、いくつかの目印を置くことにあった。現在は、それらを本巻末の付録Aと付録Bに移している。その理由の一つは、経済学の対象にある程度なじんでから読むほうが、全体の意味をよく理解できるからである。もう一つは、それらを最初に書いてから二十年の間に、経済学と社会科学が教養教育の中で占めるべき位置について、世論が大きく進んだからである。現代の経済問題は、近年の技術的、社会的変化から多くの材料を得ている。また、その形と切迫性は、民衆が実効ある経済的自由をもっていることを前提としている。こうした点を、以前ほど強く説く必要はなくなった。

古代ギリシア人やローマ人の多くは、家内の奴隷と穏やかで人道的な関係をもっていた。だがアッティカでさえ、住民の大多数の身体的、道徳的な福祉は、市民の主要な目的とは見なされていなかった。生活の理想は高かったが、その理想が関わるのは少数の人々に限られていた。現代ではきわめて複雑な価値の理論も、当時なら単純な構図で組み立てられただろう。その構図は、今日に置き換えれば、ほとんどすべての手仕事が自動機械に代わり、その機械が一定の蒸気力と材料だけを必要とし、充実した市民生活の要求とは無関係である場合にしか考えにくい。現代経済学の多くは、中世の都市で先取りされていたかもしれない。そこでは、知的で大胆な精神が、忍耐強い勤勉と初めて結びついたからである。だが、それらの都市は、平穏のうちに自分たちの道を進むことを許されなかった。世界は、国民全体が経済的自由の試練に耐えられるようになるまで、新しい経済時代の夜明けを待たなければならなかった。

とりわけイングランドは、この課題に向けて徐々に準備されていった。だが十八世紀末に近づくと、それまで緩やかだった変化は、突然、急速で激しいものになった。機械の発明、産業の集中、遠隔市場に向けた大規模製造は、古い産業の伝統を崩した。その結果、誰もができる限り自力で取引しなければならなくなった。同時に、それらは人口増加を刺激した。しかし、その人々のためには、工場や作業場に立つ場所のほか、何の備えもなかった。こうして自由競争、より正確には産業と企業の自由は、巨大で訓練されていない怪物のように、気まぐれな道へ解き放たれた。有能ではあるが教養に乏しい実業家は、新しい力を濫用し、いたるところに害をもたらした。母親をその務めに適さなくし、子どもを過重労働と病気で押しつぶし、多くの場所で国民の資質を低下させた。その一方で、善意から出た救貧法の無分別は、製造業の規律がもつ冷酷な無分別以上に、イングランド人の道徳的、身体的活力を弱めた。民衆から新しい秩序に適応する資質を奪い、自由企業の到来がもたらした害を増やし、益を減らしたからである。

それでも、経済学者が自由企業を最も惜しみなく称賛したのは、まさに自由企業が不自然なほど厳しい姿を見せていた時期だった。その理由の一つは、自由企業が取り払ったもの、すなわち慣習と硬直した命令による束縛が、どれほど残酷なものだったかを彼らがよく知っていたからである。この点は、私たちの世代にはかなり忘れられている。もう一つの理由は、当時のイングランド人が、政治においても社会においても、安全を失うのでない限り、自由はどれほど大きな犠牲を払っても得る価値があると考えがちだったことにある。さらに、自由企業が国民に与えた生産力は、ナポレオンに有効に抵抗するためのほとんど唯一の手段でもあった。したがって経済学者は、自由企業をまじりけのない善と見たのではない。彼らはそれを、当時実行できた規制よりは害の小さいものとして扱ったのである。

リカードとその後継者は、自由企業の働き、彼らの言葉でいえば自由競争の働きについて、理論を発展させた。この考え方の流れは、主に中世の商人によって開かれ、十八世紀後半のフランスとイングランドの哲学者たちに引き継がれたものである。そこには、世界が続く限り重要であり続けると思われる多くの真理が含まれていた。彼らの仕事は、扱った範囲こそ狭かったが、その範囲の中では驚くほど完成されていた。ただし、その最も優れた部分の多くは、地代と穀物価値をめぐる問題に関わっていた。当時は、その解決にイングランドの運命がかかっているように見えたのである。しかしリカードが与えた特定の形のままでは、その多くは現在の状況に直接結びつくものではなくなっている。

彼らの仕事の残りの多くについても、当時のイングランドに特有の状態を強く見すぎたために、視野が狭くなっていた。この狭さが、のちの反動を招いた。今では、経験も余裕も物質的資源も増えたため、自由企業をある程度まで制御し、その害を減らし、利益を増やすことができるようになっている。その一方で、多くの経済学者の間には、自由企業そのものへの反感のようなものも育っている。中には、自由企業の害を実際以上に大きく見積もる人々もいる。さらに、過去の専制や抑圧から生じた無知や苦しみ、あるいは経済的自由を誤解し、誤って用いたことから生じた無知や苦しみまでも、自由企業の責任にしてしまう人々さえいる。

この二つの極端の間には、多くの経済学者がいる。彼らは国を異にしながらも、それぞれ並行して研究を進めている。共通しているのは、偏りなく真理を見極めたいという願いであり、価値ある科学的成果にたどり着くために必要な、長く骨の折れる作業をやり抜こうとする意志である。ただし、心の働き、気質、受けてきた訓練、与えられた機会は人によって違う。そのため、仕事の進め方も、問題のどの部分に主な注意を向けるかも異なってくる。経済学者はだれも、多かれ少なかれ、過去と現在に関する事実や統計を集め、それを整理しなければならない。また、集めた事実をもとに、分析し、推論する仕事にも取り組まなければならない。とはいえ、ある人は事実や統計の収集と整理により強く引かれ、別の人は分析と推論により強く引かれる。この分業は対立を意味しない。むしろ、同じ目的に向かう仕事が、それぞれの適性に応じて分かれているのである。彼らの仕事はいずれも、人がどのような方法で、どのような性質の生計を得ているかが、人間生活の質と調子にどのような影響を及ぼすのかを理解するための知識に、何らかの貢献をしている。

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