マーシャル『経済学原理』第3編第3章【12/56】
マーシャル『経済学原理』の第3編「欲求とその満足」第3章「消費者需要の段階」をAI翻訳しました。誤訳や読みづらいところが残っているかもしれませんが、温かい目で読んでいただけたらうれしいです。
この翻訳について
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目的:個人の学習・読書用の試訳です。学術的な厳密さまでは保証できません。
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方法:AIで下訳 → 自分で全体を見直し、一部の表現を修正しています。
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出典:原文はこちら。
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お願い:引用の際は出典の明記をお願いします(本文リンク・本記事URLなど)。
AIによる要約
第三章「消費者需要の段階」では、需要の根本は消費者の欲望にあり、その強さは支払ってもよい価格を通じて間接に測られると説明される。人の欲求は多様だが、一つの物から得られる追加的な満足は、保有量が増すほど小さくなる。これが効用逓減の法則であり、購入するかどうかの境目にある部分の効用が限界効用である。茶の例では、価格はその限界効用、すなわち限界需要価格を表す。ただし貨幣の効用は所得によって異なり、貧しい人にとって同じ金額はより大きな意味を持つ。需要を正確に知るには、各数量について買い手が支払える価格を並べた需要表が必要である。個人の需要は不規則でも、多数を合わせた市場需要では規則性が現れ、一般に価格が下がれば需要量は増える。需要表は慣習、代替品、新発明など条件の変化によって動くものでもある。
本文
一
すべての需要を最終的に調整するのは、消費者の需要である。商人や製造業者が生産用、または再販売用に何かを買うとき、その需要は見込まれる利潤にもとづいている。この利潤は、投機にともなう危険や、後に検討するほかの原因によって左右される。けれども長い目で見れば、彼らが支払える価格は、消費者がその物、またはそれを用いて作られた物にいくら支払うかによって決まる。したがって、本編で扱う需要も、ほとんどはこの消費者需要である。
効用は、欲望または欲求に対応している。ただし欲望そのものを直接測ることはできないので、それが外に現れた現象を通じて間接に測るほかない。経済学が主に扱う場面では、その尺度となるのは、人が欲望を満たすために支払ってもよいと思う価格である。もちろん人には、特定の満足に向かうとは限らない欲望や志向もありうる。だがここでは、満足を目的とする欲望を扱い、購入によって得られる満足は、購入時に予想された満足とおおむね対応すると仮定する。
欲求は限りなく多様である。しかし一つひとつの欲求には限りがある。この人間性の根本的な傾向は、充足可能な欲求の法則、または効用逓減の法則として述べられる。ある物を多く持てば、その総効用、つまり総体としての快楽や便益は増える。だが、その増え方は保有量の増え方ほど速くない。保有量が一定の割合で増えても、便益はしだいに小さい割合でしか増えなくなる。言い換えれば、ある物を一定量だけ追加して得られる便益は、すでに持っている量が多くなるほど小さくなる。
その人が買うかどうかを迷いながら、なおかろうじて買おうとする部分がある。これを限界購入と呼んでよい。その部分は、支出に見合うかどうかの境目にあるからである。そして、その部分から得られる効用が、その人にとっての限界効用である。買わずに自分で作る場合も同じで、作るだけの価値がかろうじてあると考えられる部分の効用を、限界効用と呼ぶ。したがって、先の法則は次のように言い換えられる。
ある物の限界効用は、その人がすでに持っている量が増えるにつれて小さくなる。
ただし、この法則には、はっきりさせておくべき条件がある。それは、その人自身の性格や好みが変わるほどの時間を考えに入れない、ということである。よい音楽を聴くほど趣味が深まること、貪欲や野心が満足を知らないこと、清潔という徳や酩酊という悪徳が身につくほど強まることは、この法則の例外ではない。そうした場合には、観察がある期間に及んでおり、その人は初めと終わりで同じ状態にはない。性格が変わるほどの時間を取り除き、その時点でのその人だけを見れば、限界効用は保有量が増えるにつれて着実に小さくなる。
二
ここで、効用逓減の法則を価格の形で言い表してみよう。例として、いつも需要があり、少しずつでも買える茶を考える。ある品質の茶が、一ポンド二シリングで買えるとする。ある人は、茶をまったく飲めないくらいなら、年に一ポンドだけでも十シリング払ってよいと思うかもしれない。反対に、ただでいくらでも手に入るとしても、年に三十ポンド以上は使わないかもしれない。実際には、その人が年に十ポンド買っているとしよう。このとき、九ポンドで済ませる場合と十ポンド飲める場合との満足の差は、二シリング払ってよいと思うほど大きい。だが、十一ポンド目を買わないということは、その追加の一ポンドには二シリングの価値がないと見ていることを示している。したがって、一ポンド二シリングという価格は、購入するかどうかの境目にある茶の効用、つまり限界効用を測っている。かろうじて払ってよいと思う価格を需要価格と呼ぶなら、この二シリングは限界需要価格である。この法則は、次のように言い表せる。
ある人がある物を多く持てば持つほど、他の事情が同じであるかぎり、その物を少し余分に得るために払ってよい価格は低くなる。ここでいう他の事情が同じとは、貨幣の購買力と、その人の手元にある貨幣額が同じであることをいう。別の言い方をすれば、その物の限界需要価格は低下する。
ただし、その人の需要が実際に効力をもつのは、その人が払ってよいと思う価格が、売り手の応じる価格に達したときだけである。
この最後の文が示しているのは、ここではまだ、貨幣、つまり一般的な購買力そのものの限界効用が変わる場合を考えていない、ということである。同じ時点で、その人の物質的資源が変わらないなら、貨幣の限界効用は一定とみなせる。したがって、二つの商品について、その人がぎりぎり支払ってもよいと考える価格の比は、その二つの効用の比と同じになる。
三
人は貧しいほど、かなり大きな効用がなければ物を買おうとしない。年百ポンドの事務員は、年三百ポンドの事務員なら乗り物を使うような強い雨でも、歩いて出勤する。貧しい人にとって、二ペンスで測られる効用は、富んだ人にとっての同じ二ペンスの効用より大きい。それでも、富んだ人が年に百回乗り物に乗り、貧しい人が二十回乗るとすれば、富んだ人の百回目の乗車も、貧しい人の二十回目の乗車も、それぞれ二ペンスで測られる。どちらの限界効用も二ペンスで表されるが、その効用の大きさは貧しい人のほうが大きい。
言い換えれば、人が富むほど、貨幣の限界効用は小さくなる。資力が増すにつれて、一定の便益に対して支払ってもよい価格は高くなる。反対に、資力が減るにつれて貨幣の限界効用は大きくなり、どの便益に対しても、支払ってもよい価格は低くなる。
四
ある物への需要をきちんと知るには、価格がそれぞれの水準に置かれたとき、その人がどれだけ買ってもよいと思うかを見なければならない。たとえば茶への需要なら、数量ごとに、彼が一ポンド当たりいくらまで払ってよいと思うかを並べて示すのが最もわかりやすい。この一覧を需要表と呼んでよい。
たとえば、彼の買い方は次のようになるかもしれない。
六ポンドなら一ポンド当たり五十ペンス
七ポンドなら一ポンド当たり四十ペンス
八ポンドなら一ポンド当たり三十三ペンス
九ポンドなら一ポンド当たり二十八ペンス
十ポンドなら一ポンド当たり二十四ペンス
十一ポンドなら一ポンド当たり二十一ペンス
十二ポンドなら一ポンド当たり十九ペンス
十三ポンドなら一ポンド当たり十七ペンス
中間の数量についても、それぞれ対応する価格を補えば、彼の需要は正確に示される。ある物に対する需要は、買ってもよい数量だけでも、一定の数量をどれほど強く欲しがっているかだけでも表せない。その数量、また別の数量を、それぞれどの価格なら買うのかを示す必要がある。需要を正確に表すには、異なる数量ごとに対応する価格を並べた一覧によるほかない。
ある人の需要が増えたというのは、同じ価格なら以前より多く買い、以前と同じ数量なら、より高い価格でも買うということである。需要が全般に増えたという場合も、現在の価格で買いたい量が増えただけを意味しない。異なる数量について、買ってもよい価格の一覧全体が上がることを意味する。
五
ここまでは、一人の人の需要を考えてきた。茶のような品物では、一人の需要を見ても、市場全体の需要の動きをかなりよくうかがうことができる。茶は需要が安定しており、少量でも買えるため、価格が変わると購入量にもその影響が出やすいからである。しかし、日常的に使われる品物の中にも、個人の需要が価格の小さな変化に応じて少しずつ動くのではなく、大きな段階をもってしか変わらないものが多い。帽子や時計の価格が少し下がっても、すべての人が買い方を変えるわけではない。ただ、新しい帽子や時計を買おうか迷っていた少数の人にとっては、その値下がりが購入を決める理由になる。
また、個人にとっての必要が安定せず、気まぐれで、不規則に現れる品物やサービスも多い。結婚式のケーキや熟練した外科医の診療については、個人ごとの需要価格表を作ることはできない。しかし経済学者が主に見るのは、個人生活の一つ一つの出来事ではない。行動の動機を貨幣価格で測れる限り、一定の条件のもとで、産業集団の構成員からどのような行動の流れが期待できるかを研究するのである。広い範囲で見れば、個人の行動に見られる多様さや気まぐれは、多数の行動を合わせた比較的規則的な総計の中に吸収されていく。
大きな市場には、富裕な人と貧しい人、老人と若者、男性と女性、また嗜好、気質、職業の異なるさまざまな人々が集まっている。個人の欲求にある特殊な偏りは、総需要に現れる比較的規則的な段階の中で互いに打ち消し合う。一般に広く使われる商品の価格が少しでも下がれば、他の事情が同じである限り、総販売量は増える。これは、病気の多い秋が大都市の死亡率を高めるのと同じである。多くの人は害を受けなくても、全体としてはその結果が現れる。必要な知識があれば、一年のうちに、ある場所で、それぞれの数量に対して買い手がつく価格の表を作ることができる。
ある場所で茶がどれだけ求められるかは、そこにいる一人ひとりの需要を合わせたものである。人々の中には、先に見た消費者より富裕な者もいれば貧しい者もおり、茶を強く好む者もいれば、それほど好まない者もいる。仮にその場所に茶の購入者が百万人いて、それぞれの価格における平均消費量が先の消費者と同じだとすれば、その場所全体の需要も前と同じ価格表で示せる。ただし、そこに書かれる量は一ポンドではなく、百万ポンドの茶になる。
ここから需要についての一般的な法則が得られる。売ろうとする量が多くなるほど、それを買う人を見つけるには価格を低くしなければならない。つまり、需要量は価格が下がるにつれて増え、価格が上がるにつれて減る。ただし、価格の下落と需要の増加との間に、いつも同じ割合の関係があるわけではない。価格が十分の一下がったとき、販売量は二十分の一だけ増えるかもしれないし、四分の一だけ増えるかもしれないし、二倍になるかもしれない。それでも、需要表で左の欄に示される数量が増えるほど、右の欄に示される価格は必ず低くなる。
価格は、それぞれの購入者にとっての限界効用を測るものである。しかし、それが人々一般に共通する限界効用を測っているとは言えない。なぜなら、人によって欲求も置かれた事情も異なるからである。
六
一覧に示された需要価格とは、一定の時期に、一定の条件のもとで、市場でそれぞれの数量を売ることのできる価格である。したがって条件が変われば、必要な価格も変わる。これは、慣習が変わったり、競合する商品が安く供給されたり、新しい商品が発明されたりして、ある物に対する欲求が大きく動く場合に、つねに起こる。たとえば茶の需要価格表は、コーヒーの価格が一定であることを前提に作られるが、コーヒーが不作になれば茶の需要価格は上がる。また、電灯が改良されれば、ガスの需要は減ることがある。同じように、ある種類の茶の価格が下がれば、人々はそれを、品質は劣るが安い別の茶の代わりに使うようになることがある。
次に、すぐに消費される重要な商品のいくつかについて、需要が一般にどのような性格をもつかを考える。これは前章で見た、欲求の多様さと、それがどこまで満たされうるかという問題を引き継ぐものである。ただしここでは、価格の統計という別の面から、その問題を扱う。
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