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🌸閑話57〜助手席に、気持ちを乗せて

昨日の朝の大雪警報が嘘みたいに
今日は暖かな春の日差しが差し込んだ。

朝日に照らされながら
お茶を飲んでいたら
バッと勢いよくドアが開いて
娘が起きてきた。

「天気いいから、どっか行こう」

昨日は雪の中
施設から荷物を引き上げた。

また一部屋
夫の荷物で埋まっていく。

薬指の指輪に触れながら
なんとも言えない気持ちになる。
娘も、同じだったらしい。

このままじゃダメだと
思いながらも
出かける気力も
押し込んだ荷物を
整理する気力もない。

荷物の”気配”だけが
部屋に残っている。

今日は一日
家にこもるつもりだった。

「去年から集めてる
 道の駅のスタンプ帳
 まだ途中なんだよね。
 近場でいいから、一緒に回らない?」

うーん……。
近場なら、まあいいか。
少しだけ
現実逃避したい。

「じゃあ、用意するね」

そんな流れで
出かけることになった。

朝の外の空気は
まだ刺すように冷たい。

でもその冷たさが
よどんだ気持ちを
一度リセットしてくれるみたいで
自然と顔が上がる。

昨日の雪は氷のように固まり
轍をボコボコにしていたけれど
陽に照らされて
少しずつとけはじめていた。

確実に止まることなく
季節は進んでいる。

そう思いながら
娘の運転する車に乗り込んだ。

スタンプ帳を助手席でパラパラめくる。

「結構、遠くも行ってるねー」

「近いところは
 いつでも行けると思って
 行ってなかったんだよね」

そんな会話をしながら
次に埋められそうな場所を
あーだこーだ相談する。

音楽を流して
歌いながら出発。

道の駅は
その街の”推し”がぎゅっと詰まっている。
物産もそれぞれ違っておもしろい。
ついつい、買ってしまう。

「ママ……これ、食べたい……」

その一言で
お財布はあっさりゆるむ。

スタンプ帳が
面白いくらい埋まっていくと
気分も一緒に上がってくる。

「もうちょっと行ってみちゃう?」

──まあ、そうなるよね。

内陸を回っていたけれど
あまりの天気の良さに

「海、見たいねー」

気づけば
オロロン街道まで足を延ばしていた。

「海ー!」

窓を開けると
波の音、潮の匂い、かもめの鳴き声。

山に囲まれた場所で暮らしている
わたしたちにとって
海はそれだけ特別で
テンションが上がる理由になる。

海岸線沿いの道の駅を
ぽんぽんとクリアしていく。

展望台に上がり、水平線を見た。

やわらかな潮風。
耳に心地いい波の音。
夏の濃い青とは違う
淡い水色の空が広がる。
さらりとした潮の香。

一艘の船が走り
波紋がゆっくりと跡を引く。

五感ごと
やさしくほどかれていく。

胸の奥に溜まっていたものが
少しずつゆるんでいく。

深く息を吸うことすら
忘れていた気がする。

来てよかったな──
心から、そう思った。

ふと見下ろすと
駐車場には
大型バイクが何台も停まっていた。
ツーリングの季節が
もう始まっている。

日も傾いてきた。

「今日は、このへんにしとこ?」
「せっかくだから、海鮮食べて帰ろうか」

ナビで探して
近くのお鮨屋さんへ。

メニューを見て
おお…いいお値段…。

娘は迷いなく
「これー。サーモン丼」
わたしは海鮮丼。

──楽しんで、ごめんね。
今日は、ゆるして。

心の中で夫に言う。

朝早くに出て
家に着いたのは日が落ちたころ。

満タンだったガソリンは
三分の一になっていた。

帰りの車の中で
ここにいない夫の話をした。

あそこも行ったね。
あれも食べたよね。
急に泊まろうってなったこともあったね。

いつも突然で
行き当たりばったりで。
でも、それが楽しかったよね。

あの頃の
気まぐれな出かけ方が
夫そのものだから。

また
こんど出かけるその時も──
助手席に
夫の気持ちを乗せて。

一緒に行こう。

スタンプ帳片手に、前を行く背中

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