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J.S.ミル『経済学原理』第3巻第2章【33/75】

J.S.ミル『経済学原理』の第3巻第2章「価値との関係における需要と供給」をAI翻訳しました。誤訳や読みづらいところが残っているかもしれませんが、温かい目で読んでいただけたらうれしいです。

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この翻訳について

  • 目的:個人の学習・読書用の試訳です。学術的な厳密さまでは保証できません。

  • 方法:AIで下訳 → 自分で全体を見直し、一部の表現を修正しています。

  • 出典:原文はこちら

  • お願い:引用の際は出典の明記をお願いします(本文リンク・本記事URLなど)。

AIによる要約

交換価値が成立する条件(効用と入手困難)

  • 【主張】交換価値は「役に立つこと(効用)」と「無償では得られないこと(入手の手間・困難)」の両方がそろって初めて成立する。
    • 【根拠・内容1】有用でも容易に自由に入手できる限り、人は対価(財や労力)を差し出さない。
    • 【根拠・内容2】一見「無償」に見える採取でも、反復すれば労働となり、結局は入手困難(手間)が価値条件になる。

価格を動かす主因(通常は入手困難、例外的に効用)

  • 【主張】価格は多くの場合「入手の難しさ(供給側の制約)」で決まり、効用は上限として働くが、状況次第で効用が前面に出る。
    • 【根拠・内容1】通常の市場では生産・供給の容易さが価格を規定し、効用は「買うかどうか」を左右するにとどまりやすい。
    • 【根拠・内容2】入手が事実上不可能に近い局面(最後の機会など)では、買い手の効用評価が価格を押し上げ、独占に近い状態が生じうる。
    • 【根拠・内容3】それでも効用だけではなく、効用が上限として働くためにも「何らかの入手困難」が前提になる。

入手困難の3類型(希少財・再生産財・収穫逓減型)

  • 【主張】価値を左右する「入手困難」には、(1)絶対的希少、(2)費用さえかければ無制限に増やせる財、(3)増産ほど費用が上がる財、の三類型がある。
    • 【根拠・内容1】(1)は供給量が物理的に増やせず、特産ワイン、骨董・美術、好立地の土地・住宅などが該当する。
    • 【根拠・内容2】(2)は労働と費用が主制約で、意思と資源があれば増産に定まった上限がない(多くの工業製品など)。
    • 【根拠・内容3】(3)は増産できても同じ追加費用で同じ割合増えず、農産物・一次産品に典型で、地代の発生や人口上限問題につながる。

需要・供給の捉え方(「比率」ではなく均衡への調整)

  • 【主張】価値は「有効需要(購買力を伴う需要量)」と供給量が一致するよう価格が調整される結果として決まる。
    • 【根拠・内容1】需要は単なる欲望ではなく、購入力を伴う「有効需要」として定義されるべきである。
    • 【根拠・内容2】需要は「需要量」として扱う必要があり、その需要量は価格に応じて増減する(安ければ多く求められる)。
    • 【根拠・内容3】需給がずれると競争で価格が動き、余分な需要が減る/追加供給が出るなどを通じて一致へ向かう(数学的には「方程式」の関係)。
    • 【根拠・内容4】不足や余剰に対する価格変動の大きさは財の性質次第で、必需品は不足時に急騰しやすく、食料は豊作余剰を値下げだけで吸収しにくいため保管・投機が調整要因になる。

独占・短期の供給硬直・耐久財(需給法則の適用範囲)

  • 【主張】独占価格や短期の供給制約、耐久財の供給過剰局面でも、結局は需給条件(供給制限と需要の反応)が価格を決める。
    • 【根拠・内容1】独占者が高値を実現できるのは、需要が崩れない範囲で供給を制限できる場合に限られ、供給量の判断が収入最大化を左右する。
    • 【根拠・内容2】多くの財は一時的に増産できない期間があり(農産物の収穫期まで等)、その間は希少財に近い法則で価格が動く。
    • 【根拠・内容3】金属・住宅など耐久財は短期に供給を減らしにくく、需要後退や供給過剰があると価値が長く低迷し、生産停止と摩耗による漸減を通じて徐々に回復する。
    • 【根拠・内容4】労働のように価値が需給以外に依存しないものもあり、国際価値などの難問でも重要になるが、恒常的価値の法則は次章で扱う。

本文

ある物が交換価値をもつための条件は二つある。第一に、その物が何らかの用途をもち、目的に役立って欲求を満たすことであり、役に立たない物のために自分の財や労力を差し出す人はいない。第二に、ただ有用なだけでは足りず、入手には一定の手間や困難が伴わなければならない。ド・クインシーは、交換価値と呼ばれる人為的な価値が生じるには、それが望ましい目的の手段であることが前提となり、無償で、しかも努力せずに手に入るかぎり交換価値は生まれないので、この二つの条件はいずれも欠かせない制約だと述べている。望ましい物が無償で得られ、少しかがめば足もとから拾えることもあるが、その動作を繰り返せば労働になり、結局、自分で集める行為は実質的に無償ではなくなる。たとえばカナダの広大な森林では、野いちごを船積み一杯分ほど無償で摘み取れることがある一方、かがみ続ける疲労と単調な作業の負担が重く、やがて人々は賃金を払って他人に任せたくなる。

前章で述べたとおり、買い手がその品に見いだす効用Uは交換価値の上限であり、価値がそれを超えて上がることはなく、価格がそこまで押し上げられるには特別な事情が必要である。この点を示す例として、ある論者は、通常の取引では多くの場合、一〇〇件中九九件まで価格を決めるのはD、すなわち入手の難しさであり、U、つまり本来の効用は価格決定にはほとんど関与しない、と説明する。たとえば、ほとんどどの店でもよいから入って最初に目にした品を買うとき、その品があなたにとって一〇ギニーの価値があり、失うくらいなら一〇ギニー払ってもよいと思っていても、生産や供給の難しさが一ギニー分にとどまるなら価格は一ギニーに落ち着き、Uは存在していても買うかどうかに影響するだけで、価格そのものは動かしにくい。ところが一〇〇件目として事情が逆転する状況を考えると、あなたが蒸気船でスペリオル湖を進み、文明から八〇〇マイル先の地へ向かい、今後一〇年は大小いかなるぜいたく品も買えないと分かっているところへ、日没前に別れる同乗者が強い音色を奏でる嗅ぎたばこのオルゴール箱を持っており、それが自分の感情を動かし心の動揺を鎮めると経験から知っているあなたは、ロンドンを発つとき買いそびれたいま、それが最後の機会だと思ってどうしても買いたくなる。持ち主もあなた同様に事情を知っていれば、Dを値下げの理由としては取り合わず、あなたにとってのUを最大限に引き出して価格をつり上げ、その結果、ロンドンやパリなら一つ六ギニーでいくらでも買えた同種の箱でも、いま買わねば永遠に失うと思い込む状況では、あなたは六〇ギニーを払うことになる。ここでも働く要素は一つだけで、先ほどはD、今回はUであるが、先ほどもDが存在しなかったのではなく作用していなかっただけであり、Dが価格への直接の作用から退いた分だけUが前面に出るにすぎない。さらに、価格がUの水準まで引き上げられるのを受け入れる前提として、入手が事実上不可能になるという極端なDをあなたが具体的に考えているため、交換価値の成立にはUとDの共存が必要であり、特定のDが後退する一方で、思考の中では無限のDが代わって立ち上がり、Dが価格への作用から退いて生じた空白にUが最高段階まで流れ込む、というのがその説明である。

価値が買い手の必要や欲求だけで決まるこの場合は、厳密には完全独占といえる。欲しい品がただ一人の供給者からしか手に入らない以上、その供給者は、買い手が一人もいなくなるような水準を超えないかぎり、どのような対価でも求めることができる。しかし、独占が完全であっても、価値が必ずその限界まで引き上げられるとはかぎらない。この点は、価値の法則を、もう一つの要素である入手の難しさに依存する側面から考えれば、明らかになる。

価値を左右する入手の困難さは、いつも同じ種類の困難とは限らない。とくに典型的なのは、供給量そのものが絶対的に制限され、どうしても増やせない場合である。一定の限度を超えて数量を増やせない品は、物理的な制約によって希少性が生まれる。たとえば、特殊な土壌や気候、日照などの条件がそろう場所でしか生産できず、増産に限界があるワインがその代表例である。古代の彫刻や巨匠の絵画、希少な書籍や硬貨など、骨董品として関心を集める品々も同じ性格を持つ。さらに、ヴェネチアのように都市の範囲が定まっている地域(あるいは、防備のために城壁などの要塞が安全に必要な都市)における住宅や建築用地、どの都市でもとくに望ましい立地、自然の景観に恵まれていて、その利点が得がたい地域の住宅や公園も、この類型に含まれる。土地は本来すべてこうした財になり得るものであり、国土が隅々まで利用され、耕作も行き届いた国では、実際にその性格を帯び得る。

しかし、もう一つの区分がある。市場で売買される品目の大半を占めるこの区分では、入手を妨げる要因は、その商品を作るために必要な労働と費用にほぼ限られる。一定の労働と費用をかけなければ手に入らないのは確かだが、それを負担する意思がある限り、生産量に定まった上限はない。労働者と機械を十分に確保できれば、綿布、毛織物、麻布は、現在の生産量からさらに数千ヤード単位で増産することもできる。もちろん、増産を続ければ、やがて地球がこれ以上の原料を供給できなくなり、どこかで増加は止まるだろうが、政治経済学の目的にとっては、その理想的な限界が現実の制約となる時期を想定する必要はない。

先の二つの事例の中間に位置する、より複雑な第三の事例がある。ここでは概要にとどめるが、政治経済学における重要性はきわめて大きい。労働と支出を増やせば生産量を際限なく増やせるが、一定量の労働と支出を追加しても、生産がつねに一定の割合で増えるとはかぎらない商品がある。一定の費用で生産できる量には限りがあり、さらに多くを得ようとすれば、より高い費用で生産しなければならない。これに当たるのが農産物であり、広くいえば土地から得られる一次産品全般である。この性質は重大な結果をもたらし、代表的なものとして、人口に上限が必要となることと、地代の支払いが生じることが挙げられる。

以上が三つの区分であり、売買されるすべての物はそのいずれかに属さねばならない。以下、この順に従って考察を進める。まず、数量が絶対的に限られている物、例えば古代の彫刻や絵画などを取り上げる。

一般に、こうしたものの価値は希少性によって決まると言われるが、その言い方では、こちらの目的にとって十分に明確とは言えない。より厳密には、価値は需要と供給の関係で決まると言う人もいる。しかし、この言い方もなお、ある物の価値と、その価値を生じさせる原因との関係を明確に示すには、多くの補足説明を必要とする。

「供給」とはわかりやすい表現であり、ある商品について、ある時点と場所において売りに出され、購入を望む者が実際に入手できる数量を意味する。では「需要」とは何を指すのか。それは単にその商品が欲しいという気持ちではない。たとえば物乞いがダイヤモンドをどれほど欲しがっても、購入する力がなければその欲求は価格に影響しない。このため論者たちは、需要をより限定された意味で用い、「手に入れたいという意思」に「購入する力」が結びついたものとして定義してきた。単なる欲望と同義の需要と区別するため、この技術的な意味での需要は「有効需要」と呼ばれ、この説明ののちにはもはや特段の困難は残らず、価値はこのように定義された有効需要と供給の比率によって決まるとされている。

しかし、このような言い回しでは、概念をはっきりさせ、表現の正確さを重視する人を納得させることはできない。単位の異なるもの同士を比率で語るのは適切ではなく、どうしても混乱が生じる。数量と欲求、さらには購買力を伴った欲求のあいだに、そもそも比率が成り立つのか。需要と供給の比率が理解できるのは、需要を「需要量」、つまり「求められる数量」として捉え、その比率を「需要量」と「供給量」の比として示す場合に限られる。ところが需要量は、同じ時刻、同じ場所であっても一定ではなく、価値に応じて変動する。一般にそれが安ければ、高いときより多く求められるため、したがって需要は価値に一部左右される。他方で、価値は需要に依存すると述べてきた。この矛盾からどう抜け出すべきか。互いに依存し合う二つのものという逆説を、どう解けばよいのか。

これらの難点は、解決がかなり明白であるにもかかわらず、難点そのものは空想ではない。あえて目立つかたちで取り上げるのは、この主題を探究する者で、それらに正面から向き合って明確に認識していない者はみな、気づかないうちにこの難点にとらわれ、思考や判断が曇ってしまうと確信しているからである。真の解決はこれまでも繰り返し示されてきたに違いないが、私以前にそれを示した者として思い当たるのは、きわめて明晰な思考家であり、説明も巧みなJ・B・セーを除けばいない。しかし、数人の著作がこの点について明晰さを欠いていることを示しておらず、またド・クインシー氏の例が、それをまったく認めず暗に否定していたことが、優れた知的機転と対象への深い理解と両立しうることを証していなかったなら、この解決は政治経済学者の間ですでに周知となり、常識として共有されているはずだと想像しただろう。

ここでいう需要は需要量のことであり、その量は固定されているのではなく、通常は価格の動きに応じて増減すると考える。そこで、ある時点で需要が供給を上回り、当時の市場価格で買いたい人が、売りに出ている量より多く買おうとする状況を想定すると、買い手どうしの競争が起きて価格は上がるが、その上げ幅は不足の割合どおりに決まるとは限らない。需要が供給を三分の一上回るなら価格も三分の一上がると考えられがちだが、価格が三分の一上がっても需要超過が解消せず、高値でも買い手の競争が続くことがある。生活必需品のように入手を優先し、どのような価格でも支払う人が出る品目では、三分の一の不足で価格が二倍、三倍、四倍にまで跳ね上がることもある。反対に、三分の一に満たない上昇でも、買い手が支払い能力や購入意欲の限界に達して需要が急減し、競争が早く収まることもある。価格上昇が止まるのは、価格の変化によって余分な需要が減るか、追加の供給が現れて不足分が埋まるか、またはその両方が起きて需要と供給がつり合い、需要が供給を上回らなくなる水準に達したときである。

逆の場合も同様に単純である。供給が需要を上回ると、競争は買い手ではなく売り手のあいだで起こる。余った分を売り切るには、その量に見合う需要を新たに生み出す必要があり、その手段の一つが値下げである。価格が下がれば、より多くの消費者が購入できるようになり、すでに購入していた人も買い増ししやすくなる。均衡を取り戻すために必要な価格の下落幅は状況によって異なるが、大きく下がりやすいのは、生活必需品と、限られた層の好みに支えられた特殊なぜいたく品である。食料は、すでに足りている人が価格の低下だけで消費量を増やしにくく、浮いた分を別の支出に回しやすいため、安さによる需要増では、経験が示すとおり、豊作で生じた余剰供給のうちごく一部しか吸収できない。したがって、価格の下落が実際に止まるのは、農家が値上がりを見込んで穀物を市場から引き揚げて保管する場合や、投機家が安値で買い付けて保管し、より必要とされる時期に放出する場合である。値下げによって需要が増える場合でも、供給の一部が市場から引き揚げられる場合でも、いずれにせよ最終的には需給が一致し、均衡は回復する。

需要と供給の関係を「比率」や「比」で捉える考え方は適切ではなく、この問題には関係がない。ここでの正しい数学的なたとえは方程式であり、需要量と供給量は一致するように調整される。たとえ一時的にずれが生じても、競争によって価格が調整され、両者は一致へ向かう。需要が増えれば価格は上がり、減れば下がる。供給が減れば価格は上がり、増えれば下がる。この変動は需要と供給が再び一致するまで続き、ある商品が市場で成立する価格とは、現にある、または見込まれる供給をちょうど吸収するだけの需要を生む水準にほかならない。

以上が、任意に増産できない商品全般に当てはまる価値の法則である。このような商品が例外にあたることは確かだが、無限に増産できる、はるかに広い範囲の財には、別の法則が成り立つ。それでも、この例外的な場合についての理論を明確にし、確実に理解しておく必要がある。第一に、それは、より一般的な場合を理解し説明するうえで、大いに役立つことが分かる。第二に、例外の原理は、当初の見込みや想定よりも適用範囲が広く、多くの事例を含むことが分かる。

自然に、そして必然的に供給が限られる商品は多くない。だが、供給は人為的に制限できるので、実際にはほとんどどの品目でも独占の対象になりうる。英国では茶が一八三四年まで、フランスではタバコが、英領インドではアヘンが、それぞれ独占下にあった。独占品の価格は独占者の裁量で決まり、買い手が自分にとっての価値をどこまで高く見積もるかという上限だけが歯止めになる、と考えられがちであり、ドクインシーが紹介した、アメリカの荒野でオルゴールを売る話がその典型だとされる。けれども、これは一面にすぎず、価値が需給に左右されるという原則は変わらない。独占者が高値を実現できるのは、消費者が支払えない、または支払いたくない水準を超えない範囲で、供給を制限できる場合に限られる。香料諸島の産物で独占価格を得ていたオランダ東インド会社は、豊作の年に収穫の一部を廃棄して供給を抑えたが、これは、生産分をすべて売り続ければ値下げして市場を広げざるを得ず、数量が増えても総収入が減るおそれがあったためであり、余剰を捨てるという判断そのものが、その見通しを示している。スペリオル湖畔でも、行商人がオルゴールを一台だけ持っていれば六〇ギニーで売れたかもしれないが、二台持っていて両方を売る必要があるなら、六〇ギニーでは売れないだろう。一台あたりの原価が六ギニーなら、一台を六〇ギニーで売るより、二台で七〇ギニーを選ぶほうが自然で、結果として一台あたり三五ギニーになる。買い手にとって用途上は六〇ギニーでも高すぎないと思えても、需給条件が変われば価格は動くのであり、独占価格も結局、特別な原理ではなく、需給関係の一つの形にすぎない。

恒常的に供給を増やせない商品はほとんどないが、どんな商品でも一時的に供給を増やせない局面に陥ることがあり、品目によってはそれが常態化することもある。たとえば農産物は次の収穫期まで増産できず、時には、今後約一年間に入手できる穀物の総量が世界にすでに存在する在庫だけになることもあるため、この期間に限れば、穀物は実質的に供給量を増やせない品目と同様の性質を持つ。多くの商品でも増産には一定の時間が必要で、需要が増えても供給が追加されて需要に追いつくまでの間は、需要が供給に見合う水準に落ち着くまで価格が上がる。

これとは反対に、供給は際限なく増やせる一方で、短期間では減らしにくい財もある。そうした財は耐久性が高く、すでに存在する量が年間の生産量を常に大きく上回るのが特徴で、金や耐久性の高い金属、住宅などがその代表例である。理屈のうえでは、それらは破壊すれば供給をすぐ減らせるが、保有者にとってそれが得になるのは、その財を独占しており、一部を壊しても残りの価値上昇で損失を埋め合わせられる場合に限られる。こうした性質のため、供給過剰や需要の後退が起きると価値は長く低迷し、さらなる生産が完全に止まることもある。摩耗による供給の減少はきわめて遅く、生産を全面的に止めても元の価値が回復するまでには時間がかかり、その間の価値は需給だけで決まり、既存の在庫が摩耗して減るにつれてごく緩やかに上昇し、採算が取れる水準に達した時点で生産が再開される。

最後に、数量を大きく、さらには無制限にまで増やしたり減らしたりできるにもかかわらず、その価値が需要と供給以外の何ものにも依存しない商品がある。とりわけ労働がその例であり、その価値については前巻で詳しく論じた。また、交換価値をめぐる難問を解くために、この原理を持ち出さねばならない場合はほかにも多い。このことは、国際価値、すなわち国の異なるところで生産されたものどうし、より一般には遠隔地で生産されたものどうしの交換条件、または交換比率を論じるときに、とりわけ明確に示される。しかし、これらの問題に立ち入るには、その前に、数量を無制限に、しかも任意に増やしうる商品の場合を検討し、需要と供給の法則とは別に、そうした商品の恒常的、または平均的な価値がいかなる法則によって規定されるのかを確定しておかなければならない。この点は次章で扱う。

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