月末火曜日、給与明細を見て、思い出すことが何もなかった話
月末火曜日。会社から帰ってきて、給与明細をスマホで確認した。いつものように。
去年の同じ月と見比べると、額面も同じ。手取りも同じ。天引きも同じだった。
そこまでは、誰にでもある日常だ。でも、その瞬間。何かが引っかかった。
「あ、今月はいろいろあったな」と思い返そうとした。本当なら、そこに何か思い当たるはずだった。
副業も月3万。
妻との会話も、いつも通り。
子供の成長も、特別な出来事もない。
仕事の部門異動とか、大きなプロジェクトとか。そんなドラマティックなことはなにもない。
正直に言うと、きょうの朝も、同期と同じコーヒーを飲んで。定時で帰って。スーパーで同じものを買った。
何も変わらない。1ヶ月間、何も変わらないまま過ぎた。
給与明細を見ながら、僕はそのことに気づいた。「あ、これ、変化がないんだな」と。
でも、その違和感はどこから来ているんだろう。
昔の僕だったら、1ヶ月間何かしてたはずだ。副業を始めた当初は、毎日が変化だった。ChatGPTのプロンプトを工夫して、1日で1000字書いて、翌週に反映されて、成果が出た。そういう日々の積み重ねが、数字になっていた。3万円という月間売上も、その「変化」の積み重ねだった。
それが今、給与明細を見ても「あ、いつもと同じ」という虚無感が来る。
変化を求めていたのかもしれない。毎月、「今月はどうなるだろう」という期待を持ちながら、月末を迎えていたのかもしれない。
副業で月3万を「安定化」させた時点で、その期待は消えた。当たり前になった。
結論から言うと、それは実は「失敗」じゃなかったんだ。むしろ反対だった。
1年前、副業をゼロから始めた時。月3万を「ゴール」だと思ってた。月3万稼げるようになったら、すべてが変わるって。そう思ってた。
でも、月3万になったから何が変わったか。給与明細の額面?変わってない。家族との時間?むしろ副業で減ってる。心の余裕?それは成果に左右される。
月3万が「当たり前」になったってことは、逆に言えば「誰にでも、その環境があれば作れる状態」になったってことなんだ。
1年前の僕には、月3万は遠い目標だった。今の僕には、それは「日常」だ。何もしなくても、その月間売上が転がり込んでくる。システムが動いている。自動化された部分がある。
それって、実は すごく強い状態なんだ。
給与明細には、その強さが数字として出ていない。給与明細は、給与明細でしかない。でも、その月間売上は、給与明細の脇に転がっている。それは「副業という形」で転がっている。
思い出すことが何もない1ヶ月間。でも、その1ヶ月間の中で、僕は「月3万を当たり前にすることの難しさ」を乗り越えた。その証が、虚無感だった。
虚無感は成長の停滞ではなく、次の段階へ移る時点の合図だったんだ。
月3万が当たり前になった時点で、次は見えている。月5万。月10万。その先も。
だから、給与明細に「変化なし」と書かれていたことは、本当は「変化したことを止めることができた」っていう意味だった。
給与明細は去年と同じ。副業の月間売上も月3万。家族も、仕事も、何も変わってない。
でも、その「何も変わってない状態」を作ることの難しさを知ってるのは、もう昔の自分ではない。
給与明細をしまって。スマホを置いた。
月末火曜日。何もない1ヶ月だった。
でも、その何もなさが、次の月へ踏み出す力になることを、今なら知ってる。
