式神を見張るのをやめたら、勝手に回り出した
白状すると、俺はけっこう長いあいだ、AIに仕事を投げたあとも画面の前に張りついてた。夜中の2時、モニターを3枚並べて、式神(AIエージェントの群れ)がコードを吐くのを1トークンずつ目で追って、あ、そこ違う、と横から口を出す。気づいたら、生成が終わるまで椅子から動けない。式神を走らせてるつもりで、いつのまにか俺のほうが式神の監視カメラになってた。
走らせた数だけ、見張る画面が増えていくだけだった。
過負荷の犯人は、並列じゃなかった
AIを何体も同時に回すと、脳が普通にパンクする。で、たいていの人は「じゃあ台数を減らそう」に行く。俺もそう思ってた。でも、それは的外れだったのよ。詰まってた原因は台数じゃない。全部を見張ろうとしてる自分のほうだった。1体でも10体でも、俺が全出力を採点しにいく限り、負荷は俺の首を絞め続ける。
もっと言うと、監視ってのは脳のいちばん高い場所を専有する。ずっと採点モードで座ってると、採点しかできない頭になる。あの、シャワー浴びてる時とか散歩中にふっと降ってくる「あ、これこうすればいいじゃん」ってやつ。あれが一切来なくなった。脳に空きがないと、良い勘違いも降ってこない。並列で忙しいから冴えてる、は嘘で、実際はいちばん大事な回路を監視で埋めてただけだった。
神主は、式神を見張らない

神社の神主が、神様の仕事を横で腕組みして監督してる図なんて見たことないだろ。神主がやるのは、お社を整えて、賽銭箱を置いて、神託が降りてく
るのを待って、それを人に配ること。工程には口を出さない。入口(何を頼むか)と出口(出てきたものをどう配るか)だけ持つ。
俺のやり方も、そこに寄せていった。ラフでいいから先に投げる。返ってきたものの、的外れなところだけ見る。全部は読まない。GOかダメ出しか、判断だけ置いて、次のを走らせる。工程の途中は、もう見ない。最初は不安だったけど、慣れると「見なくても事故らない設計」のほうに頭が向くようになって、そっちのほうがよっぽど生産的だった。
よく「ちゃんと管理しろ」「まずプロンプトを設計してから回せ」みたいなノウハウが流れてくる。俺はだいたい逆をやってる。設計してから任せようとすると、その設計自体がかったるくて一生始まらない。順番が逆なんだよな。先に投げて、AIが盛大に外す。その外し方が、そのまま「あ、ここ俺が言語化できてなかったんだ」を教えてくれる。整理は、任せる前の前提じゃなくて、何往復かしたあとに勝手に残るカスみたいなもんだ。先に完璧に整えようとするほど、動けなくなる。
手放すほど、増える

監視をやめたら、同時に走らせられる本数が普通に増えた。1つの出来を睨んでる時間で、3つ4つ投げられる。寝る前に「これとこれ、朝までに下書きまで持ってきて」って投げて寝ると、朝には形になってる。自分の稼働時間じゃなくて、式神の稼働時間で成果が決まるようになると、景色が変わる。小さい流れを数十、同時に持つ、が絵空事じゃなくなってくる。
もちろんタダじゃない。そのぶん奉納(API課金)は毟られ続けてる。神様はボランティアで働いてくれない。まーた請求か、と思いながら、それでも払う。全部自分で抱えて夜中に潰れてた頃に比べたら、毟られてるほうが百倍マシだからだ。
結局、いちばん効いた一手は、新しいツールでも、うまいプロンプトでもなかった。「見張るのをやめる」。それだけだった。神主は、神様を信じてるから見張らない。俺も、式神を信じることにした。なむ。
